EX.私にしかできないことなんて、ない。 『ERAZER ──薄氷の花傘──〈前編〉』

【作品情報】

『ERAZER ──薄氷の花傘──〈前編〉』 作者 姫乃 只紫

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054891709138


【紹介文】

 鬼を憑けた障碍児である『鬼児』を殺し合わせて最後に生き残った者を『鬼姫』とする──それが天沼之宴だ。


 第一章『氷柱少女』のあらすじ


 三年前、「眩しさ」から解放された少女、大野木ココの眼にはもうひとつの世界が映るようになっていた。紅い金属質なコケに覆われた世界、そこに蔓延る数多の〈彼ら〉。大切な人の命を奪っていった〈狸〉と、ココにしか認識することのできない〈家鳴〉──。関連性の見えない二つの怪異。そこに隠された真実とは? 大野木六人義姉妹を中心に語られるホラー活劇。


 第二章『踏鞴事変』のあらすじ


 蹈鞴事変の解決を依頼したい。──探偵ジョシュア・ファイブセンスのもとに舞い込んできたのは、かつての友人からのあまりにお門違いな依頼。結果ジョシュアは"ご友人たち"の助力を得ることになるが──。想念によって形を変えるヒヒイロゴケ、呪法を描いた屏風、妖怪の進化形とされるギノー。果たしてそれらと大野木家の関わりとは? 既来界という異世界を舞台に、探偵のジュシュア。楼主の一巫女。その側近の庵。そして抹消者のアカシャを中心に語られるホラー活劇。


 短編集『仁和歌者』について


 仁和歌とは、江戸時代から明治時代にかけて、宴席や路上などで行われた即興の演劇・寸劇のことです。路上で唐突に始まり、衆目を集めたために「にわかに始まる」という意味で、そう名付けられたとされています。また、仁和歌を演じる役者のことを仁和歌者といいます。珠玉と呼ぶにはほど遠く、されど射干玉ほどには光かがやくERAZERシリーズ短編集。あなたを楽しませる「仁和歌」と成ればこれ幸いです。


 読解難易度:HARD

 作者が初めてweb投稿したと云う意味で(至るところがふわふわとしているが)、何かと思い入れのある作品。私の中で京極夏彦先生の『百鬼夜行シリーズ』や吉屋信子先生の『花物語』を始めとする所謂少女小説が最高にホットだった時期の作品でもあり、随所にその影響が散見していたりいなかったり。


(紹介文が長過ぎる)二〇〇九年にweb小説投稿サイトデビューした当時から、クリエイティブ職関連の「あなたにしか創れないものがある」「キミにしか表現できないものがある」みたいなキャッチコピーに対して、どうにも斜に構えていた節がありまして。

 もちろんクリエイティビティを要求される分野で、自分にしか創れないものを創ろうとする意気込みは大切だと思うのですよ。ただ、たとえ(多くのクリエイター志望の欲求を刺激することが目的の)キャッチコピーだからといって「お前にしか創れないものが必ずある!」みたく断言しちゃうのは、何かちょっと──どうなの? というふうに首を捻っていた、要するにその頃から面倒臭いタイプの物書きの端くれだったわけです。

 所謂「ビル・ゲイツいなくてもWindowsあったでしょ? スティーブ・ジョブズいなくてもiPhoneってあり得たでしょ?」というスタンスの人だったんよね(まあこのスタンスは今なお変わってはおりませんが)。流れで思い出したから云うけど、『Think clearly』の「大き過ぎる夢は持つな。あなたに世界は変えられない。あなたに変えられるのはあなたの人生だけだ」という主張すんごい好き。あまりに良い言葉過ぎて、もういっそこれで締め括りたいくらいなのだけれど、流石にもうちょっと続けます。

 

 だからこその「私にしかできないことなんて、ない」だったのですよ。


 この言葉は主人公である大野木おおのきココが、一人称小説の地の文──心の声として発したもの(「08『私がしたいことを』」参照)で、字面だけ見ると大分とネガティブなイメージを与えるのだけれど、作中ではむしろプラスの意味で用いられておりまして。

 自分にしかできない励まし方や慰め方、寄り添い方を模索するあまり何もできないくらいなら、まず自分がやりたいと思った寄り添い方をやれ。その人の悲しみを何もかも知り尽くした気になるな。その人にとっての特別になんかなろうとするな。お前はその人にとって偶々その場に居合わせた、ただ胸を貸す人だ。偶々手を差し伸べる人だ。


 その人の力になりたいとその人の特別になりたいを一緒にするな──みたいなね。


 執筆当時の私が典型的な意識高い系の学生だったので『ERAZER』は露骨に説教臭い展開こそないものの、この手のメッセージめいたものがやたらと随所に散りばめられがちでして──。

 そう、意外にも説教じみたシーンは、私の記憶する限りほぼほぼなかったと思う。ココには確かに独自の行動規範や美学があったものの、どちらかと云えば周囲は彼女のふとした言動からある種の気づきを得ることが多かったし、ココ自身も周りとの何気ないやりとりの中から自分の新たな支えとなるものを見つけることの方が多かった。


 これは経験則に基づく自論なのだけれど、誰かから面と向かって説教されて目からウロコが落ちました、新たな道が拓けました、人生変わりましたっていう人、何人くらいいます?


 もちろんゼロではないと思うのだけれど、決して多くはないだろうと私は思っていて。むしろ先に触れたように日々の何気ないやりとりの中から、問題解決のヒントとか、新しい生き方を見つけることの方が多くありません? だから、何も説教系のアンチテーゼとしてこれをぶつけたかったわけじゃあなくって、そもそも人が説教から何かを得ること自体稀ですよね──と。それが『ERAZER』を通して書きたいものの一つとしてあったわけです。


 だから、私がこの作品を「チーズハンバーグステーキカレー」などと称する所以ゆえんは、何もこれが当時自分の好きだった属性を詰め込めるだけ詰め込んだからではなく、学生だった私が短いながらこれまで生きてきた中で集めた知識とか知恵とか、築いた美学なんかをありったけブチ込んだという意味合いも含んでいたりする。


 当時口を開けば不労所得(恐らくは意識高い系学生が好きな言葉ランキング第一位)だった私にとって、小説はあくまで食い扶持の一つになり得るやもしれない可能性に過ぎず、兎角あらゆることに着手して何か一つでもヒットを出したい、大学卒業後も本業オンリーで生計を立てるつもりはさらさらなく、重きを置くはあくまで副業、俺は生産性のマシーンだ! 誰の言葉にだって俺は揺さぶられないぜ! と気取りに気取っていた私が、二〇一〇年五月十四日なろうで二回目にもらった感想──「師匠と呼ばせてください(笑)」に「あっか~ん」と膝から崩れ落ちるほど、メチャクチャに心揺さぶられたのはまた別のお話。

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