第4話 罠に落ちたノラ猫

「いいですか。ひとりで戦おうと思わないでください。必ず3対1となるように、フォーメーションを崩さないで」

 クレアの指示にユーモとミーティアはうなずいた。


 事前の作戦ブリーフィング時には、卑怯だとか言っていたが、数的有利を作るのは戦術上の鉄則だ。ましてやユーモとミーティアはこれがほとんど初陣になる。

「ひゃー、緊張する」

 ミーティアが悲鳴のような声をあげた。


 他の機動要塞からも鋼騎兵メタル・トルーパーが出撃している。やはり、それぞれが数機ずつでチームを組んでいた。


 対する敵の鋼騎兵は一列横隊を組んで接近してくるのが確認できた。


「ねえ、クレアさん。敵の数も15機ほどだけど。これって少なくないですか?」

 ユーモは目をこらす。

 こちらも5基の機動要塞から同じ数の鋼騎兵が出撃している。この時点で戦力は互角だが、想定した敵兵力の総数は30機だったはず。


「ええ。もしかしたら温存しているのかもしれません。ですがわたくしたちの役目は、あれを叩くことだけですから」

 クレアもやや戸惑った口調だった。だが双方急速に接近し、もはや考えている暇は、あまりなさそうだ。


「間もなく接敵します。みなさん、発電翼ブレードを格納して戦闘モードに移行してください」

 緊張した声でクレアが呼び掛ける。背中で回転している風車は、戦闘にはいると最も狙われやすい。そのため、破損防止のために折りたたむのだ。


「了解!」

 ユーモはプロペラをロックし、格納レバーを引く。背面プロペラブレードはセミの羽のように背中の定位置に納まった。


 風力による充電なしでの戦闘行動可能時間は約3分と、ごく短い。のんびりと格闘戦を行っている余裕はない。


 まず目標とするのは、中央から進んで来る一体だ。

 その鋼騎兵の動きを観察していたクレアは、それが小隊長機だと確信した。


「ミーティアさんは砲撃で敵の動きを止めてください。その隙にわたくしとユーモさんで敵の懐に入りますから」


 砲撃によるミドルレンジ攻撃と、手持ち武器による近接攻撃を組み合わせた戦術だ。

「行きますよ、ユーモさん」

「は、はいっ!」


 突出したミーティアの02号機の武装は、他の2機に比べ遠距離攻撃に特化している。敵の攻撃可能エリア外からロケット弾を叩き込み、回避しようとして乱れた隊列に向け、01号機と03号機が飛び込んでいく。


「ユーモさん、左へ!」

 左右から小隊長機を挟み撃ちにする。機体構造は敵方も大差ない。つまり右腕には火砲が装備されていないのだ。

 敵がクレア機を砲撃する隙に、左から回り込んだユーモは長剣で敵の頭部カメラを破壊する。続けて、回り続けている発電用風車を叩き斬った。


「大丈夫ですか、クレアさん!」

 至近距離で被弾したクレアの01号機は左の肩パネルが大きく破損していた。

「心配いりません。この機体は防弾構造が二重になっていますから」

「だからといって囮になるのは止めてください!」


 その時、右側の敵機がロケット弾を受け大きくよろめいた。ミーティア機からの砲撃が着弾したのだ。やはり緒戦で隊長機を失ったことで、統制がとれなくなっているようだ。

 すかさずクレア機は手にした十文字槍を突き出す。特殊合金製の槍先が敵機の胸部に突き刺さり、ジェネレータを破壊された敵機は動きを止めた。

 ここまで約1分。


 さらに一機が02号機の砲撃によって風車を破壊され、行動不能になっている。

 そこでユーモは、ある事に気付いた。

「クレアさん。こいつら風車が回ってないと戦えないんじゃないですか?」


 戦場を見渡すと、どの敵機も風車を格納せず、そのままで戦闘している。風車が破壊されるリスクより戦闘継続力を選んだともとれるが、ここまで接近戦になってもそのままというのは腑に落ちない。

「まさか、そんな旧型機を前線に出してくるなんて。信じられませんけれど」


 しかし敵の鋼騎兵は後退に転ずる。全戦線において、キジルバーシュ軍がアクシリア軍を圧倒していた。

 左右に展開する友軍は勢いに乗り追撃にかかった。


「うちらも行かないの、クレアさん?」

 後方から砲撃を行っていたミーティアが追いついてきた。だがクレアはすぐに答えない。

「発電翼を展開してください。まず充電です」


 進撃する友軍の最後尾を進みながら、クレアは固い表情を崩さない。

「何かおかしい。そう思いませんか、ユーモさん」

「それって、勘ですか」

 最初の配属先に於いて初陣となった激戦のなか、半数以上が犠牲になった戦いで生き残ったクレア・バートル。ただのお嬢さまではない。


「首すじのうぶ毛が逆立つんです」

 クレアは小さく言った。


 ☆


 轟音とともに風車が弾け飛んだ。黒煙が立ち昇り、その機体は動きを止める。

 敵を追い詰め包囲しようとするキジルバーシュ鋼騎兵。その両翼の背後から狙撃されたのだ。


 それは先程までの旧型機ではない。武装も機動力も段違いな新鋭機だった。

 次々に味方の鋼騎兵が破壊されていき、戦況は一気に逆転した。


「しまった。戦場の外側を大きく迂回していたんだ」

 ユーモは唇をかむ。


 ノラ猫小隊たちキジルバーシュ軍は、ついに罠におちた。




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