第5話 戦場の堕天使

 予期せぬ横撃をうけたキジルバーシュ鋼騎兵メタル・トルーパー軍は大きく動揺した。特に左翼側の混乱が酷い。敵は一個小隊3機。わずか半数の敵に完全に圧倒されていた。


 白銀と濃紺のボディパネルを持つその3つの機体は、これ見よがしに発電翼ブレードを展開したまま、次々にキジルバーシュ鋼騎兵を屠っていく。

「羽根を狙え、発電翼を破壊しろ!」

「だめです、動きが速すぎて照準が間に合いま……うわーっ!」

 絶望的な叫びが戦場に響く。



「まさか。あの方たちは東部戦線にいたはずなのに?!」

「誰なんですか、クレアさん?」

「わたくしの隊は、あの方たちに壊滅させられました」


 アクシリアの撃墜王エース、リューシン・ケッセルリンク。その彼が率いる小隊は『堕天使アスタロト小隊』と呼ばれる。

 10メートルを超す長剣を携え、背後に光輪のような発電翼を持つその禍々しい姿は、まさに『ダーク天使エンジェル』と呼ぶにふさわしい。


「逃げましょう、クレアさん!」

「そうですよ。あんなの、かなうわけがないです!」

 ミーティアとユーモが、泣き声で叫ぶ。


発電翼ブレードを展開してください、ユーモさん、ミーティアさん」

 クレアは鋭く指示をとばす。

「もう逃げられません。手遅れです」

「そんなーっ!」


「こんな時のために特殊弾頭を装備しています」

 淡々とクレアは言った。それって、まさか。ユーモは目を剥いた。


「ちょっと待って。核兵器は国際条約で禁止されてますよ、クレアさん!」

「えー、こくさいじょうやく、って何。ユーモちゃん?」

 きょとん、とした顔が目に浮かぶような声がスピーカーから聞こえた。

「あの、ミーちゃん?」

 ……入試が免除されてて良かった。でも……もう少し勉強しようね。


「核兵器なんかじゃありません。このまま移動して風上に回ります」

 左翼を殲滅した敵小隊はすぐにクレアたちの動きに気付いた。急速に方向転換し、迫ってくる。

「気づかれたよぅ!」

「ミーティアさん、ユーモさん。あわてずに砲撃であの3機を一箇所に集めてください」

「はいーっ!」


 敵の左右に機関砲とロケット弾を叩き込む。敵は横隊から、小隊長機を先頭にした紡錘陣形に変わったが、進攻速度はまったく変わらない。

「やっぱり止められないですぅ!」

「うわーっ、来たーっっ!」

「いいから黙って撃ち続けなさいっ!」


 クレアの01号機は右腕を前に突きだし、腰を落として構えた。

 手首部分に単砲口の発射筒が装着されている。02、03号機にはない装備だ。


 操縦席の脇にある、明らかに後から取り付けたと思しい把手付きのハンドルを回すと、それに連動して砲口先端部の蓋が回転して外れた。

「発射準備完了」

 クレアは緊張した声で確認する。そしてそのハンドルの横に設けられた小さなレバーに手をかけた。


「ユーモさん、ミーティアさん下がって。……発射します!!」

 01号機の右手首の砲口から粘着性の網が打ち出された。それは進攻してくる敵機を絡めとるよう、大きく拡がった。


 一瞬動きを緩めた『堕天使』たちは、即座にその網を長剣で斬りはらう。

「だめです、効かないですよぅ!」


 だが網の破片はそのまま敵機のプロペラに絡みついた。機体に付着したそれは急速に硬化する。そして発電翼の回転を止めるとともに、機体の運動を阻害するのだ。

「やったあ!」

「このまま攻撃ですね、クレアさん」


「いえ。いまのうちに退却しましょう」

「へえっ?」

 01号機は右翼を指し示す。その方面は損害を受けつつも撃退に成功したようだ。残った3機がこちらへ向かって来ている。

 それを見た堕天使アスタロト小隊も撤退を開始した。


「逃げてますよ。あれ追撃しましょうよ、クレアさん」

「その必要はありません。というか、絶対ダメです」

「ええー?」

 不満げな声をあげるミーティア。


「そうだよ、ミーちゃん。もう、弾が残ってないじゃない。それともあんなのと格闘戦をするつもり?」

 むう、と口を尖らせたミーティアだったが、すぐにぶるっと身体を震わせた。大幅に機動力を奪ったといっても、あんな化け物と戦うのは無理だと気付いたのだ。


「うん、そうだね。今日はこれくらいにしておいてやるか。ね、クレアさん、ユーモちゃん」

「はい。そうしましょう」

 クレアはにっこり笑った。


 ☆


 ユーモは破損して行動不能になった鋼騎兵を回収用の大型トレーラーに載せていく。その多くは大破して、修理が大変そうだ。

 双方で停戦を確認した後は、こうやって鋼騎兵や兵士を収容していくのだ。


 結局、敵の『堕天使』を追撃した右翼の鋼騎兵たちは逆襲を受け損害を増やしただけだった。

「クレアさんの判断は正しかったんだね」

 惨状を見てユーモはため息をついた。


「おい、そこの貧乳トルーパー」

 同じように回収作業にあたっていたアクシリア軍の作業用鋼騎兵が近づいてきた。前部ハッチが開き、中からパイロットが顔をだしている。


 ユーモは思わず両手で胸を隠した。

「ああ。03号機のことか。うん、そうだ。きっとそうに違いないよ」

 だって中は見えてないもの。こちらもハッチをあける。


「お前はクレア・バートルの隊にいたのではないか」

 おっとりとした口調でそのパイロットは訊いた。

「どうした。ちがうのか」


「か、か、カッコいい……」

 ユーモはそのパイロットに見蕩れていた。金髪のオールバック。削ぎ落されたような精悍な容貌に、優しい微笑みを浮かべている。

 これは間違いない。お貴族さまだ。

「はい。わたしクレアさんのチームメイトでユーモ・ファーンボローですっ♡」


「そうか。とあの女に伝えておけ」

 ユーモの笑顔が凍りついた。

 この男が『堕天使アスタロト小隊』を率いるリューシン・ケッセルリンク侯爵だった。


「ではまた戦場で会おう、ユーモ・ファーンボロー」

 ハッチを閉じ、ケッセルリンクの鋼騎兵は遠ざかっていった。


 いや。せっかくのお誘いなのだが。

「絶対に、お会いしたくないですっ!」

 


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