魔法 『ハテナシ』
【作品情報】
『ハテナシ』 作者 辰井圭斗
https://kakuyomu.jp/works/1177354054917337748
【紹介文】
なし
死にたいと口にしている人に、死なないでくださいと我を押しつけるのはいかがなものかと思う瞬間がどうしてもあって。
たとえばこれが、手の届く間柄で交わされるそれなら構わないと思うのです。必然、言葉だけでは終わらない。死なせない状況を物理的に作り出すことができる。
これまで、この隔たりがあるからこそ功を奏するものがあるのだと、双方に云い聞かせ、事実離れていたからこそ──その腕を掴むことができたのでしょうが。
この詠唱に少なからず限界を感じている私もいるのです。
たとえば、それは親愛なる人がプレゼントを大切に扱い過ぎることに似ていて。断じて粗末にしたりはしないのだけれど、あまりにもやさしく──何度も何度も触れてくれるものだから、結局早く壊れてしまって。「せっかくいいと思ったものを贈ったのに、どうせこうなってしまうならもう──」という諦めに近いものがあるのかもしれません。
せっかく自信のある言葉をおくったのに、そんなにもすぐ効き目がなくなってしまうのであればもう──。
限界を感じている私というのは何も消耗の果てに露わになったわけではなく、きっと最初から私の根幹を成す一人としていたのでしょう。残弾をまじないのように数え始めたあの日から。
此の人は、きっと魔法使いではなかった。
ただ、これまでを辿って──。死にたいと口にしている人に、この隔たりを保ちながら死なないでくださいと唱えるのはいかがなのものかと謳っておきながら。
灰になった花畑、薄氷張る湖の上、真新しい血に濡れたもうひとつの花畑と下宿先の浴槽。そのいずれでも。
あなたを死なせたくないなと思いました。
「きっと皆もこう思っていますよ」なんて、代弁者を気取りたくはないのです。主語を大きくすればするほど、結局あなたという個を無下にしてただ数の多い方へと転がそうとしているような気がしてならないので。
死なないでくださいと唱えることは容易くて、死なないでくださいという言葉を彩ることも決してできなくはないのだけれど。これは──自己満足に過ぎないのかもしれません。真実は、死ぬなというただその一言さえあれば事足りるのかもしれない。それなのに、わざわざ凝ったことを言おうとしている。
きっと、最善を探しているわけではないのです。
自分にはもっと引き出しがあると見せかけようとしているのです。その虚勢も見抜かれさえしなければ、誰かの希望となり得るやもしれない。
今、死にたいと口にしたあなたがいるのはもうひとつの花畑でしょうか。涸れてしまった湖でしょうか。灰吹く丘の上でしょうか。点々と赤い軌跡を残しながら、空の浴槽。今もあなたはそこにいるのでしょうか。
死ぬなら──ここがいいと言えますか。
ここ"で"いいでは駄目なのです。何故駄目なのかと問われても、何一つ言い返すことはできません。そこに理由などないのですから。
論破なるお言葉がありますが、あれはこと一対一の場合、中々起こり得ぬ決着でして。というのも、片方が頑なに「自分は負かされていない」と主張し続ける限りは決着しませんので。あれはぱっと見で「何だかこっちが勝っていそうで、こっちが負けていそう」と判断する聴衆がいて、はじめて起こり得る"状況"なのですから。
だから。
此の人は、魔法使いではなかったのだけれど。
この弾は尽きることを知らない。引き出しは無尽蔵にあると主張し続ける限り負けはないのです。あなたが安易にここ"が"いいのだと言っても、私は安易にそれを認めません。そこに講釈垂れるほどの理由なんて、元より持ち合わせてはいないのですから。
此の人は、きっと魔法使いではなかった。
だったら、一度捨てたものをもう一度拾うまでのこと。弾を込め直すまでのこと。この隔たりがあるからこそ、より速く深く届くものがあると信じて。
あるとしたら、これが"魔法"だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます