第151話

 探索は、四日目に差し掛かっている。

 上の階層が攻略されてからそこそこの時間が経っていることもあり、この11階層でもぼちぼち他の冒険者の姿が見え始めていた。

 だが持ち込んだポーションに毒を防ぎきるだけの効力がなかったり、魔物のばら撒く状態異常に対応できなかったりと、様々な理由で地上へと戻っていく。

 しかし引き返していった冒険者がこの階層の難点を地上で話せば、すぐにでも対策を整えた冒険者達が潜ってくるに違いない。


 とはいえ、冒険者達が準備を整えて潜ってくるまでは、俺達が独占的にダンジョンの探索を行えることに間違いはない。

 幸いにもこの環境にも耐えうるポーションを魔道具のバック一杯に詰め込んできたため、探索に困ることはなかった。

 そして地図の白紙も小さくなり始めた頃、見つけたのは濃い瘴気が満ちる大広間だった。


「なんだか他の場所と雰囲気が違うわね。なんというか……。」


「空気がひりついているな。魔物が潜んでいるかもしれん。気を抜くな」


 瘴気で視野が狭まっているため、いつも以上に気を研ぎ澄ます。 

 広間の中央には底の見えない巨大な毒性の沼があり、そこから瘴気が絶え間なく放出されていた。

 足をぬかるみに取られないよう注意を払いながら、広間の探索へと移る。

 だが最初にその異変に気付いたのは、アリアだった。


「私の気のせい? なんだか、地面が揺れてない?」


「確かに、足元が揺れているような……。」


 言われてみれば、毒沼の水面が小さく波打っていた。

 足元には低い咆哮にも似た地鳴りが響いてくる。

 まるで体の芯まで震わせるような地鳴り。

 そして明白に揺れを感じ始めたその時、ビャクヤが吠える。 


「なにか来るぞ! 沼の中からだ!」


 煮え立つように泡が弾け、そして沼が爆ぜる。

 巨躯が身をよじらせて、その姿を現した。

 ぬめりのある黒い肌に、全体を視認できないほどに長い体。

 大きな二つの眼がぎょろりとこちらを捉える。 


 それは、巨大な蛇にも似た魔物だった。

 だが巨大という言葉で片付けるには、余りに大きすぎる。

 この半円状の広間の天井に届くのではないかという程の巨体だ。

 それはつまり、この空間の全てがこの魔物の攻撃範囲内であることも示していた。

  

 安全を取って転移魔法を発動させようとした、その直前。

 ぐるりと頭が回転し、目の前に真っ赤な口と悍ましい牙が剥き出しになる。


「なっ!?」


 人間どころか、馬車ごとの見込めそうな巨大な口を広げた瞬間。

 嫌な予感で全身の毛が怖気立った。

 即座に転移魔法を発動しようとして、そして思い出す。

 この場所では転移魔法の精度が著しく落ちる。 

 慎重に、そして確実に仲間を転移させようとしている内に、白い影が魔物へと肉薄していた。 


「『金剛撃』!」


 薙刀の刃が、魔物の頭部を側面からとらえる。

 高位のスキルと高レベルの鬼の腕力から繰り出される一撃。

 それは魔物の頭部を半分まで切断し、そして悲鳴を上げさせた。


 普通の魔物や動物であればとっくに死んでいる傷だ。

 しかしその魔物は悲鳴にも似た雄叫びと共に、半透明の液体をまき散らしていた。

 

 降り注いだそれは、蒸気を上げて地面に穴を穿っていく。

 その液体の正体は、全てを溶かす毒液だった。

 それを真正面から受けていたらと考えるだけで、背筋が凍る。


「た、助かったわ、ビャクヤ。あの毒液を受けてたら……。」


「助け合うのが仲間であろう? 気にするな。だが、この魔物はいったい」


「ティタノボアに似てるが、大きさが全く異なる。このダンジョン特有の個体かもしれない。さっきの毒液にも気を付けて、慎重に立ち回ってくれ」


 歯がゆいが、それ以上のことは言えなかった。

 冒険者ギルドが発行している、魔物の情報が載っている書物を読み漁ったことはあるが、この魔物に覚えはない。

 類似するのはティタノボアと呼ばれる蛇の魔物で、毒は持っていないが巨体で獲物を丸呑みするという。

 そのティタノボアが毒を操るということは、ダンジョンで独自に進化適応した可能性が非常に高い。


 となると事前に仕入れた情報ではなく、その場で得られた情報とこれまでの経験だけが頼りとなる。

 ビャクヤは小さく頷くと同時に魔物の死角へ、そしてアリアは人形達に盾を装備させた後、再びスキルを発動した。


「言われなくても! 『幽騎招来!』」


 状態異常に対する完全耐性――少なくとも毒の影響は受けていない――幽霊の騎士を召喚し、そして突貫させる。

 その剣はどんな固い相手であろうと一定の効力を発揮し、加えて並大抵の攻撃は受け止めてしまう。

 制限された状況下でなくとも、この魔物に対しては最良の選択と言えた。


 そんな厄介な騎士を振り払おうと魔物が巨体をよじらせる。

 毒液を使わなくとも、この巨体を振り回すだけでも十分な脅威だ。

 だが転移魔法がある俺から見れば、その選択は余りに隙だらけと言えた。

 魔物が騎士に気を取られている間に、その死角から転移魔法を発動させる。


「共鳴転移!」


 風が唸り、剣が魔物の皮膚を貫く。

 しかし魔物が巨体過ぎるが故に、気にした様子もない。

 確かに頭を半分切断されても平気で動いている魔物に、剣一本刺したところで効果は見込めないだろう。

 だが完全に俺達から気が逸れている事が、これで証明された。


「こ奴、動きは鈍いぞ!」


 一で気で仕留められないのであれば何度でも。

 ビャクヤと共にその巨体に傷を作っていくが、そんな俺達を鬱陶しく思ったのか。

 魔物は再び大きく口を開けて、狙いを定める。

 その先は、最も脅威となり得るビャクヤだった。


「また毒液が来るわ!」


「ファルクス!」


 警告と共に、名前を呼ばれる。

 ふと見れば、ビャクヤが俺の目の前まで迫っていた。

 このまま毒液を浴びれば、二人とも骨すら残らず消え去ることになる。


 しかしビャクヤが狙っている事は、すぐに理解できた。

 瘴気の中では転移魔法の精度が落ちるということを、ビャクヤは覚えていたのだろう。

 差し伸べられたビャクヤの手を握り、そして大きく口を開けた魔物を見据える。


「空間転移!」


 飛ぶのは、魔物のすぐ頭上。

 大きく開かれた魔物の口の真上。

 ぎょろりと動く大きな魔物の眼と、視線がぶつかった。

 蛇に似たその姿から、なにを考えているかはわからないが、これからどうなるかは容易に想像が付いた。

 手を握っていたビャクヤが、大きく薙刀を構えなおす。

 そして――


「これで終いだ! 『桜華一閃』!」


 薄紅色の軌跡を残しながら、薙刀が魔物の頭部を貫いた。

 噴き出る血しぶきと共に、半分切り落とされていた頭部は、完全に切り離された。

 激しくうねるからだと、動かなくなった頭が地面に落ちる。

 それと同時に、ビャクヤと共に地面に着地するのだった。


 ◆


 周囲に魔物がいないか見回りをし終えると、ビャクヤとアリアは切り落とした魔物の頭部をまじまじと眺めていた。


「毒の沼に住み着くとは、やはりこのダンジョンに適応した魔物だったのだろうな」


「あの毒液も、ポーションを飲んでても確実に致命傷だったでしょうし、危なかったわね」


 瘴気の影響か、毒沼に適応した結果かは知らない。

 ダンジョンに適応する魔物がいる事は知っているが、この魔物はその中でも異常と言えた。

 もしかするとこのダンジョン……竜達の墓所が関係しているのかもしれない。

 だがそれらを究明するのは後からでも十分だろう。 


 今は、守護者を倒したのだから次の階層へ進む道が見つかってもおかしくはない。

 再び地図を取り出しそうとしたその時。

 視界の端で影が蠢いた。


 各々自分の荷物に手を掛けていた二人の、その後ろ。

 首を失った魔物の体が激しく動き出す。

 蛇は頭を落とされても、少しの間は動きを止めないと聞いたことがある。

 しかしこれは、少しの範疇を遥かに超えていた。


「まだ死んでないぞ! そこから離れろ!」


 叫び声と同時に、再び爆発が巻き起こる。

 首を失った魔物の胴体が荒れ狂い、そこから噴き出た血液がまき散らされる。

 それにいち早く反応したのは、ビャクヤだった。


 自分よりも魔物の近くにいたアリアを抱き寄せると、一気に壁際まで飛びのいた。

 それでも完全に無傷とはいかなかったのだろう。

 ビャクヤからは微かに苦痛の声が漏れ出ていた。

 心臓が早鐘を打ち、気付けばその名前を叫んでいた。


「ビャクヤ! 大丈夫か!?」


「気にする必要はない。この程度、かすり傷だ。それよりも、こちらに集中すべきであろう」


 不敵な笑みをビャクヤが視線を向けた先。

 毒沼の中から現れたのは、今しがた相手をした魔物だった。

 だが明白に違うのは、その数だ。


 俺達が相手にした一頭に加えて、新たに現れたのは六頭。

 そしてそのすべては、ひとつの胴体で繋がっていた。

 つまり六頭が新たに現れたのではない。

 それらは一つの魔物なのだから。


 それは伝承にのみ存在を許された魔物。

 七つの頭を持つ蛇竜、ヒュドラだった

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最弱転移魔導士の成り上がり ~勇者パーティの荷物持ち、無能は要らないとパーティを追放されたが覚醒し、最弱ジョブ『転移魔道士』で無双を始める~ 夕影草 一葉 @goriragunsou

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