リミッターをかけられた転生勇者、今日も今日とて取り調べを受ける
雨宮羽音
紅いリボンの純白
「君さ、どうしてこんな物持ってるの…」
「いや、違うんです…」
ケンジは町の刑事である二人に囲まれて困っていた。
男と女、先輩と後輩という立場の二人組は顔をしかめている。
「その…それを被ると力が湧いてくるから…」
「はぁ? 何を言ってるんだ君は…。職業は一体何なんだい」
「一応…勇者なんですけど…」
「馬鹿言ってんじゃないよ! 勇者が大事そうにパンツなんか抱えて歩いてる訳無いでしょうが!」
「いやだから、被ると力が湧くっていうか…
被らないと力が湧かないというか…」
ケンジの言葉を聞き、女の後輩は先輩に耳打ちをする。
「先輩。コイツマジでヤベー奴ですよ。私こんな変態留置所に入れて置くのも嫌なんですけど…一秒でも近くにいたくありません」
「お前の気持ちはわかる。でもしょうがないだろう。これも町の平和のためなんだ」
内緒話をする刑事達を前に、ケンジは目尻に涙を浮かべるのだった。
「どうして…どうして信じてくれないんだよ…」
理解してもらえない辛さがケンジの胸を締め付ける。
しかし今はそんな心傷を気にするよりも、この状況を打開することの方が先決だった。
「…あっ、刑事さん。あっちにパンツを被った変態が…!」
「何言ってるんだ。そんな変態、君以外にそうそういる訳…」
ケンジの叫びに反応して、二人の刑事は後ろを振り返る。
もちろんそこに怪しい変態の姿は無い。
「ほらみろ、口から出まかせを言うのはやめ…」
だが一瞬でよかった。
その一瞬の隙をついて、ケンジは手錠をつけたままその場から走り出した。
「あっ、大変です先輩! 変態が逃げ出しました!」
「アイツぅ…。逃げるってことは、やっぱり正真正銘の変態だったってことかぁ! 待ちやがれ!」
全力で走るケンジを、刑事も全力で追いかけ始める。
「くそっ、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだっ…!」
涙の軌跡を描きながら、ケンジはコトの発端を思い返す。
それは真っ暗な空間で生まれた眩い光から始まった。
「私は女神…、転生者よ、ようこそ!」
優しく、鳥が
「あなたはもとの世界で死を迎え、今新しい人生のスタート地点に立ちました!」
突然の出来事にケンジは一瞬混乱するが、すぐさまそれを凌駕する期待感に包まれて思わず叫んでしまった。
「異世界転生きたぁぁぁぁあ!!」
話に聞いたことはあったが、そんなものが実在するとはケンジは微塵も思っていなかった。
それゆえに体が勝手にガッツポーズを決めてしまう。
「転生するに当たって、好きな設定が選べますよ。どんな設定がいいですか?」
「それはもう。最強の勇者しかないでしょう!!」
「勇者ですね。ではそれに見合ったファンタジーっぽい世界に転生させます。最強で楽しみたいなら…赤ちゃんからじゃなくて、今と同じくらいの年齢から始めたほうがいいですかね!」
女神は手元に浮かんでいるキーボードを叩く。
そこから転生に必要な情報をインプットしているのだ。
「他にはどんな設定が欲しいですか? 色々と細かいオプションが選べ…」
「いいからいいから! そのへんは適当にお願いするよ! 最強の勇者ってだけで、大抵のことはどうとでもなるっしょ!」
「はあ…、適当…ですか…」
女神は困った顔を浮かべ、その後高速タイプでキーボードを叩いた。
そのあまりのタイピング能力にケンジは関心して唸り声を上げる。
だが彼は知らない。
女神が本当に、ただ適当にキーボードを叩いていたということを…。
「よし、設定完了です! それではよい転生ライフをお過ごし下さい!」
「うおおおお! 生きててよかったー! いや死んでるのか!」
そんなことを言っている間に体は光に包まれる。
そうしてケンジは異世界転生を果たした。
最強の勇者として能力を付加され、特別なオプションをランダムで設定されて…。
「適当って言ったけどさぁ…。だからって…、だからって! パンツを被らないと力が湧いてこないってのは、あんまりなんじゃないですかー!?」
刑事から逃げ続けるケンジは、悲痛な叫びを空に吠えるのだった。
「ああくそしつこい! こんな時、パンツを被れば逃げるのも楽チンなのにっ…。予備のパンツはさっき押収されてしまった…!」
息を切らしそんな愚痴をこぼしていた矢先。
町の中に女性の悲鳴が響いた。
「きゃー! 魔物が人を襲っているわ!!」
その言葉が耳に入ってくるが、ケンジは構わず走り続ける。
「なっ、魔物がどうして町中にっ!?」
ケンジを追いかけていた刑事達は足を止める。
悲鳴が聞こえた方向を確認すると二足歩行の巨大な豚が斧を振り回して暴れていた。
「先輩! あんな豚野郎より変態を捕まえないと!」
「落ち着け! 変態だって豚野郎だ! …じゃなくて、変態より魔物の方が問題だろう!」
「そうかもしれないですけど…。でもウチらクソザコじゃないですか! あんな魔物を相手にしたらひとたまりも無いですって!」
「諦めるなよ! そこは刑事としての意地を見せないと…。しかしどうしたものか…」
刑事達が魔物を前に頭を悩ませている時、ケンジは少し離れた場所で足を止めていた。
「くっ、困っている人がいると助けたくなる! これも勇者 故のサガか…」
ケンジはその場で足踏みをしながら右往左往し始める。
「パンツ、パンツ、どこかにパンツは無いか…。魔物のせいで皆逃げてしまって人が居ない…。う〜ん、だめだ思いつかない! この状況じゃ、ベストパンツはやっぱりあれしかないんだ!」
ゴクリと唾を飲み込み、ケンジは刑事達のもとへ引き返すのだった。
「なあ刑事さん!!」
「うわっ、変態が戻ってきた!?」
女刑事は走ってくるなり目の前に
「俺から押収したパンツ! 被せてくれ!」
「はあっ!? 何言ってんだこの変態は! 先輩早くコイツをお縄に…」
「頼むよ! パンツさえ被れば、俺は最強だ! あんな魔物すぐに退治してみせるから! 手錠を外してパンツを返してくれるんでもいいからさ!」
男刑事は懇願するケンジを見つめる。
一度だけ暴れ回る豚の魔物に視線を向けた後、男刑事は女刑事に言い放った。
「……被せてやれ」
「は? 先輩今何て!?」
「パンツを被せてやれと言ったんだ!」
男刑事は澄ました目をして、女刑事の肩に手を添えた。
「この男にかけてみよう。他に今打てる手は無いんだから…」
「本気ですか? 触らないでください、ドン引きなんですけど」
「さあ早く! 俺にパンツを!」
「あぁぁぁくそ! もうどうにでもなれぇっ!!」
女刑事は懐からパンツを取り出した。
それは純白で、赤くて可愛いリボンのついたパンツ。
どこからどう見ても、女性もののパンツであった。
女刑事はそのパンツを勢いよくケンジの頭に被せる。
「うおおおおあ! みなぎってきたぁぁぁぁ!!」
ケンジの体にみるみるエネルギーが巡っていく。
それは外観からも見て取れて、わずかに筋肉が隆起するのが分かる。
「ふんっ!!」
ケンジは腕を拘束していた手錠をいとも簡単に引きちぎる。
被ったパンツの位置を直したその表情は、全てを達観しているかの様だった。
ケンジは暴れ回る魔物の目の前に出て行く。
その体躯は巨大で三メートル近くあり、ケンジの倍ぐらいになりそうだった。
近づくケンジに気が付いた魔物は、手にした斧を振りかぶってから勢いよく叩きつけてくる。
ドカン!
激しい衝突音。
舞い上がる砂埃。
煙る視界が晴れた時、そこにあったのは斧を片手で
「その程度か…豚野郎!!」
ケンジがパンツを頭に凄みをきかせる。
空いている方の手を振りかぶり、深く息を吸い込んでから正拳突きをお見舞いする。
「くらえ! 豚バラストレェェェーーット!!」
掛け声と共に打ち込まれた拳は肉に沈み込む。
その衝撃が魔物の体内を突き抜け、辺りに衝撃波を生んで風を起こす。
「ピギーーーッ!?」
豚鼻を鳴らし、魔物はヨダレを垂らしながらその場に倒れ込んだ。
巨体が地面を揺らし、辺りの建物をぐらつかせる。
「一体どうなってるんですかこれ…」
「分からん…。だが、奴が言っていたこと本当だったようだ…」
少し離れた場所で、刑事の二人は固唾を呑んで突っ立っていた。
目の前で起きた出来事に驚愕を隠せないまま、二人はケンジに歩み寄る。
「今夜の晩ご飯は豚料理のフルコースだぜ!」
ケンジは拳を振り上げ、勝利のポーズを決める。
そのしたり顔はとても晴れやかで、少しズレた頭のパンツの格好悪さも気にさせなかった。
「いやー、まさか本当に倒しちまうとはな…」
「あっ、刑事さん!」
男刑事に声をかけられ、ケンジは笑顔で振り返る。
ガチャリ!
「えっ!?」
振り上げた腕にかけられる手錠。
引き剥がされる頭のパンツ。
「ちょっとどういうことですか!? 今の俺の活躍を見てたでしょう!?」
「ああ見てたよ。でもそれとこれとは話が別だ」
「町中でパンツを被ってる変態を放って置けるわけないでしょう! 私にあんなことさせて…許さないんだから…」
女刑事は顔を赤くしてケンジの事を恨めしそうに睨みつける。
「そんな! これが町を救った勇者に対する仕打ちなんですかー!?」
「うるさいわね!
「嫌だー! 留置所の不味い飯なんか食いたく無いぞ俺はぁっ!!」
パンツを被らないケンジは人並み以下の力しか出せないのだ。
連行されるケンジを尻目に男刑事は倒れている豚の魔物を見る。
「……今日の取り調べで出す飯は……豚カツ丼だな」
そう呟いてから、男刑事はケンジと女刑事の後を追うのだった。
完
リミッターをかけられた転生勇者、今日も今日とて取り調べを受ける 雨宮羽音 @HaotoAmamiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます