グレート・リセット(偉大なる社会の再構築)


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"世界の社会経済システムはもはや時代遅れとなった。世界の国々は一丸となり、あらゆる側面から社会や経済の立て直しに向けて進まねばならない。米国から中国までの全ての国が参加し、エネルギー分野からテクノロジーまで全ての分野で革新を起こすべきだ。我々は今、資本主義の偉大なるリセットを必要としている"


クラウス・シュワブ(世界経済フォーラム創設者 兼現会長) 

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「年間52万ドルを納めてでも、参加したいコミュニティとは?」


亜東大と名乗るその人物は、英語のテキスト文で僕に問いかけた。

僕は彼から短いレスポンスで断続的に送られてくる文字情報に魅了されていて、「わかりません。」「どういうことですか?」などという意味の無い相槌を返すことしかできなかった。


僕は彼の"人と柄"についてビデオチャットで知る機会が得られれば良いと思ったが、どうやら彼はそういったコミュニケーションを好ましく思っていなかったようだ。

ここでは、彼とのテキストベースでのコミュニケーションで得た情報について掲載することにする。


彼が僕に送った情報のテーマは、世界経済フォーラム(通称ダボス会議)と呼ばれる国際会議についてのものから始まった。数百万ドルの売上高を持つ企業の経営者、あるいは同等の資産を持つ投資家や金融家が中心に参加している、言わずと知れたグローバルエリートの集会だ。


僕はジュネーヴ、ニューヨーク、香港といった金融都市を旅するまでは、そのようなエリート集会の話はただの都市伝説かと思っていた。近年では会議の内容はYouTubeでも公開されているし、一般国民からの質問を受け付けるようなオープンな雰囲気も漂っている。亜東大と出会うまでは、そういった国際団体や国際会議など、自分の世界に微塵も関係してこないものだと考えていたのだ。


彼は話を続けた。フォーラムへの参加方法は複数あるが、そのどれもが"一般的な中流階級層が、スポーツ観戦をしにいくときに背伸びをしてプレミアム席のチケットを買うような話"とは訳が違うという。会議への参加を仲介する企業すら存在していることから、仲介手数料だけで食べていけるような世界なのだろう。


その中でも、ストラテジックパートナーシップと呼ばれる"チケット"は、世界の上位100社の企業や金融機関の経営者となった者だけが得ることができる。その壮大さは、"かつて一国の総理大臣でした"というアピール文ですら敵わぬほどの途方も無い世界だ。僕らのように52万ドルというチケット料金すら出し渋るような階級の人間では話にならない。


亜東大はこのようにして、まず僕に世界の富と権力の偏在と一極集中について説明した。そして続けて、このテキストを受け取った2021年当時に行われた会議について話し続けた。


   ◆


「グレート・リセット。それが今年のテーマだった。」


グレート・リセットについては、ここ最近、僕もネットの経済ニュース等で頻繁に目にするようになったため、概要だけは知っていた。パンデミックによって大きな被害を受けた世界の人々や経済を、どのようにして立て直していくのかといったプラン、あるいはどのような新しい生活様式になっていくのかといった未来予想について語られた、とりとめもない内容だったと記憶していた。


しかし、亜東大の読みはそこにとどまらなかった。彼は"リセット"の名のもとに、これまで世界に数々の金融工作、政治工作、情報工作を仕掛けてきた勢力が一同に介し、かつてないほどの大きな権力闘争が繰り広げられるだろうと語った。


亜東大は彼らの企てを阻止するべきだと言った。僕らが次のスノーデン、そしてアサンジになるのだと。彼は僕らが追求すべき人物を6名に絞り、彼らのことを "六匹の悪魔たち"シックス・エビルズと呼んだ。



1人目は、サイモン・オルター。

かつて亜東大自身がイノセント・ジャーナル設立前に問題を追求していた、スイスを中心に世界に拠点を置く医療業界のドンだ。企業買収を繰り返し、もはやワクチン利権とすら言える独占的体制を構築している。途上国への実地臨床試験により、ワクチンによる副作用が原因とされる奇病の報告例がいくつも挙がっているが、それを報じる地元新聞社は、スワップ訴訟によって倒産に追いやられてきた。

膨大な利益をロビーイング費用にあてがうことにも余念がなく、そのために、サイモンが抱えている数多くの社会的・経済的な問題が議会によって問題視されることはほとんどない。近年、パンデミックの流行により再注目された結果、ウィルスの研究開発にも手を出していたことがリークされ、ウィルスとワクチンの同時支配によるマッチポンプ行為という陰謀論が広まっている。亜東大はサイモン・オルターのことを"政府黙認のマッドサイエンティスト"と呼ぶ。



2人目は、メアリー・ベレスフォード。

アメリカの野党リベラル派の上院議員で、その当時は、2024年の党代表として大統領選に出馬するだろうと噂されていた大物議員の一人。政治家として著名になる以前は米国ヘッジファンドの広報担当をしていたとされているが、その頃より米国情報機関との癒着関係が指摘されている。現保守政権を打ち倒すために、各国のリベラルメディアおよび大手SNS、出版業界とも利益協力関係を築いており、彼女に反抗する勢力は言論弾圧により社会的に抹殺されてきた。与党時代に、個人保有の財団を通して資金洗浄を行い、血税を個人口座に送金していたことが指摘されているが、警察機関は未だ捜査に乗り出そうとしていない。亜東大はエミリー・ベレスフォードのことを"プロパガンダ界隈の女王スパイ"と呼ぶ。



3人目は、ジェスター・ドレーク。

イギリス人の有名映画プロデューサーであり、難民保護や児童福祉を目的とする慈善団体に多額の寄付をしている。また、ハリウッドや芸能をはじめとした映画やアーティスト界隈にも出資している他、ニュースやバラエティ情報を発信するテレビ局を複数社保有している。それらに"一つの地球"をはじめとする自身の政治的メッセージを時に緻密に、時におおっぴらに含ませることでも知られている。

業界の友人たちを日夜、自邸に招き入れては、麻薬を共に楽しんだり、時には児童買春に手を出していることが業界関係者、被害者家族、地元警官から次々とリークされている。彼らの多くはその後しばらくして失踪している。娘を4人も養子として引き受けたり、スピリット・クッキングなるカルト的なイベントにたびたび姿を表すなど、その行動の多くに法的および社会的な健全性が懸念されている。それでも多くの人々は、ジェスターのことを感動名作コンテンツの生みの親であり、地球規模で平和を愛する慈善活動家であると認識している。

亜東大はジェスター・ドレークのことを"深緑色のペドフィリア宇宙人"と呼ぶ。



4人目は、アダム・エレット。

金融家の父と科学者の母との間に生まれ、13歳の頃に起業した会社を2年後にバイアウトし、その後著名な連続起業家として経済誌に繰り返し特集されるようになる。宇宙、ITハイテク技術、ECプラットフォーム等、世界の時価総額ランキングTOP500に選出される複数の会社を経営している。その多くがタックスヘイブンに本籍地を置き、各国には無視できる程度の税金だけを納めている。

数々のインタビューを通じ、国家政府不要論を繰り返し論じている。ベーシックインカム制度、市民評価制度の推奨活動のほか、高速通信や高性能カメラ、電子スキン、ブロックチェーン技術を用いた生体認証や新通貨の研究特許をいくつも保有している。ドローン攻撃兵器の製造や、核燃料の密輸に関与していたことが指摘されている。

亜東大はアダム・エレットのことを"国家解体ディストピアの請負人"と呼ぶ。



5人目は、ヨーゼフ・シュタインベルク。

世界最大の環境保護利権団体、国際政治を分析し提言するシンクタンク、反人種差別抗議団体、民間軍事会社など、数多くの政治団体や研究団体に会長職やアドバイザーとして席を置いている。表向きは非常に温厚な態度と言動をとることで知られているが、政治的キャンペーン企業から準テロリストネットワークなど幅広い人脈を通して、自身の利益につながる政治経済システムを構築するための世論形成を強行して行っている。

2020年の大統領選において、現職大統領を落選させるために、反体制派のセレブや投資家に、犯罪者の保釈金を支払わせて懐柔し、白人と黒人の分断を煽るための暴力装置として活用したという話が保守層からリークされている。

亜東大はヨーゼフ・シュタインベルクのことを"戦後体制のガーディアン"と呼ぶ。



そして、6人目は、デイビット・シュローダー。

奴隷貿易時代から続く、長い歴史を持った貴族であるシュローダー家の血を引いている。世界最大のシャドーバンキングシステムを保有しており、数多くのヘッジファンドやグローバル企業を相手に金を貸している。シュローダー家はその存在そのものが歴史的なものであることから、"金や石油の価格の調停に参加している"、"国際決済銀行の運営者であり、各国の中央銀行の株主である"、"代々、米国大統領を選出してきた家系"など、事実とも陰謀論とも見分けのつかない情報が錯綜している。

シュローダー一家の知名度とは裏腹に、その子孫であるデイビットはほとんど公の場に姿を現さず、その政治的主張をうかがい知ることはできない。

亜東大は、デイビット・シュローダーのことを"守銭奴の頂点にして原点"と呼ぶ。


   ★


僕とデイビット・シュローダーを結びつけることになる、すべての出来事のきっかけは、この亜東大とのやりとりから始まった。

いや、今になって改めて考えると、僕は彼と出会う宿命を担っていたのかもしれない。



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人道支援や経済開発などに取り組むNGO"オックスファム"は、活動地であるハイチで児童買春をしていたことが、2018年に明らかになった。


過去750人もの児童買春事業者の逮捕に貢献した、元米国国土安全保障省職員のティモシー・バラード氏は、「児童買春は1500億ドルもの市場規模になっているが、米国外のものについては我々は介入することはできず、放置されている」と語った。

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インサイド・シュローダー 睦月リツ @mutsuki_riku

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