EXTRA『Selfishness』

「私、三〇には死のうと思ってンだけどさ」

 宮本朱羽あげはの話題はよく飛ぶ。定期テストの話をしていたかと思えば、今ハマっている動画配信者の話を、セルフネイルの話をしていたかと思えば、いつの間にか松岡教諭との惚気にすり替えられている。とはいえ、中学一年生からの付き合いなので。その振れ幅にもとうに慣れ親しんだつもりでいたが──。


 ついに死生観にまで及ぶとは。


 水原未紗季はストローを咥えたまま、さりげなく辺りを見回した。平日十六時半ばのファーストフード店。二つ隣のテーブル、ホットアップルパイにかじりつかんとしていた女子高生と視線がぶつかった。一応、偶々目が合いましたね──という意味での会釈をしておいて、注意を朱羽に戻す。中学生らしからぬ、ブラウスの形を歪めてしまうほどに豊かなそれを見る。

「まあ、宮ちゃんの場合は年とったらね」

「マジ? ミサミサ失礼過ぎひん?」

 朱羽が、遠慮なく音を立てて残り僅かなストロベリーシェイクをすする。

「別に、死にたい言ってるわけ違くて。私、死ぬまでにやりたいことリスト作ってンのよ。三〇までには全部達成したいなーって。で、いざ三〇なったとき、後悔なく死ねるぞーっ、だぞーって言えるくらいにはライフ楽しみたいなと。そういうポジティブな話よ」

「──オールアップ?」

 詳しいね知識人じゃん、と言って朱羽が目を丸くした。二つ隣のテーブル、ストローから飲み物へそこそこ盛大に息を吹き込んだ音がしたが、未紗季は聞こえなかったことにする。

 今でも、周りから偶に言われるのだ。


 ──未紗季ちゃんが宮本さんと仲良いのってちょっと意外。


 ちなみに、朱羽が「アンタが水原さんと話してんの控えめに言ってヘン」と言われているところにも出くわした憶えがある。仲が良いかと問われると、難しい。単純な話しやすさならつかさの方が上だろう。朱羽とて、一緒にいて盛り上がれる子ならもっと他に大勢いる。ただ、お互い目の前にいるこの娘にしか話せない、この娘くらいしか受け止めきれないだろうと、抱えている思惑があって。だから、こうして必要に応じて顔を合わせている。

 ──そんな気がする。

「そっちはないの?」

「何が?」

「やりたいこと。死ぬまでに」

 朱羽は、中学生がこんな話をするなんておかしいと微塵も思っていない。周りからどう見られているかなんて、本気でどうでもいいと思っているのだ。だから、多くの人が惹きつけられる。男女を問わず、上下の境なく、その特質にあやかれるのではないかと期待して群がる。初めて彼女に会ったとき、未紗季はこれほどアゲハという名がしっくりくる娘もそういないと思ったが──。


 今となっては、蝶というより蜘蛛の巣のよう。


 うつくしいものほど、彼方に見えるものだから。距離感が狂う。これくらいなら平気だろうと、安易に構えているうち囚われている。死ぬまでにやりたいこと。俺は、要らないからさ。差し出される青い風船。ベルトループに通したシルバープレートのキーホルダーをそっと握る。

「今、お兄ちゃんのこと考えたっしょ」

「まあね」

 ぱっと手をはなした。我ながら今のサインはわかりやす過ぎる。

「でも、不思議なんよなー。そのわりに好き好きオーラないから」

「宮ちゃんは松岡先生と話してるとき出てるよ」

「好き好きオーラ? マジかよセーブしてんのになー」

 キーホルダーに触れたのは意図的だった。とはいえ、このような試し行為をわざわざ仕掛けたということは。とどのつまり、水原未紗季は宮本朱羽に気を許している。ある程度、静かな内面をわかってほしいと望んでしまっているわけで。

 そう、静かな部分に限っては。透に対しても同じことだ。未紗季のまだ見るに値する内面を切り取って、空気として詰めた風船をこれがあなたの可愛い妹だよと、頼りにしていい唯一だよと、見るに値する笑顔で手渡している。だから。

「ところで、ミサミサ」

「うん」

「──ストレス溜まってンの?」

 朱羽の指先を追う。気づけば、ストローの先端が噛み跡だらけだった。だから、こういうのはちょっといただけない。未紗季は微笑む。キーホルダーのチェーンを人差し指で弄びながら、

「どうして?」

 と小首を傾げた。

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