節目の夏、冒険の始まり
鈴原ヒナギク
はじまりの話
「二〇二〇年ということで、過去について調べてみようと思う。」
「そこ普通、今か未来の話をするとこじゃないのか。」
とある学生二人──男女それぞれ一人ずつ──が、狭い上に古い図書室に、集って話し
合いをしている。僕らの置かれた状況を一言で説明すると、こうなる。
何故僕たちが、今、学校の図書室に集っているかというと。
僕らは、課題を行うメンバーだからだ。
課題はコンビかグループで行うのがルール。グループを作る上での、メンバーの制約は
特に無いのが特徴。そうなると、キラキラな学生たちで仲良しグループが作成されるのが
世の常。そして、友達の少ない変わり者と、友達のいない根暗は寂しく取り残されるルー
トまっしぐら。おかげに二人は、前述の性格のおかげで、グループに無理矢理入るにして
も、周囲から怪訝な顔をされるのは、火を見るよりも明らか。
よって、この二人だ。
何故僕たちが、今、学校の図書室に集っているかというと。
決まらなかったのだ、学校が夏休みに入るまでに、課題の内容をどうするか。
そのため、スマホで連絡を取って決めようと思っていた。しかしながら。
連絡先を貰うのを、忘れていた。家の番号すら分からない。僕は同じ中学出身ではなか
った。前に同じクラスだった人物に電話番号を聞き、家に掛け、何とか集合する日を決め
た。この会合が終わった後、彼女のスマホの連絡先を聞き出し、一刻でも早く課題を終わ
らせる一助にしようと考えていた。僕は彼女自体には特に興味は湧かない。まぁ、周囲も
認める美人ではあるが、僕にとっては、美人、それにさらなる価値を見出すことがでな
い。美人だから何だ、変わり者であってもどうでもいい、という考えでしかない。
話が逸れた。
僕は連絡先を貰おうと思った。けれども。彼女、スマホはおろか、ガラケーすら所持し
ていないと言う。何故持っていないのか、家庭の事情か何か、そう問うた。彼女は言う。
いいや、私自身が、必要ないと親に申告しておいた、だって本当に要らなかったから、あ
んなチンケなもの、と。
彼女が変わり者と称される理由が、少しばかり、否、すごくよく分かった気がした。周
囲から見たら多分、僕も人のことが言えないのは承知の上で。彼女はスマホの代わりに、
それに似た板状の機械を持っていた。持ってはいるものの、それの用途は少なくとも僕に
は分からなかった。
僕は一旦、目を逸らした。彼女の発言により湧いた感情を、どうにか抑えようと思った。
表情筋に心情があからさまに滲み出るのは、どうしても避けたかった。作業効率が下がる。
──図書室は狭く古い。明るく暗い。コントラストが激しい空間だ。
時刻は午前 10 時過ぎ。快晴。電灯は付いていないが、室内は明るい。それ故、机の黒ず
んだ凹凸も、本棚の、普段誰も手を触れない箇所が、うっすら埃を纏っているのも、細か
な塵が宙を、音も立てず落下していくさまも、良く見える。
運動部の声援か、遠くから声が聞こえ、消えていく。
まだ午前中だからか、暑さはさほど感じなかった。窓から差し込む日光だけは激しい。
僕は室内側の席に座っているため、余計に光が届くのだ。僕は窓側の、日光がぶつかに
くい位置に座りたかった。背中は暑くなることを承知の上で。だが、僕が図書室に入った
時、彼女は既に窓側の席に座っていたのだ。先手を取られた。
視線を戻す。彼女の顔は、影が暗いため見えない。
──さて、課題はどのように終わらせようか。
課題の内容は、小学生の自由研究とさほど変わりない。さほど、変わりはない。
「二〇二〇年だから分かることを調べる」という、特殊なテーマが設定されていることを除けば。それが設定されている分、考えるのは多少やりやすくはある。
長ったらしい振り返り終わり。
「そういえば三ツ矢さん、さっき何て言った。」三ツ矢さん、とは彼女の名字である。そういえば、さっき何か言ってたような。
「おいおい、さっき自分でツッコミ入れてたのに、もう忘れたのかい。」
彼女は軽やかに笑った。先ほどの言葉に、笑い声に。嫌味は含まれていないように聞こ
える。
「じゃあ、もう一度言おう。二〇二〇年ということで、過去について調べてみようと思う。どうだい。いい考えじゃないか。」
「そこ普通、今か未来の話をするとこじゃないのか。──ってさっき、僕が言ったんだよ
な。確か。」
「そうそう。その通り。」
「うーん。ちなみに聞くけど、なんで。」
「何でって。そりゃあ。今か未来の話はありきたりだからね。誰でも考えられる。もし、
他の人と同じ内容になったら面白くないじゃあないか。この場合、安直はありきたりと背
中合わせだよ。」
「いやそうだけどさ。うーん。」
「どうした矢木くん。」
「いやあ。僕が考えてきた案も、いわゆる安直な案だったからさ。ちょっと、その。グサ
ッと。」
「ああ、なるほど。」
「うん。それでさ。何で、その案を出してきたの。」
「──おや。まずかったかな。」
「いやいや、そういうわけじゃないんだけどさ。興味本位です。ホント。」
「ふむ。──こちらの理由も、ただの興味本位だよ。ただただ課題をこなすよりは、少し
でも面白くした方がいいだろうと思った。それだけ。」
彼女は目をつむる。そして、机に置いていた板状の何かを、手に持って僕に見せた。
「まあ、面白くするためには、未来の『事象を調べる』のを回避するにしても、未来の『道具を使う』のは避けられない。そう思っていたのだがね。」
「はあ。」
目を開け、不敵に笑っている。笑っているように、見えた。彼女の姿はちょうど影にな
っているけれども、僕にはそう、見えた。
「──これ、何だと思う。」
「さあ。」
「分かりやすく言うと。歴史的事象をフルダイブ体験するための、バーコードリーダーさ。」
「フルダイブ──。」
そう言う割には。
「映像を映すゴーグルは。諸々の操作をするためのリモコンは。フルダイブって言ったっ
て、それらしき機械はどこにもないじゃないか。」あたりを見回しても、どこにも。
「落ち着け落ち着け。まず VR じゃないから。ヘッドセットはいらないんだよ。」
「そんなこと言われたって。どうやって使うって言うんだ。」
「──ここに、カメラがあるだろう。」
「逆光だから何も見えない。」
「ほら。ここ。ここだよ、ここ。」向きを傾けつつ言う。眉間に皺を寄せる顔が、日光が眩しく差し込み、一部分だけはっきりと見えた。
「分かった、分かったから。近い。」少し荒い息遣いが聞こえるくらい、顔が近い。鬱陶しい。
「おっと、悪い悪い。──話を戻すけれども。」
少しばかりの沈黙。
「ここにあるカメラが、文字を認識する。対応しているのは、コレに登録されている、歴
史的事象のタイトルだね。ベタなもので言うと、本能寺の変とか。それで、認識した事象
の内容を、我々自ら追体験できるよう導いてくれるというワケさ。追体験するといっても、すごくリアルみたいなんだ、コレ。途中で自ら、歴史を捻じ曲げたくなるくらいには。それに、体験中は肉体的及び精神的な怪我はしない。そう保証されてる。安心して体験できる。」
「え。ちょっと待って。」
「待ったが多いな矢木くん。次から待ったなしを導入しようか。」
「将棋じゃないんだから。──さっき言った通り、VR で体験するわけじゃないんだよね。」
「そうだね。VR ではない。決して。」
「じゃあ。」
「じゃあ。」彼女は首を傾げる。
「──どうやって追体験するの。」
彼女は淡々と言った。
「体験開始のベルがこの機械から鳴って、我々は光に包まれる。それだけ。──結論にたどり着くまでが長いな、矢木くん。」
「いや、いやいやいや。」
そんな、異世界転移ものじゃないんだから。
「非科学的、いや、非現実的だよそれは。」
「確かに、そうだね。まあ、説明書にそう書いてあっただけなんだがね。実際どうなるか
は分からん。ものは試しさ。」
「どうやって手に入れたの。」
「教えない。教えたら面白くないだろう。入手経路不明、非現実的で非効率的な構造、こ
の機械の面白さはそこにある。」
再び笑い声。それと同時に、彼女は椅子に下げていた鞄から何かを取り出した。本だ。
少し埃っぽく、日光退色した──。古ぼけた本。それを、付箋の付いたページを開いて机
に置き、彼女は。
右手で板状の機械を取り上げた。黒く透けた部分に光が灯る。赤色の激しい光。彼女が
バーコードリーダーと表現したのも頷ける。それを本のページにかざした。変わり種の鈴
のような、軽やかな音が鳴った。
端末から、白い光がこぼれだす。夏の日差しにも負けない光。僕はここで初めて、彼女
の顔をはっきり視認できた。艶めく黒髪も、光で煌めいた瞳も、薄い唇も。見える。
「さあ矢木くん。冒険を始めようか。」
「展開早すぎないか三ツ矢さん。何も計画立ってないじゃないか。」
必死の絶叫が図書室にこだまする。概形しか決まってない。「未来の道具を使って過去について調べる」という。ただそれだけの概形である。具体性は一つもない。
「ああ、そこは私が責任をもって事前に計画しておいたから。安心してくれ。」
目を細め、こちらを見ながら微笑む。光に照らされて眩しい。
「スリルあり、感動あり。見聞きするのも、それを纏めるのも楽しい、エンターテインメ
ント性の高い、かつ安心な冒険を保証するよ。この身に誓ってね。」
三ツ矢さんの自信満々な宣言が、白い光の図書室に、確かな重みをもって響く。
ふと、視界が暗くなった。柔らかな感触。彼女の手だと、すぐに分かった。
「これ以上の光は目に毒だ。──目を閉じて。」
艶やかな声。それによって、僕の身体的感覚が、少しずつ薄くなっていくような気がす
る。
──僕らは何処へ行くのだろう。どの時代どの国の、どんな場所で。僕らは追体験をするというのか。この時点では、まだ分からないけれども。
夏の日差しのように、この真っ白な光のように。
きっと眩しい冒険になるだろう。それだけは実感できた。
節目の夏、冒険の始まり 鈴原ヒナギク @Hinagiku_Suzuyama
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