Your presence soothes me. 『囁きと葡萄』

【作品情報】

『囁きと葡萄』 作者 私は柴犬になりたい

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054921128379


【紹介文】

 有島武郎「一房の葡萄」を是非お読みください。


 変われぬ人を書くのが巧いなぁと思いまして。「惰性で買った醤油味」とか「決まった組み合わせの服」とか、読んでいるともう何年も前から"私"の変わらぬ生活を眺めていた心地になるのです。

 有島武郎『一房の葡萄』は、端的に云えば主人公である"僕"が級友の絵具を盗んでしまうお話で。云いたいことも云わずに済ます、いい子を常とする"僕"が、常ならざることをしてしまうのです。


 程度の差こそあれ、常ならざることに手を染めるのは、変わりたいという願望のあらわれではないかと私は思っておりまして。


 自分の今いる立場とか、人格とか、そういうものがこれを機に何かしら変わり得るのではないか、これまでとは違う自分になれるのではないか、違う世界が拓けるのではないか、そうどこかで期待してしまうから、常ならざることに誘われるのではないかと。

 だからこそ、花を買いに行ったのは何かが変わると思ったのではないかと。これから枯れるであろう、今の自分にとって価値のわからぬものを手に入れることで、止まっていた何かが動き出すのではないかと。


「……僕はその時から前より少しいい子になり、少しはにかみ屋でなくなったようです」


 写真立てには、幼い頃の"私"と学生服を着た姉。『一房の葡萄』は、それに寄り添うように置かれていたのに──。"私"を置き去りにして、前より少しいい子になってしまった。変わってしまった。


 葡萄なんていつになっても酸っぱいままだ。


 余談。「葡萄」という単語を目にした折、哲人皇帝マルクス・アウレリウスのある言葉が頭を過ぎりまして。

「葡萄の樹はひとたび自分の実を結んでしまえば、それ以上なんら求むるところはない」

「人間も誰かによくしてやったら、〔それから利益をえようとせず〕別の行動に移るのである」


 私たちは、そのような人間でなくてはならない。


 ──葡萄というのは、何かと手が届きにくいものの象徴として扱われがちのように思われるのですが、いかがか。

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