EP1:俺の彼女が吸血鬼なのにキラキラJKすぎる
今から諸兄に、にわかには信じがたい話をひとつ、したいと思う。
ごめん開幕早々嘘言った。二つさせてほしい。
ひとつは俺、
そんでもうひとつ、っていうのが――その彼女が、実は人間ではない、という話である。
一見、なんかの比喩みたいに思えるだろう。いっつもトマトジュースばっかり飲んでるとか、スプラッタホラーが三度の飯より好きだとか、そういうアレなキャラ付けによるものじゃないか、っていう。
ところがどっこい、なんとこいつが本物だ。小さな口を開けば犬歯は鋭くとがってるし、人の血も吸う。別に灰になったりはしないけど、たしかに晴れてる日は「うへぇ~」とか言ってだらけてる姿をよく見る気がする。雨の日も変な顔してるからよくわかんないけど。
というかあいつ、トマトジュースは兎も角ホラーはダメだし……。ゾンビものとかCM見るだけで震えあがって寝れなくなるタイプだ。吸血鬼がゾンビ嫌いってどういう状況だよと首を捻らんでもないがまぁ、カレーが嫌いなインド人、寿司が嫌いな日本人も探せばいるだろ。そういうことだと思う。
吸血鬼。ヴァンパイア。犬歯が尖ってて、コウモリとか霧とかに変身して空飛ぶやつ。レ・ファニュの『カーミラ』やブラム・ストーカーの『ドラキュラ』で一躍有名になったこいつらは、今じゃ世界中のファンタジーからひっぱりだこだ。漫画、アニメ、ライトノベル。日本のサブカルチャーのどこを見てもその姿を見かけるくらいにゃ大人気。俺もそういうのを題材にした作品で、好きなやつがいくつかある。
実在していたのか!? っていう声のが多いと思う。実際俺も、夜空と出会うまでは空想上の生物で間違いないと思ってた。なんなら今でもちょっと信じがたいくらいだし。
考えるまでもなく、そんなものの存在が公になったら社会は大混乱だ。当然、夜空は正体を隠して生活しなくちゃいけない。俺も色々と……あとで諸兄もいやというほど知ると思うけど、色々と苦労してる。
でもそのくらい、必要経費みたいなもんだ。ちょっとした……そうちょっとした手間と心労を代償に、彼女から楽しい毎日を貰ってるわけだからな。こんなに生産的なこともないと思う。うん。
ただまぁ、人間誰しも完全無欠からは程遠い。それは吸血鬼にとっても同じことで、俺自身、夜空との生活にひとつの不満もない! ってわけじゃない。夜行性とまではいかずとも夜型だから、こっちが眠くてもメッセージアプリのやりとりが永遠に終わらないとか。わりと食べ物の好き嫌いが激しくて結構文句言うとか。
一応その辺はまだ可愛い部類だ。俺もベタ甘なラブコメに憧れる健全な男子高校生。今しか味わえない青春っていうのを全力で楽しませてもらってる。
でもたのむから、他のなによりも優先して直してほしい癖ってのがあってだな。
「たっだいま~!!」
「うぉぉぉぉおおおお!?」
何の脈絡もなく部屋に転がり込んでこないでほしいんだよな!!
びっくりするんだよこれ! 一週間前にカップル割引きのチケット貰っちゃって二人で観に行ったドッキリ系ホラー映画も裸足で逃げ出す衝撃だわ!!
つい三秒前まで俺一人しかいなかった、暗くて陰気で平穏な私室が、一瞬にして明るく、華やかで、しかして滅茶苦茶やかましい部屋に早変わり。
原因はいつのまにやらベッドの上に
よく手入れのされた綺麗なお肌に、こればかりは彼女がヒトではないことに納得がいく、出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ
JK。そう、
種族のことを抜きにしても、我ながら『生きる世界』が違いすぎる相手だと思う。友達に誘われて嫌々行った大人数カラオケで、たまたま彼女の歌った曲が主題歌のアニメを知っていたのが俺だけだった……とか、そんな奇跡みたいな出来事がなければ、知り合うこともなかっただろう女の子。
その子がいまや俺のカノジョだっていうんだから世の中何が起こるかマジでわからん。明日空が降ってきます、なんて言われてももう冗談だとは笑い飛ばせないわね……。
そんな彼女はぽかんと口を開けて、ガーネット色の瞳でこっちを見る。くそっ、なんだその間の抜けた顔は! 気が散るほど可愛いの、もうなんか色々通り越していっそのこと腹立ってくるな!
「びっくりしたぁ。どうしたのおっきい声出して」
「誰のせいだと思ってんの?」
俺が一人暮らしだったからまだいいけど、これで実家暮らしだったら家族に不審がられるわ。そもそも靴を履いたまま部屋に入るな。
「というかどこから入って来てんの!?」
「どこって……窓だけど」
「さも常識であるかのように言うのやめてくれない?」
ここ一応地上五階だぞ。吸血鬼の
まぁ「どうせまた窓からだろうな……」と思って鍵をかけずにいた俺も俺なんですけど。我ながらダダ甘すぎて、苦手なブラックコーヒーが飲めるようになりそうまである。
なんせ彼女の笑顔をみていると、俺の頬も勝手に緩んでくるのだ。ドルオタの友人が「ガチ恋勢になるとね……ステージ上で推しが笑ってるだけでこっちも幸せになるんだよ……おれはなんにも関係ないのにね……」とかのたまってるのを「はいはいいつものいつもの。どうせ眉唾でござるよー」とか聞き流してた頃の俺をチョークスリーパーで締め上げたいところである。
「ネイル屋さん行ってたんじゃなかったっけ。もう終わったのか?」
「そうそう! じゃ~ん! 見て見て可愛いでしょ」
「おお……」
ずい、と両手の五指が目の前に。手つなぐときにたまにびっくりするけど女の子の指ってなんでこんな細いんだろう。
陰の者なのでこの手のファッションには詳しくないが、その分の無知を差し引いても、桜色と白のネイルアートが夜空に良くあってるのは流石に分かる。
というか白河、爪の形がすげぇ綺麗なんだよな。しゅっとしたアーモンド形というか。その影響もあって、手に関係するお洒落が実に映える。
「滅茶苦茶似合うな……」
「ほんと? やったー」
にひひー、と白い歯を見せる夜空。尖った犬歯がちらりと見え隠れ。可愛いだけじゃない、僅かな妖しさがまた魅力的……ってなんだこの表現。気持ち悪すぎて自分を殴りたい。
仕上がりがよほど満足のいくものだったのか。白河はにこにこ嬉しそう。
「えへへ、南雲くんに褒められちゃった。直行したかいがあった~」
「あれ、そうなのか。てっきり家から来たんだと」
「うん。キミに一番に見てほしくて」
諸兄、覚えて帰って欲しい。これが
「そ、そうか……」
そしてこれが
「走ってきたら喉渇いちゃった。冷蔵庫の中見てもいい? いいよー」
「どこ走って来たのかめちゃめちゃ不安になるんだが? 近所の屋根の上走ってきたとか言ったら流石に許せないかもしれな……っておいコラ。勝手に開けるなって」
「いいじゃんちょっとくらい。彼氏の冷蔵庫は彼女のものって相場が決まってるの知らないの?」
「なにその絵にかいたようなジャイアニズム。じゃあお前のものも俺のものってことだぞ」
「は?」
「調子乗ってすみませんでした」
なんだろう、この圧倒的不平等……。日米修好通商条約も泣いて謝ること請け合いだ。
四畳間を突っ切って台所に出る夜空。一人分の食材が一通り入るくらいの小さな冷蔵庫を開けて、ペットボトルの炭酸飲料を取り出した。プシッ、と軽やかな音を立ててキャップを外……あっ、コラ! せめてコップに注いでから飲め! 口付けたら次に俺が飲むときにかんッ……関せ、関節キスになるだろうが!
……うぶなヒロインみたいなモノローグをしてしまった。男がやってもシンプルに気持ち悪いだけである。やめよやめよ。
「っぷは~! やっぱり運動の後のコーラは最高ですな」
「週末の会社員か何かかお前は」
「失礼な。華の高校二年生、キミの彼女でクラスメイトです~」
キミの彼女、っていう接頭辞付けるのなんとかしてほしい。感動で感情がオーバーフローした結果死ぬかと思った。
心臓を抑えてうずくまる俺を後目に、夜空は再びコーラに口をつける。もう誤魔化せねぇな……二度も飲まれちゃったら「一回までならノーカン」とか言って自分を落ち着けることもできん。
白い喉がこきゅ、こきゅ、と小さく鳴る。茶褐色の炭酸水が、ピンク色の唇を濡らして――。
「……なに、どうしたの。そんなに見つめられたら流石のわたしも恥ずかしいよ」
「あっ、ああ……ごめん。いや、夜空と付き合うようになってから、わりと常識が覆ったなと思ってな」
「ふーん?」
小首をかしげる様が愛らしい。ガチ恋勢特有のフィルター抜きにしても普通に可愛いのどうかしてるんじゃねぇのかな。
「人の血以外も飲むんだなぁ、っていう……」
「それは偏見だよぉ。種族差別だ種族差別。日本人だってお寿司ばっかり食べるわけじゃないでしょ。というかキミじゃん。生魚ダメでしょ南雲くん」
「あいや、そういう意味じゃなくて。こう……エネルギー変換効率的な?」
「あー」
あと生魚がダメなのはその通りで。なーんかニガテなんだよな昔から。極力避けたい。
「まぁ、ヒトの血が一番なのは確かだけどね。でも基本美味しくないし」
ただまぁ、お刺身や寿司を食べなくちゃいけない局面ってのはどうしてもある。
吸血鬼にとってのヒトの血ってのも同じようなもんなのだろう。
聞くところによると、吸血鬼は強大な身体能力や、フィクションみたいな特殊能力の代償として、エネルギーを沢山必要とする。そんでそのエネルギーを一番沢山集められるのがヒトの血、ということらしい。生命の不思議だ。
「あ、でもキミの血は美味しいかな。好みの味って感じ。毎日吸わせてくれない?」
「やめようね!? ……血液の味に好き嫌いなんてあるのか。何でだろうな」
「んっふふ。なんでだろうねぇ」
夜空が悪戯っぽく微笑む。魔性。
「というか夜空、テンション上がるとすぐ吸おうとしてくるじゃん」
「バレてた? 体力いっぱい消費するみたいで」
燃費の悪い吸血鬼はすぐガス欠になる。夜空も無尽蔵の体力とは裏腹にあっさりへばるし。ぜったいクラスメイトの誰よりも身体能力が高いのに、体育の成績がいいとは聞かねぇからな……。
「あんまり人前でテンション上げるのは控えろよ。一般人にバレてからじゃ遅いんだぞ」
「はーい。キミってば、こういうときやたら世話焼きだよね」
「誰がお母さんじゃい」
「言ってないよ一言も」
今度は真顔。やっべ、目が笑ってねぇ。四六時中にこにこしてるせいで表情が消えたときの怖さが尋常じゃない。こういうところは闇の住人なんだなぁ……。
「あ、そうだ。来週末、友達とカラオケ行く約束したんだけどさ。アガる曲知らない?」
「人の話聞いてた?」
まぁその習性は闇どころか日向のド真ん中を歩いて行くようなヤツなんですけどね!! 大事なことだから二回言うけど人の話聞いてた!?
いかん、あまりの衝撃に思わず立ち上がってしまった。座ってた回転いすがぐるぐる回りながらどっか行く。おーい待ってくれぇ。
「なんなら人と会うのも控えてほしいくらいなのに!?」
「でも人と会話してないと気が滅入っちゃうよ」
「多分その一点に関してだけは永遠に分かり合えねぇ!!」
戦っても分かり合えないことがこの世にはある!
「正気じゃねぇ……正気じゃねぇよ……俺、お前のそういうところに『異種族』を感じる」
「宇宙一どうでもいいところに種族の違い見られてるの笑っちゃうんですけど」
吸血鬼と人間。俺と夜空は生物学的にも精神論的にも別の種族だ。けどそれ以上に、こいつと俺は『陽キャ』と『陰キャ』という絶対的別種族なんだと強く実感する!
くそ……キラキラJK、作品によっちゃ『闇の眷族』とか分類されそうな肩書持ってるくせに眩しすぎる……削りかけの宝石か何かかよ……。
「まぁ、そりゃさ? 南雲くんの言うことも分からなくもないよ。わたしだってひとりの時間は普通に欲しいし、いつでもどこでも一緒にいたいな、なーんてこと、キミくらいにしか思わないもん」
ベッドの縁にちょこんと座りながら、「でもさ」と白河夜空は言葉を切る。長いまつ毛の下、ガーネットみたいな瞳が伏せられた。こいつ物憂げな顔異様に似合うんだよな……。できればいつでも笑っていて欲しい身なので複雑。
「人間の一生は短いよ。その間に楽しいこと、面白いこと、全部体験してみたいじゃん?」
黒いタイツに包まれた、すらりと長い足がぷらぷら円を描く。さっきまで履いてた靴どこ行ったんだろう。台所いったときに玄関に置いてきたのかしら。
「わたしはできるだけ後悔しない、楽しい一生を過ごしたいよ」
「夜空……」
……滅茶苦茶『良いこと言ったー』みたいな顔で、実際シリアスなこと言ってるけどさ。
「
「あ、バレた。ちなみに今の魔力容量だと三倍だね」
「バレたじゃねーっつーの。あとあり得んほど長生きするなお前」
あぶなかったー……危うく騙されるところだったわ。ろくでもないこと考えてても顔が良いと真面目に思えるんだから、美少女ってのはズルい。
俺みたいな『クラスメイトに聞く! 目立たない男子ランキング』で第四位くらいの死ぬほど微妙な(なんなら一番目立たない)ポジションに位置する特徴のない顔してると、ちょっとそういうところが羨ましくなってくるんだよな。
「歌ってる最中に吸血衝動に呑まれたらどうすんだよ。カラオケボックスが惨劇の舞台に早変わりだわ」
「大丈夫だってば。南雲くん以外の血は吸う気そんなに起きないし」
「不安だなぁ……行動はなんとかなっても、急に口滑らせたりしねぇかな……」
俺も秘密を百パーセント、完璧に守り切れる自信なんてない。だから夜空にばっかり強く言うのもアレだけど、こいつはいくらなんでも隠す気がなさすぎる。
別に危機感が壊滅的にない、だとか、約束を守れない子、ってわけじゃないんだ。本人なりに頑張って隠してるつもりではあるんだけど……どうにも
「そんなに心配なら、キミも一緒にくればいいじゃん! それでわたしがヘマやらかさないか見張ってよ」
「お前さては俺のこと殺す気だろ!!」
「むしろ吸血鬼になって永遠をわたしと生きてほしいけど」
いかん、言い返すために開いていた口がふさがらなくなってしまった。
またこいつはそういうことをサラっと言う……。その手の殺し文句にオタクが弱いって絶対分かってんだろ。
「……わかったよ。そこまで頼りにされたんじゃ無下にできんというのが男心だ」
「やった~。南雲くん大好き!」
「お……おう」
む、ムズムズするなぁ。
立て続けにストレートな好意がぶつかってくると、なんか、こう……。
「んー? なんで顔背けてるのかなぁ」
「な、なななんでもないぞ」
「真っ赤になっちゃって可愛いんだ」
「ちくしょう思いっきり見られてやがる!」
おのれ吸血鬼の動体視力! ちょっとの表情変化も見逃さないせいで隠しごとの一つもできやしねぇ。ベッドの下に隠されてそうな感じのアレな本の所在地を一発で見破られたときはどうしようかと思ったわ。
「ちょっ、やめろ、脇腹をつっついてそっちを向かせようとするな」
「えぇー、なんでよー。別に『好き』って言われて赤面するのは悪いことじゃないよ」
うりうりー、なんて言いながら、ちっちゃい拳で胸板をどついて来る様は、ちょっとした小動物みたいな可愛さがある。
可愛い。ああ可愛いさ。白河夜空は本当に可愛い。吸血鬼なのにキラキラJK、自分磨きに余念がなくて、それでいて俺のことも彼氏として立ててくれる、男が想い描く理想の彼女みたいな子だ。
俺には勿体がない。なさすぎるんだ。
「……俺だけ意識してるみたいで恥ずかしいじゃん……?」
「――」
俺と夜空は、普通のカップルじゃない。
同じ秘密を守るために協力する、『共犯者』なのだ。そこに俺が、恋人同士、ってラベルを貼らせてもらったにすぎないんだ。
だから、なんというか。
こんな風に、彼女の一挙一動に、一喜一憂する。そんな『恋』をしているのは、俺だけなんじゃないか、って思ってしまって。
……思春期乙、だって?
う、うっせぇ! こちとら彼女いなかった歴十七年のクソ童貞、女の子の心の中なんて推測のすの字もできないひよっこなんだよ!
自然と頭は俯いて、知らないうちに顔をしかめてしまう。
「ふっ、ふふふ……あはははっ」
そのしかめっ面がよほど変だったのだ、と気付いたのは、夜空が急に笑い始めたあとだった。細い肩を揺らして、彼女は「あー可笑しー!」と叫ぶ。
「なっ、ばっ……わ、笑うこたねーだろ!」
「ごめっ、ごめんごめん。ばかだなぁ、って思ったら止まんなくて」
「シンプル罵倒やめてくんない?」
「んー、キミに自覚がないうちはヤダ」
そりゃどういう意味だ、と聞く暇もなく。
「好きでもないひとの家に入るとき、『ただいま』なんていわないもんね。普通」
そんなことを言って、急に『ガチ恋勢』の心臓を止めに来るんだから油断できないったらありゃしない。
いやぁ人間って殺意なくてもひと殺せるんだなって凄く実感するよね……こいつ人間じゃないけど……。
「よーし、じゃあ可愛くてテンション上がる感じの曲歌お! 南雲くんとデュエットでもいいよ」
「やっぱり話聞いてなかったろお前!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます