サステナビリティ(持続可能な社会経済)


――――――

"How dare you!"


地球温暖化問題に取り組もうとしない世界の大人たちに向けて、「もはや人類絶滅の緊急事態である」と、スウェーデン人の少女が痛烈なスピーチを行った。


人々が彼女の叫び声を深く受け止める中、その影で、数百人の科学者たちもまた、声を挙げていた。


「気候変動は緊急事態ではない。パニックや恐怖となる原因はない。有害で非現実的なCO2ゼロ政策に強く反対する。」


彼らのその声は、一人の少女を取り巻く大きな力の前に、なすすべもなく離散していった。


(2019年、国連気候変動枠組条約第24回締約国会議)

――――――



「自然環境を壊滅させるのは牛のオナラだ。それでも人々はドライブスルーでハンバーガーを食うために電気自動車EVに乗り換える。"排気ガスは地球温暖化の主要因だ"なんて言いながら。」


僕のMacBookのスクリーンには、ファーガスの陽気とも真剣ともとれる表情が映し出されていた。

イノセント・ジャーナルの共同創業者の一人であり、もともとイギリス大手通信社で働いていた彼から、チームメンバーとの顔合わせアイスブレイクを提案されてから数十分後の出来事だった。


ファーガスの故郷ロンドンには、古くから純イギリス資産の自動車メーカーがあった。ファーガスの父はそのメーカーに四半世紀以上ものあいだ務め、貢献してきたという。


「父さんはなんにしても"クラシック"なものが好きでね。働く場所も、着る服も、乗る車でさえもそうだった。古いものは不便で非効率なところもあるが、赴きがあって味わい深いんだ。」


しかし、EVや自動運転技術が発達してくるに従って、雲行きが怪しくなっていたという。

ファーガスの父の務めるメーカーは、徐々に競争力と市場を失いはじめた。

英政府の難民支援政策によって急速に増えた外国人による影響も相まって、ついにファーガスの父も"代替可能で勤勉な低賃金労働者"に組み替えられてしまった。


「アジア系は予想通りだったが、中東系も想像していたよりもずっと勤勉で優秀だったって言ってたよ。クラシックなものに囲まれていて気づかなかったんだろうけど、一番古びていたのは父さん本人だったってことさ!」

ファーガスが笑ってのけぞった拍子に、彼の座る椅子が"ぎしり"と音と立てた。


「それでも父さんは毎日楽しそうにしてたんだよ。自分が昔、手掛けた車に乗れて、働いてきた会社の伝統が存続するならそれでいい、ってさ。」


しかし、そんなささやかな希望を、皮肉にも"サステナビリティ"持続可能な社会経済が打ち砕いていく。


2015年に締結されたパリ協定は、最初はイギリスには関係のない代物かと楽観視していたが、ファーガスの父が退社する頃には既に、世界的に温室効果ガスを排出する伝統的な自動車が敵視されるようになっていた。


2020年代に差し掛かる頃になっても、ファーガスの父は、残って働いている同僚たちのことをいつも気にかけていたという。"資金繰りに困っていて、財務担当者が投資家や銀行の窓口を毎日のように走り回っているんだ"と。


決め手になったのは、あのパンデミック騒ぎだった。

ただでさえクラシックカーを見限っていた投資家たちが、伝統的な自動車メーカーを前に財布の紐を緩めることはなかった。


ファーガスの父の"人生の象徴"ともいえる自動車メーカーが、"救済法に基づく破産申請"をしたころには、気づけば既に街中から自動車が消え去っていた。


「どういうロジックか自分でも説明できないが、父さんが家で車の話もせずに暇そうにしているのを見ていたら、大企業の社員という比較的安定した仕事をしている自分が急に嫌になった。だから自分のやるべきことをしようと思ったんだ。」


ファーガスは真剣な声で静かに語りかけたあと、「そう、それが牛のオナラだよ!」と大きな声で笑いながら言った。


再び鳴る"ぎしり"という音は、やや傷んだクラシックチェアから発せられていた。

僕は、ずっと昔になにかの映画で見た「クラシックは不滅だ」というセリフを思い出した。


 ◆


気候変動や環境汚染の要因については数多くの議論がなされてきたが、僕も中学生のときに畜産農業が及ぼす影響について少しだけ習った気がする。


「牛は毎日80リットル以上も水を飲むのに、人間は牛から5リットルしか牛乳を絞れないのはなんで?このまま人が増え続けたら牛も増え続けるの?そのスペースって足りてるの?何十億ひきもいる牛の大量のウンコはどこに捨てるの?」

純粋だった僕の素朴な疑問に、先生は言葉を詰まらせ、「…牛の数え方は、ひきではなく、とうね。」と言った。そんな記憶が微かに蘇った。


そう、世界には未だ、子供でも疑問を持つようなおかしなことがたくさんある。

いや、子供だからこそ疑問を持てるのかもしれない。大人になるにつれて、自分の人生を歩むことで精一杯になって、いつかそれがおかしいと思った事実すら忘れてしまう。


だけど、ファーガスのようなごく限られた人間が、その国の伝統や歴史を継承するために奮闘していくのだと思った。

「これからはグローバルな時代だ」と、学生の頃に日本を見限って世界に飛びだした僕という存在は、一体世界の何を知っていて、"日本"の何を継承できるのだろうか。



――――――

床屋へ行けば、一日の幸福。

妻をめとれば、一週間の幸福。

新馬を買えば、一ヶ月の幸福。

家を建てれば、一年の幸福。

正直に暮らせば、一生の幸福。


(イギリスに伝わることわざ)

――――――


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