第150話

 マキアクロスのダンジョン。

 その11階層。

 毒性の沼が点在するその階層で姿を現したのは、スケイル・リザードだった。


 拾い分布で生息する、分厚い鱗に覆われた二足歩行の巨大なトカゲに似た魔物だ。

 特徴的なのは人間のように両手で道具を扱うことであり、その多くは槍のような道具を携えている。

 しかし、その道具はあくまで狩猟に使われることが多いらしく、槍術に長けているという訳でもない。

 一部では独特なコミュニティを築いて集団生活を送ることもあるらしい。 


 とは言え、魔物である事に変わりはなく、非常に狂暴な気質であることに間違いない。

 ダンジョンという領域への侵入者でもある俺達を、その獲物であると判断したのだろうか。

 武骨な、何らかの生き物の骨で作られた槍が、容赦なく振るわれる。


 だが、考えなしの一撃が、我らが鬼を捉えられるはずがない。

 身を翻すことで槍の一撃をやり過ごし、そして距離を詰める為に大きく踏み込む。

 その速度はたとえ魔物であっても反応しきれるものではない。 


「『残影』!」


 踏み込み。そして鬼の剛腕。

 それらの力が十全に乗った薙刀の一撃は、固い鱗に守られたスケイル・リザードを一撃で両断した。

 群れで狩りを行うスケイル・リザードの特徴として、先頭に最も優秀な戦士が配置されていることが多い。

 その個体が瞬く間に両断されたのだ。

 表情の変わらないスケイル・リザード達から、微かな恐怖を感じ取る。

 

「共鳴転移!」


 狙うのは鱗に覆われていない腹部だ。

 下方向から剣が飛んでくるとは思っていなかったのか、殆どのスケイル・リザードが対処できずに、剣に貫かれていく。

 だが流石は魔物。仲間が次々と倒れていく中でも、突っ込んでくる個体がいた。

 毒性の強い沼地を突っ切り、槍を片手に雄叫びを上げる。

 

 視界を遮る瘴気のせいで反応が遅れる。

 転移魔法を咄嗟に繰り出そうとした、その瞬間。


「『幽騎招来』!」


 響き渡るのはアリアの声。

 その声に答える様にひとりの騎士が、スケイル・リザードの槍を受け止めていた。

 それは以前にも見たことのある、アリアが召喚した幽霊の騎士だった。


 幽霊の騎士は巨体のスケイル・リザードを受け止めるだけにはとどまらず、暗い色の剣をその首筋に突き立てた。

 固い鱗をものともせずに、幽霊の剣はなんの抵抗もなく滑り込む。

 ただそれだけで、スケイル・リザードは地面にどうと倒れ込んだ。


 咄嗟に周りを見渡せば、ビャクヤが残っていたスケイル・リザードを片付けている最中だった。

 群れで襲われた時はどうなるかと思ったが、やはりレベルが上がっている事が功を奏したようだった。

 ゆっくり息を吐いて気分を落ち着かせると、剣を鞘へと戻す。


「なんだか体が軽い気がするわ。レベルの上がった影響かしら」


「あの幽霊の騎士……ゾーイを呼び出してもなんともなさそうだしな。目に見えて能力は向上してる」


「そうであったな。最初はゾーイを呼び出した直後に気絶していたであろう」


 すぐ近くにいたアリアが大きく伸びをしながら幽霊の騎士を呼び戻す。

 騎士は恭しくアリアの前に跪くと、そのまま姿が霧散する。


 以前に見た時は半透明だったが、今は実物がそこにあるのではないかと錯覚するほどに輪郭まではっきりとしていた。

 加えてアリアはこの騎士を召喚してすぐに気絶するほどに、召喚には負荷がかかっていたはずだ。

 それが今では顔色ひとつ変える事無く召喚することができているところを見るに、アリアの成長は著しかった。

 ただそれを喜ばれることはアリアにとってはさほど嬉しいことではない様子だが。

 

「昔のことはもういいでしょ。それよりも、さっさと魔石を取り出して進みましょうよ」


「そうしたいのは山々だが、そろそろ休憩しないとまずいだろ。解毒のポーションの効果が切れる頃だ」


 この11階層に挑戦し始めて二日。

 大量に持ち込んだポーションの半分ほどを消費しているが、未だに探索は思うように進んでいなかった。

 


「急に人形が使えなくなったのが納得いかないのよね。これがなければ、すぐに守護者を見つけられたのに」


 瘴気も毒も届かない小さな洞窟の中、篝火を前にアリアがぼやく。

 その片手には半分ほど飲み下した解毒のポーションが握られている。

 時差で摂取することで効力が増すというリリアの受け売りであり、効果は抜群に効いている。

 効いてはいるが、それ以外にも新たな問題が発生していた。


 それは距離を伴う魔法が使えなくなっている、ということだ。

 例えばアリアの人形は、本人の近くでなければ使えない。

 俺の転移魔法も、遠距離への転移は酷く精度が落ちていた。

 その影響で、ダンジョンの攻略では足踏みを余儀なくされていた。


「気を落とす必要もあるまい。戦いの経験を積むこともまた目的だとファルクスも言っていたであろう」


「そうは言っても時間が無限にあるわけじゃないでしょ。黄昏の使徒が……特にあのドランシアが動き出すまでに準備を整えなきゃいけないんだから」


「まぁ、そうだな。だが急ぐのは問題ないが、焦る必要はない。この戦いの経験も、そして装備を整えることも、必要なことだからな」


 その生い立ちからか、精神的に大人びているアリアも、実際には十三歳の少女だ。

 自分の力が思うように発揮できなくなって焦る気持ちも、なんとはなしに理解できる。

 特に黄昏の使徒との戦いを一時的に離れていたことも原因のひとつとしてあるのだろう。


 ただ、急いだとしても十分な準備と対策をしていなければ、あのドランシアには勝つ事ができない。

 勇者パーティと共に行動していた頃に、様々な実力者と顔を合わせる機会があったが、あのドランシアという存在だけは別格だった。まるで生きる天災。歩く災害だ。

 あれに勝利するには中途半端な準備だけでは足りない。


 特に今の状況での戦闘経験は、なににも代えがたいものであることは明白だった。

 隣に腰を下ろしたビャクヤが、俺の顔を覗き込んで問いかけてきた。


「先ほど、ファルクスも転移魔法にてこずっているように見えたが、どこか具合でも悪いのか?」


「恐らくだがアリアと同じ原因だろうな。エラグダイトが生成されてることを考えると、ここは竜の墓場かなにかだったんだろう。この毒沼や瘴気も竜の体の腐敗に由来するものだとみて間違いない」


「だからこの瘴気の中だと人形を遠くまで飛ばせないってことなの?」


 恨めしそうなアリアを尻目に、真剣な表情のビャクヤへと話を続ける。


「断定はできない。だが多量の魔力を……それも竜の力を含んでる瘴気が、遠距離型の魔法に影響してるはずだ。俺の転移魔法の精度が下がってるのは、それが原因だと思ってる」


「だから剣術を試していたのだな。それで得心が行った」


 言うと、ビャクヤは納得したように柔和な笑みを浮かべた。

 ビャクヤが気にかけてくれたのは、左目のことがあったからだろう。

 ドランシアと戦っている最中や、ロロファスの幻覚を見破った時、必ず左目に異常が現れる。

 自分でも制御できていない上に、幻覚を見破ったときのように利となる場合もあれば、身動きができなくなるほどの激痛に見舞われることもある。

 

 どうにかその原因と対策を講じたいのだが、未だに糸口さえ見つけられていないのが現状だ。

 だがリリアという凄腕のポーション職人がいるのであれば、あるいは。

 手元の解毒のポーションを眺めながらそんなことを考えていると、薪を追加したアリアがふと呟いた。


「ほんと面倒で不思議な場所よね、このダンジョンって。たしか偶然見つかったって訳でもないんでしょ」


「そうなのか?」


 初めて聞く話に、思わず食い気味に問いかける。


「みたいよ。私もギルドで小耳にはさんだ程度だけれど、学者の一団が調査の一環でこの場所を調べてたらしいのよね。それでダンジョンを見つけて、結果的にマキアクロスになったんだとか」


「調査の一環って、ここは元々王族の領地だったはずだ。そこの調査を許されたとなると、その学者達は相当に有名だったか、王族からの調査を依頼されていたかだが……。」


「言ったでしょ、詳しくは知らないって。けれどなんていったかしら。あの学者が集まってできた都市」


「まさかアレイスターか?」


「そう! そのアレイスターの学者達だったらしいわ」


「それなら王族がこのダンジョンにいち早く気付いたことにも説明が付くが……。」


 学術都市アレイスター。賢者エレノスを輩出した叡智の都市。

 かの地は学者達が集まり、共に研鑽を積むために都市という形となった、特殊な街だ。

 その場所から学者が送り込まれるということはつまり、未知の技術や発見がそこにあることを意味する。

 であるなら、ここを調査した学者達はなにを探していたというのか。


 そして万が一、王族がここの調査を命じたというのであれば。

 いったい、なにを探させていたというのだろうか。

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