ジオポリティカル・インポータンス(地政学的重要性)
――――――
「ヒラリー・クリントンは
ダニエル・トランプ(第45代アメリカ合衆国大統領)
――――――
「あれ、マイクにノイズがありますか?」
手ブレにより乱れ動くカメラ映像は、"
「ごめんなさい、今、家に帰っている途中でしてね。」
その言葉が真に意味するところを、時間かけて僕に教えてくれた。
カシムは、もはやその定義すらもが争いの火種となってきた、中東のシリアという不安定な地で生まれ育った。
彼がいつまでも鮮明に思い出すことのできる最も古い記憶は、心優しい母に抱かれた温もりと、二人をさらに覆うように抱く、父ラディーフの大きく、心強い安堵感だという。
「爆撃音が鳴り響くたびに、少々のことならわざわざ手を止めて集まったものです。楽しい家族でした。」
カシムを抱く両親の肩を通して、天井からパラパラと降り落ちる埃が、陽の光に照らされてキラキラと輝いているのが見えた。
「雪って、あんな感じなの?」と言ったカシムに、父は微笑んで「本物はもっと美しい。この国でもいつか見れるよ」と言った。
長きにわたる中東戦争が終わり、しばらく情勢が安定している間、カシムは家族の仕事を手伝った。
祈り、路上の手すりにパンを並べて客に声をかけ、祈り、家族揃って食事をし、また祈った。
いつしか、かつて客として応対した女性に再開し、恋をして、妻として迎える喜びを味わった。
やがて、老いた両親がある朝に目を覚まさなくなる悲しみを味わった。
そのような喜びも悲しみも、一つ一つ噛み締めながら、人々とともに日常を歩んでいた。
望む望まないに関わらず、どんな"春"でさえも迎え受け入れた。
◆
「鼓膜が破れそうになるほどの音が鳴ったと思ったら、一緒に買い物にでかけていた友人が…ほんのついさっきまで笑い合ってたのに、ただの肉の塊になっていたんです。決めたのはその時です。」
妻と、その身に宿した娘とともに、トルコ国境沿いの非難民キャンプへと向かったときのことだ。
カシムは、その道中のことはあまり語りたがらなかった。おそらく日本人の僕が「想像するに容易い」なんて形容してはならないような日々を送ったのだと思う。
アラブの春にはじまり、やがてシリア内戦へと発展する一連の紛争は、カシムと会話をしたこの2021年の時点ではもちろん、現在でさえも完全に収束したとは言えない。
非難民キャンプの過酷さは想像を絶したという。
強風が吹けば飛んでいってしまいそうなテントで、清潔さを保つことは叶わず、日が落ちればその気温は氷点下になった。
そのような環境下で、カシムの妻は、娘を出産した。
出産のわずか4日前に、国境なき医師団から派遣された一人の助産師が、命がけでキャンプに訪れていた。
「神に祈りが届いた瞬間でした。あのときの感謝は忘れません。」
数日後に妻と娘を迎えに行き、カシムは二人を抱いた。
かつて日常を過ごした、あの埃っぽい家で、両親からそうされたように。
天からパラパラと降り注ぐ粉雪が、朝日に照らされてキラキラと輝いていた。
「いつか、必ず、家に帰ろう」
◆
トルコで最低限の生活と安全を取り戻した頃には、カシムは母国に起きたことのほとんど全てを知っていたようだ。
アルジャジーラ・チャンネルをはじめ、世界各国のマスコミが伝えてきた「宗教的紛争」や「独裁国家に対する国民の反抗」、「インターネットによる民主的な革命」など、造られた戯言でしかないこと。
米露をはじめとした様々な国の利権が絡んでいること。そしてそれは天然ガスの流通ルートを巡るエネルギー覇権争いの文脈が強いこと。
米国民主党議員がその争いにテロリズムを利用したことで、経済戦争は真にただの戦争となり、多くの人の命が失われたこと。
カシムの痛みを伴う経験は、やがて確かなる知識となった。それが巡り巡ってイノセント・ジャーナルとの出会いに結びついたのだった。
「私達はまだ、家に帰っている途中なんです。他の国の人々よりも、ちょっとばかり遠い道のりですがね。」
――――――
人々よ、我は一人の男と一人の女から、あなた方を創り、種族と部族に分けた。
これはあなた方を、互いに知り合うようにさせるためである。
イスラムの経典 クアルーンより
(部屋章 マディーナ啓示18節)
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