ステイホーム(不要不急の外出自粛)

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いかに悪い結果がもたらされたとされる事象においても、

それが始められた当時まで遡れば、善き意志から発していたのであった。


ガイウス・ユリウス・カエサル(古代ローマの政治家・文筆家)

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2021年のできごと。

『亜東大』というインターネットユーザーが、スイスのヘルスケア系大企業と、米国のプライベートファンド、フランスのマスメディアの3社の協調による寡占関係について、その問題を追求する11分47秒の"エモい動画"をTikTokにアップロードした。

その動画は善意の匿名ユーザーたちにより各国の言語に翻訳・解説を加えられながら、またたく間にTwitterやYouTube、個人ブログ等に転載・引用されていった。


日本国内では、米保守系と提携する経済誌だけが寡占構造の内容を僅かに取り上げたが、ほとんどの大手マスコミは、配下に持つインターネットメディアで渋い反応を示すにとどまった。


「製薬企業を実名で非難したネットユーザー、プロバイダ責任制限法に基づく情報開示請求を経て30代の日本人男性と判明」


「米民主党の上院議員、日本人アップ動画を強く非難。犯罪者引き渡し条例の行使について言及か」


それらは決して嘘ではなかったが、国際金融を良く知る人々からすれば、論点や土俵を見失っているように見えただろう。

彼をさもテロリストのように糾弾するマスメディアからの圧を受ける形で、それまで亜東大を英雄視していた一部世論は、数ヶ月も経てば一過性のインターネットミームの如く綺麗に消え去り、もはや誰も彼を良しとする発言を口にしなくなっていた。


彼が炎上する以前、スマホを片手にバックパッカーとして世界を旅し、それを動画配信して収益化する日々を送っていた僕は、かのパンデミック騒動の影響で、日本に帰国し、自宅待機の日々を送っていた。

旅の中で撮影してクラウドに上げていた過去の膨大な量の動画を精査し、声とテロップを吹き込みながら編集することで、なんとか食いつないでいく道を模索しようと藻掻いた。

そんな折、YouTubeの国内急上昇動画の2位にランクインした11分47秒の動画から、亜東大の存在を知った。

インフルエンサーとしての亜東大に純粋に憧れ、嫉妬したのか。あるいは、ただたんに時間を持て余していたのか。気づけば寝食を忘れるように彼のことを調べていた。


わかったことは数多くあったが、その中でもめぼしい情報は、イギリス人ジャーナリストのファーガス、中国人ITエンジニアの子轩ズーシェン、名前が読めないアラブ人の誰かとともに、多国籍メディア系ベンチャー『イノセント・ジャーナル』の共同創業を行っていたということだった。



 ◆


イノセント・ジャーナル社は、販売型のクラウド・ファンディングを通して、購入者が関心を持つ国際的事象についてのファクトチェックや記事翻訳を行ったり、匿名のユーザーからのリーク情報を精査して公開していた。

例えるならば、ある種の事業継続性を得る代わりに、代償として社会的インパクトをあえて少し抑えて安全性を担保する、リトル・スノーデンやリトル・アサンジの集まりのような企業だったと思う。

公式Webサイトでは、十数名という限られたメンバーながら、政治的、性別的、人種的、宗教的にさまざまな志向をもった人間で構成され、チームのルール上の仕組みで公正公明さを担保しようと日々努力していることが主張されていた。

メンバーは全員フルリモート・フルフレックスで働き、政治的な情報を公開する際は、身柄を拘束されずらい第三国に観光ビザで退避しているという。


僕がイノセント・ジャーナルに参画することになったのは、そこから数ヶ月だったか、半年だったか、とにかく、それほどの時間はかからなかった。


中国のとある自治区を旅したときに、「民族衣装がステキで、絶景で食った伝統料理もウマくて最高だった!!」というタイトルでYouTubeにアップロードする予定だった動画を、「反中共プロパガンダと、現地の実態」というタイトルに変えて、米FOX社に映像データを送ったことで、わずか数秒ではあるが、僕の動画が引用されたのだ。

その実績をたずさえて、今度はイノセント・ジャーナル社に自らを売り込んだ。

結果、ほどなくして彼らのSlackワークスペースに招待された。


名前の読めなかったアラブ人の彼が、たくさんのエモーショナルアイコンとともに僕の参画を喜んでくれていたことが、今でも印象に残っている。

亜東大と名乗る彼は、日本語で「ようこそ。」と一言だけ僕に言った。


マットレスを除けばわずか四畳半。高層ビルの影に囲われた暗い部屋の一室から、多国籍なジャーナリズム・コミュニティという希望の光とつながった瞬間だった。

世間に目を向けてみれば、パンデミック収束にむけて、世界各国で明るい情報が出始めた頃のことだったと思う。

この時点での僕は、この人たちが世にもたらす真実こそ、やがて既存の社会構造を完全に作り変えるものだと確信していた。


今となってみれば、それはあまりにも大きな奢りだったのかもしれない。

十数名程度の民間人が集まって改革を起こせるほど、世界は脆くなかったのだ。



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FBIは、"アメリカ政府の支出額のうち年間数千ドルが不正行為で失われている"と推計している。

その多くは医療保険制度によるものである。


ニュート・キングリッチ(米下院議員)著「TRUMP'S AMERICA」

「ヘルスケア不正と戦う」より、一部抜粋。

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