★み、水も言も巡れと言う夢幻話 第五話
「それにしても、朧者がわざわざ
枝に
「命が
八重は兄弟を順番に見て、兎の肉を
「失礼な質問をするけれども……二人とも、程度は違えど奇現に
「こっちの世へ流れてきて、自由になったばかりの
「兄様は自分に『亜雷』と新たな名を付けることで、奇現の
「な、なるほど……」
八重は少し考えた。
(亜雷の一部を、私が『黒葦』と名付けて呼んでいたことは、どうなるんだろう)
それはひょっとして、亜雷にあまりよくない
「だが、兄様が封じられ、おれもまた同じ目に
名付けの効力が
自分の死を
「できれば早めに、兄様に殺してほしい。朧者には変わりたくない。変形する以上に、
大厄という言葉の不気味さに、八重はぞわりとした。
「朧者だっていずれは野に
堕つ神と呼ばれ続ければ、言葉に力が乗って、本当にその存在に成り果てる。
基本的には、人々が朧者に厄、恐れ、恨みなどの意味を付加させたものが堕つ神だ。だから
(定義が曖昧っていうより……世界全体がまだ整っていないっていうか)
だからこそ、『名付け』
「……これ、最後の
と、栖伊がまったく笑えない
「俺は、おまえを殺すためにこいつを連れてきたんじゃねえわ」
亜雷は、しんみりした空気を無視し、兎肉を刺していた枝の
「この女は無性だからそもそも奇現に罹らねえって理由もあるが。
二人の
「洞児は生じたばかりの頃なら、いまの八重と同じように魂が
亜雷の説明を聞いて、八重は考え込む。それは前の生の
「おそらく八重は無意識の中で、『奇現なんぞありえない、罹るわけがない』と思っている。環性についても『なんだそれ、変なの』っていう認識なんだ」
「まさかいま、私の
引く八重には取り合わず、亜雷は
「だからこっちの世にある、すべての病に
「……はっ!? 私が? 私、ちょっと名付けができるだけで、医者じゃないんだけど」
「医者も生まれたときから医者じゃねえだろうに」
とんでもない
「私が無意識に全否定しているから、それが
混乱しながら八重が口早に尋ねると、亜雷は
「おまえは理解が早い」
八重にとって、その言葉はあまり
「でもその理屈だと、私が一度奇現を受け入れたら、免疫も消失するってことにならない?」
「ならない。おまえはとっくに、頭では奇現が存在することを認めているだろ」
亜雷は断言した。
「俺が言っているのは、魂の在り方だ。本能と言い
言い負かされて、八重は息を
(やっぱり私が前の人生を忘れていないことが関係しているんだ)
発熱や頭痛などなら前の世界でも体験した。でも奇現という病は存在しなかった。八重の魂はいまだ前の世の色をしているために、奇現に染まらない、存在しないものに左右されるわけがない、ということなのだろう。
「
「触れる? ……って?」
栖伊は
八重は
「奇現が
八重の独白に、栖伊は
「だから、もうおれは長くないんだよ。ここまで症状が出てしまったら治せない」
そう言って栖伊は、
八重は
「これは──」
と、すぐに彼の胸部から目を
たとえば
自我をなくして朧者となるときもあれば、
死に至るまでの流れは違っても、最終的にどうなるか、という点においては変わらない。
こちらの者たちの死とは、独特だ。
──目の前の栖伊もまた、すでに病の重さを示す症状が身に現れ始めていた。
腹部の血肉がごっそりと失われ、骨が見えている。
その骨がまるで
蟲といっても、いわゆる「
(こんなふうになっていたのか……)
奇現に
「い、痛み、とかは……?」
八重は細い声で
「もうないよ」
栖伊は困ったように答えると、枝化しつつある胸骨に指を
「私が
「いいけど──やめたほうが……いくら八重が無性でも、直接触れば
(さっき亜雷が予想していた話、正しいかもしれない)
理性の部分では、奇現という病気を認めている。が、感覚の部分では、「やっぱりありえないわ。私の知る病気じゃない。
八重は繭を、つんとつついた。あっ、と栖伊が動揺した声を上げる。
何度か八重が繭をいじると、骨に
八重は手のひらに転がってきた繭を、つい指で
落下した繭は、触ったときはやわらかだったはずなのに、地面の小石に
(本当に白金の
このまま
「兄様、感染する!」
「いや、もう心配ない……完全に金属に変化している」
その後、短い
骨に寄生した尸蟲は
だが尸蟲が、こんなふうに金属化するとは聞いたことがない。
「さあ、俺の弟を手当てしろよ、八重先生」
顔を上げた亜雷がすこぶる
八重は
できるわけがない──と言いかけて、栖伊が見つめていることに八重は気づく。栖伊の、
「……いや、無理はしなくていい。おれは死んだってかまわない」
その言葉は、八重には「死にたくない」と聞こえた。
死にたくない。生きたい。
「や、やりますよ。やりますとも。奇現専門の医師とは私のことだ」
八重は、
続きは本編でお楽しみください。
かくりよ神獣紀 異世界で、神様のお医者さんはじめます。 糸森環/角川ビーンズ文庫 @beans
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