第4話 相談と歪み

6月15日、午後4時。



文芸部の部室から賑やかな声が聞こえてくる。

だが、そこには上川の姿はない。部室内には、女子生徒が三人。

海塚、秋原、春崎。この三人が、廊下に聞こえるくらいの声量で話し合っていた。



「秋原さんは、上川さんのこと…どう思ってるんですかあ?」

「どうって…、ただ、本ばっか読んでるキモい奴としか思ってないけど」

「確かに本ばかり読んでますけど…キモくはないですよ!!」

「何? あいつのこと、好きだから擁護してるの。ますます、キモッ」

「キッー!! 言いますねえ!!」

「お二人さん、熱くなるのはいいけど、その上川くんが部室にもうすぐくるよ」

「!?」

「!!」



教室の掃除を終えた上川が部室へとやって来た。なぜだか、疲れた様子で部室に置いてあるイスにもたれ掛かると、自身のリュックから一冊の文庫本を取り出しては、それを読み始めた。



「……」

「………」

「何だよ。さっきまで、廊下に聞こえるぐらい楽しそうに話してたくせに、何で俺がきた途端、静かになるんだよ」

「…」

「あと、何でこの部室に秋原がいるんだよ。なんか用か?」

「…あの、実は…」

「上川さんッ!! 私とぜひ、付き合ってください!! 大好きです!!」

「実は…何だ?」

「えーと、その、何というか…」

「上川さん!! 私ともちろん付き合ってくれますよね!! 大好きです!!」

「えーと、で、」

「実は…」

「上川さん!! わたしと…!!」

「うるせえなッッ!!! 少し黙ってろ!!」

「ヒエッ!! ご、ごめんなさい…」



海塚の猛烈アタックに話が逸れたが、持ち直しつつ、秋原の話は続いた。



「実は、最近誰かに付きまとわれてる気がするんだよね…私」

「つまり、ストーカー?」

「多分、そうゆうことになるんだと思う」

「なんか、思い当たる節はあるか?」

「…たくさんありすぎて、キリがないかも」

「きりがないって…どれだけ人に恨まれることして来たんだよ」

「だって、しょうがないじゃん! 私、もともとこうゆう性格だし。根っからの嫌われ者っていうか…」

「…とにかく、俺にできることは過去に遡って改変することしかできないぞ。あとは、本を読む以外…取り柄はない。守ってもらいたいだけなら、他を当たって見たらどうだ?」

「アンタもさりげなく、冷たい人間よね。単にガタイがいい奴に守ってもらいたいわけじゃないのよ。いざって時に過去へタイムリープできるアンタだからこそいいの」

「確かに、ストーカーの行動と心理なんて誰にも分からないからな。でも、それを引き受けるメリットはどこにあるんだ」

「…ちょっと、耳貸して」

「?」



秋原の言葉通り、上川は秋原の口元に耳を近づけた。

そして、秋原は子声で話し始める。



「この前、私に告白して来たでしょ。あれ、OKしてもいいわよ…」

「!!?」



上川の思考が停止した。この時、上川は思い出したのである。

黒部の告白を成功させるため、秋原をどうしても足止めしたかった際…使った一つの手段、上川は秋原に告白をしていた。

それが、相手に嘘だとはもちろん伝わってはおらず、むしろ上川が本気で告白して来たとも思っている様子だった。

上川はこの時とても、あれは嘘だったとは言い切れず…自分の心の中だけにしまい込むことにした。



「え、えっと。わ、わかった。それなら、引き受けることにしよう」

「じゃ、そうゆうことでよろしく」

「え〜? 何なんですか? 今の耳打ちは! すっごく気になるじゃないですかあ!」



上川は、本当のことを秋原に伝えられず、ヒヨってしまった。



6月28日、午後7時30分。



上川達が通う高校の近くでは、一足早く夏祭りが行われる。

そこで、上川の文芸部も夏祭りに参加することとなり、部長の上川を含む

計四人で学校付近の土手で集合することになった。



「お〜い。上川さん〜、春崎さん〜。こっちですよ〜」

「相変わらず、海塚は元気だな…」

「そうだね〜。海塚さん、幽霊部員が多い文芸部に入ってくれてよかったね〜」

「うるせえな。わかってるよ。あいつがいい奴ってことは」



上川の通う高校の文芸部には幽霊部員が少なからず存在していて、約三人。入部届けを出して最初の一ヶ月やって来ては、それっきり音沙汰なく消えてしまったのである。そして、現在は幽霊部員を除いて、三人のみになっている。



「あっ! 秋原さ〜ん。やっと来てくれましたあ!!」

「何で、私までこんなところに…」

「そんなこと言っちゃって、私達のために来てくれたんですよね〜。本当、ツンデレさんですね」

「違うっつーの!! 上川が一応、来てくれっていうから…」

「まあ、一応あれ以来…秋原もストーカー問題を抱えたままだからな。今は問題はないとはいえ、油断はできない」

「確かにそうだけど…」



秋原がストーカーに付きまとわれていることが発覚してから、13日たったが、いまだ秋原につきまとう人影は見当たらない。このかん、上川は秋原とともに登下校し続けていたが、何の問題も未だ起こっていない。それは、不気味なほどに。



「とりあえず、秋原の安全も考慮した上で目一杯、この夏祭りを楽しめばいいじゃないか」

「そうですよ! 私達と一緒に楽しみましょう!! 秋原センパイ!!」

「普段は先輩なんて言わないくせに…このッ!!」

「痛い、痛い!! 頭ぐりぐりしないでください!! 痛いですよ〜」

「秋原さん…このまま何もないといいね…」

「ああ、そうだな」



春崎は憂いた表情をして、上川の腕の袖を少し掴んだ。

それを感じた上川は、何も言わず、無言で答えた。



「それより、どうですか〜。私たちの着物姿は〜。上川さん、惚れちゃいましたか〜?」

「……」

「私が、喋りかけた途端に石像のような顔するのやめてくださいよ!!」



いつものセーラー服の秋原を除いて、海塚と春崎は綺麗な着物姿をしていた。

海塚は青をベースにした着物で、春崎はピンクをベースにした着物を着ている。

それとなく、秋原の姿にも上川は目を見遣った。今まで気にしてこなかったが、秋原の身長は高く、177cmぐらいで金髪に染めたロング髮の不良少女といったところか。服装は、海塚達と同じ色のセーラー服とスカートである。



「もうすぐ、花火が上がりますよ!! 上川さん!」

「ちょっとッ! 俺の腕を気軽につかむな!!」

「じゃあ、私も」

「おい!! 春崎も悪ふざけが過ぎるぞ!!」

「……」



ヒューと、か細い音を立てながら夜空へ上がっていった打ち上げ花火はその数秒あと、大きな音を立てて、綺麗に散っていった。

各々、それを「綺麗だ」といってずっと四人は眺め続けていた。



6月28日、午後9時30分。



夏祭りも終わり、二人と別れた上川と秋原は今日も帰路に着こうとしていた。



「マジつまんなかった…。あんたらがイチャイチャしてただけで私は何も楽しめなかったし」

「それに関しては…なんかすまん。俺も悪い」

「別にいいけど…」



人混から避けた暗い街中で、二人。何気ない話をしながら歩いた。

暗い街の中でも、街灯は仄かに連なっていて、上川は脳内で「くるり」の

「WORLD’S END SUPERNOVA」を再生しながら、秋原と共に家路を帰っていた。



「私、こうゆう性格してるからさ…。よく人にも嫌われるし、逆に好かれもしない。嘘とかもよくつくし…」

「…どうしたんだ。いったい」

「だから、この前、上川が私に告白して来たとき…実は、心のどこかで嬉しい自分もいたんだよね」

「……」

「だからさ…、こうして、怖い思いしてる時も上川がいると安心できるんだよね。だから、その、手を…繋いでくれない」



秋原は震えた手で上川の元へ差し出してくる。秋原が少しの勇気を振り絞って出して来た手。それに上川は優しく手を取ろうとした瞬間。



目に前に学校のブレザーを着た、バイクのヘルメットをかぶる人物が暗闇からゆっくりと現れた。

右手には小型のナイフを持っている。



「逃げろッッ!! 秋原ッ!!!」



上川が大声で秋原に逃げるように叫ぶと、同時にそのヘルメットの人物も素早く、秋原に襲いかかり…秋原の胸部をナイフで深く刺した。



「秋原あああああッッ!!!!」



上川の声も虚しく人もいない街中に響く。胸に刺されて気絶した秋原を横目にナイフで刺した人物は、次の目標として無防備の上川に襲いかかる。



最初は上川も相手に掴みかかるが、抵抗虚しく…腹に二回ナイフで刺されてしまった。



意識が反転する。多量の出血で寒気を感じつつ、上川は虚ろな感覚のみで何とかはいつく張ろうするが、少しの力も出ず、そのまま重いまぶたを閉じ…

深い眠りへとついてしまった。

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ハローとグッドバイ 代々城 @umm

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