2020年のやりなおし
寝る犬
2020年のやりなおし
2021年1月1日午前0時。
日本中のテレビやラジオは、同時に同じニュースを伝えた。
『本日未明、日本国政府は日本標準時を変更し、新型ウィルスによる緊急事態宣言により延期していた「2020年4月から12月まで」を本日より実施することを閣議決定しました』
「は? なにそれ?」
思わずテレビニュースに向かって声を上げる。
それはそうだ。
自粛自粛の緊急事態宣言が解除されたのが昨日の12月31日。
今年はもう帰省という感じでもなかったので、のんびり自宅で寝正月を決め込もうとした矢先のニュースだった。
スマホを取り出しネットを開くと、同じように困惑した人たちのつぶやきで溢れている。
ふと右上のカレンダーを見ると、そこには『2020年4月1日 00:01』の表示があった
『延期していた4月を実施することに伴い、政府はかねてから民間との共同開発を進めていた「時間圧縮装置」を発動しています。この装置により、日本国内のみ時間が1.5倍の速さで進むことになりました』
さっきから感じていた違和感はこれだ。ずいぶん早口でしゃべるアナウンサーだなとは思っていた。
時計の針も1.5倍の速度で回る。
社内連絡用のチャットアプリに「本日は2020年4月1日なので、普段通り出社するように」との連絡がポンと表示された。
◇ ◇
それからは比喩表現でなく、本当に目の回るような忙しさだった。
なにしろ1日が16時間しかない。
仕事が5時間20分勤務になるのはいいが、仕事の量は変わらないので結局残業をするようになる。
「おーい、あんまり根を詰めすぎないようにな。あと戸締りよろしく。じゃ、お先」
課長の言葉に、そろそろ夜の10時ころかなと時計を見ると、もう午前0時を回っている。
慌てて終電に駆け込み、家に着くのが1時過ぎ、急いで風呂に入ってご飯を食べて、2時に寝ても、3時間半ほども寝ていない気分なのに、もう出勤の時間になっているのだ。
電車もバスも、例えば60キロ制限の道路を時速90キロくらいに感じるスピードでぶっ飛ばす。
当然事故も増え、やがて精神を病む人が急増していった。
◇ ◇
そして、2020年の夏がやってくる。
東京は文字通り3月上旬の寒さの中、延期されていたオリンピックが開催された。
それでも、待ちに待ったオリンピックは盛況だった。
――最初だけは。
だんだんと観客が減った理由は、記録が伸びないことにあった。
例えば、男子100メートル決勝の記録は14.78秒。
水泳も陸上も、時間を競う競技はのきなみひどいことになった。
特にひどかったのはマラソンだ。3時間たってもゴールしない走者に、観客は半分以上帰ってしまっていた。それから満を持してオリンピック正式種目となった野球も、プレイ時間は伸びに伸びて6時間。最後はほとんど無観客試合の様相だった。
閉会式も、セレモニーのほとんどが簡略化され、余韻もなにもないままオリンピックは終わる。
晴れ舞台ともいえる首相の挨拶は「選手のみなさん、お疲れさまでした!」の一言で、東京都知事の挨拶は省略された。
◇ ◇
思い出すとすべて懐かしい。
歴史に残るオリンピックとなった2020年の夏も、今となってはいい思い出だ。
あれからもう30年の月日が流れていた。
――と言っても、日本だけのことだが。
あの日稼働を始めた『時間圧縮装置』は、いまだに動き続けている。
一時的に体調を崩す人が増えた日本人だったが、延期していた「2020年4月から12月まで」の実施が終わるころには、もうすでにその時間の流れに順応していた。
せっかく慣れたというのに、また以前のように時間の過ぎるスピードが変わると、また精神を病む人が増えるだろうとの専門家の見解が次々と発表される。
それによる莫大な経済損失が試算されると、国は特別措置として圧縮時間の延長を決めたのだ。
他の国での20年。それは日本の30年に当たる。
その間に、日本人の平均寿命はついに120歳を超え、定年は段階的に90歳まで引き上げられた。
今上天皇陛下の御代もすでに32年を数え、早くも平成を超えている。
60歳近いお歳で即位された陛下にいらしてはまだまだ壮健で、令和は昭和ほどにも続くのではないかと思われた。
最近のバラエティ番組では、海外から日本に来た外国人が「日本人は動きが速い。さすが忍者」というコメントを出すのが、一種のおやくそくとなっている。
自国に戻ると、のんびりとした時間が過ぎていくのだと力説する外国人を見て、我々日本人は何が面白いのかもわからないまま、ただ笑う時間も惜しんで1.5倍の生活を送るのだった。
2020年のやりなおし 寝る犬 @neru-inu
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