第6話 いつわりの帝国を調査します

 大陸の北方にケーニヒグレーツという大国がある。

 たとえ地理に不案内な他国の人間でも、この領内に入ったならすぐに気付くだろう。何故なら、太陽光パネルが大地を覆いつくすまでに設置されているからだ。

 だが、基本的にこの国は他者の立ち入りを強く制限していた。


「うげー、眩しい」

 鋼騎兵メタル・トルーパー02号機のハッチを開け、双眼鏡を覗いていたミーティアが目を瞬かせた。

 パネルの反射で大地がギラギラと輝いている。これは目にわるい。


 本来、農地にすべき場所まで太陽光パネルを敷き詰めたこの国の主要産業はエネルギー輸出だ。周辺小国のエネルギー系統に接続した送電線を用い、膨大な電力を輸出しているのである。

 国境に設けられた電力計量設備によって送電量を把握し、それに応じた料金を相手国から得ているのだ。


「ですが、それは建前だけのようですね」

「え、どうしてです、クレアさん?」

 ユーモはクレアが指し示す方に双眼鏡を向けた。

 砂漠を横切るように、木の柱が並んでいる。その最上部の腕木には細い電線が張ってあるのが見える。


「あれは?」

「彼らが言うところの送電線でしょう」

「へえ、あんなので送れるんですね、電気って」

 素直に感心するユーモを見て、クレアは苦笑した。


「それは無理だよ、ユーモちゃん。あれじゃ絶対に電気は送れない」

 珍しくミーティアが断言した。

「だって、ほら。電柱あちこちで倒れてるし。線も切れてるもの」

「あ、ほんとだ」


 クレアはこの送電線がまやかしであることの証拠を報告書に書き入れる。

「はい。次は電力計量設備を偵察に行きましょう」

 そういって、ハッチを閉める。

 鋼騎兵の背中で発電翼が回転を始めた。


 ☆


 発端は、ケーニヒグレーツに隣接した小国キアリィスだった。

 キアリィスは、自国へのケーニヒグレーツからの電力輸入を中止したいというのである。だがその交渉に応じて貰えないため、キジルバーシュに仲裁を依頼してきたのだった。


 峡谷を流れる多くの小河川を利用した水力と、吹き下ろす風による風力発電が、キアリィスの主要なエネルギー源だった。それだけでも、農業を中心としたこの国の運営には十分なものだった。


 その国境にケーニヒグレーツが電力計量設備を建設し、なかば強制的に電力輸出を開始したのが数年前である。それ以来、国家予算の一割にもあたる金額を電気料金として支払わされている。

 だが強大な軍事力を持つケーニヒグレーツの前に、キアリィスは対抗手段を持たなかった。積雪が太陽光パネルを覆う冬季でさえ、設備維持管理協力費と称し、ほぼ同額の金を納めさせられているのだった。


「太陽光発電は世界の救世主です。すべての大地、すべての家庭の屋根に太陽光パネルを設置すればエネルギー問題は解決します。つまり紛争はこの世界から永遠になくなるのです!」

 異様に広い額の下、大きな目に何かに憑りつかれたような光を宿し、ケーニヒグレーツの元首、ピジョン・Mt・マローダーは演説している。


「世界中に太陽光発電と恒久平和を。それこそがわが国の使命なのです」

 議場は大きな拍手に包まれた。


 ☆


 キアリィスは山々に囲まれた緑豊かな美しい国だ。国境にあたる川沿いには風車がいくつも立ち並んでいる。だが川を挟んだ対岸には窓の無い殺風景な建物があった。その広大な敷地は柵と鉄条網で囲われている。

 これがケーニヒグレーツが建設した電力計量設備だった。そこから巨大な鉄塔がキアリィス側の送電線まで続いている。もちろんケーニヒグレーツ側にも鉄塔は立っているが、果たしてどこまで続いているのかは定かでない。


「さすがに厳重に警備されてるね」

 住民を装い、歩いて川沿いまでやってきた三人は対岸の建物を見やった。武装した兵士がその建物の周囲を頻繁に行き来している。


「ニセモノの癖に、感じ悪っ! ねえ、クレアさん。わたしの02号機で砲撃してもいいかな」

「だめに決まっているでしょ、ミーティアさん。国際問題になりますよ」

「ぶー」


「でも、結局……」

 ユーモは口ごもった。

 交渉が決裂したら、そのまま戦争になるのではないだろうか。


「最後はそうなるかもしれません。ですが、その場合の引金は、相手に先に引かせるんです。もちろん報復は何倍にもしてお返ししますけれど」

 はー。ユーモとミーティアはこんなクレアの表情を見たのは初めてだった。

 やはり怒らせると怖いようだ。


 ☆


「あの風力発電所で送電している範囲は国内のほんのわずかな地域にすぎません。そもそもキアリィスは、点在する小規模な発電所によって全土のエネルギーを確保しているのです。その発電所間をつなぐ送電網など有りません。ケーニヒグレーツの電気は、せいぜいあの地区だけしか送られていないのです」

 キアリィスの特命代表外交官は苦し気に顔を歪めた。

「それを奴らは、さも全土に送電しているかのような金額を請求してくるのです」


「お話はよく分かりました」

 キジルバーシュ元首補佐官カーソリッド・ヘッジホッグは、後ろで控えるクレア・バートルたち『ストレイ・キャット小隊』の三人を振り返った。

「それに君たちの調査結果を併せると、ケーニヒグレーツの欺瞞は明らかだ」

 ユーモたちは揃って頷いた。


「ですが、この世では力こそが全て。軍事力を持たない、あなた方キアリィスにくみするには、われらもそれなりのリスクを負います」

 だらだらと汗を流す特命代表をその灰色の冷たい目で見たカーソリッドは、ふつ、と笑みを浮かべた。

「われらも先日のアクシリアとの戦闘で損害を被っておりましてね、もしケーニヒグレーツと……そういう事になるのなら、さらなる覚悟が必要というもの」

 カーソリッド補佐官は身を乗り出した。

「我らが血を流す代償について話を致しましょう、特命代表閣下」


 ☆


 やはり、キアリィスとケーニヒグレーツの交渉は決裂した。


「いいだろう。ならば、あの峡谷を太陽光パネルで埋め尽くすまでだ」

 ケーニヒグレーツの元首、ピジョン・Mt・マローダーは焦点の定まらない瞳で全軍の発進を命じた。

「正義だ。これこそが正義なのだ!」



「おーい、早く積み込め!」

 整備士のギド・パスファインダーに急かされ、ユーモは鋼騎兵03号機で倉庫から弾薬箱を第25機動要塞に運び込む。


「本当になっちゃいましたね、クレアさん」

 一緒に01号機で運搬をしているクレアに呼び掛ける。ハッチを開けたクレアはどこか気弱な表情を浮かべている。


「今度もクレアさんについて行きますから。みんなで頑張りましょうね!」

「え、ええ」

 やはり浮かない顔だ。


「それなんですが。わたくし、気づいてしまいました」

「何にですか?」

「実は、わたくしが参加した戦いは……、すべて負けている、という事実に」

 それは、いま一番聞きたくなかった。



 だが、戦端は容赦なく開かれようとしていた。



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