第149話

「ただいま!」


 そんな元気のいい声音と鈍いベルの音色が耳に届くと同時に、薬品の独特な臭いが鼻を突く。

 リュレンス道具店。その看板は、マキアクロスの目抜き通りに掲げられていた。

 雑多としたマキアクロスの街並みと比べると別世界のように内装が整っており、商品も丁寧に陳列されている。

 店内を見渡していると、カウンターの向こう側から声が飛んできた。

 

「やっと戻ってきたか、リリア。外の商品の搬入作業を手伝ってくれないか?」


「あ、えっと、ロスデルさん。それが……お客さんがいて……。」


 顔を見せたのは、瓶を洗っていた女性――リリアと同じ服装の、眼鏡を掛けた細身の男性だった。

 彼はリリアの後ろに居た俺達を見て、驚いたように眼鏡の縁を指先で持ち上げた。


「って、いらっしゃい。まさかお客さんが一緒だったとは。ごめんよ」


「あぁ、俺達のことはお構いなく。偶然彼女と出会って、少しポーションを買いに来ただけだ」


「ううん、やっぱり私の口から説明したいの! すこし待ってて、すぐに仕事を終わらせて来るから!」


 そう言い残し、引き留める間もなくリリアは再び店の外へと飛び出していく。

 その背中を見送ると、残されたロスデルがカウンターの向こうで苦笑を浮かべ、肩を竦めていた。

 今の調子を見るに、これがふたりの日常的な関係なのだろう。


「リリアもああいってることだし、先に商品を見ていてくれないかい? 幸い、ポーションの種類と品質には自身があるんだ。じっくりと見ていってほしい」


 ロスデルが指さした先の棚には、確かに多種多様なポーションが棚に収められている。

 その棚の周辺だけやけに涼しいと思い周囲を見渡してみると、わざわざ冷気を生み出す魔道具が設置されていた。

 ポーションが劣化しないように気を配っているのだろう。

 それだけでこの店の姿勢が容易に見て取れた。


「今まで気にしたことはなかったが、ポーションとはここまで種類があるものなのだな」


「あのふたりのどちらかが、薬の扱いに長けたジョブを持ってるんだろうな。ここまでの品質と品揃えのいい店は中々ない」


 興味深そうに商品を眺めるビャクヤを尻目に、必要なポーションに目を通していく。

 今回のダンジョン探索で必要なのは、主に解毒のポーションだ。というのも、あのダンジョンの特性として下層に行けば行くほど、状態異常を引き起こす魔物の出現率が高くなっている。


 俺達がレベル上げをしていた階層では今まで使っていた普通の解毒のポーションで間に合っていたが、これよりも深い層へ進めば、今まで以上に強力な毒や麻痺を引き起こす魔物がいる可能性が高い。

 高レベルの魔物が扱う状態異常は同じく、高レベルの魔法かそれに相当するポーションでなければ打ち消すことができない。

 だからこそポーションの品質を気にしていたのだが、この店ならば問題はなさそうだった。

 

 一通り商品を見終わったその時。

 再びベルの音が店内に響き渡った。

 リリアが戻ってきたのかと視線を向けると、そこには思わぬ人物がいた。


「兄さん、言われてた材料を持ち帰ってきたよ」


「リンデル、戻ってたのか。いつも悪いな」


 カウンター越しにロスデルと親し気に話すその人物には見覚えがあった。

 直接の面識はないが、装備を外していても見間違えるはずがない。

 俺と同じように気が付いたのか、アリアが小声で呟く。


「あの男、酒場に居た……。」


「太陽の翼のリーダーだな。道理で品揃えが良いと思ったが」


 ポーションの品質や効果は、使われた素材に大きく左右される。

 もちろん希少な植物や、ダンジョンの深層で取れた素材を使えば、それだけ強力なポーションが作成できる。

 ここの品揃えは、太陽の翼との関わりがあってこそのものだったのだ。

 これで少なくともここの商品に間違いないことは証明された。


 リリアが戻ってきたら必要な商品だけ買ってダンジョンへと赴こうと考えていたその時。

 いつの間にかこちらへ視線を向けていたリンデルと視線がかち合う。

 そして驚くべきことに、リンデルは笑いながらこちらへやってきていた。

 俺達が一方的に知っているだけかと思っていたが、リンデルは親し気に俺の肩を叩いてきた。


「君は確かファルクス、だろう? あのウィーヴィルを救った英雄の」


「大袈裟な呼び方だな。それより、俺のことを知ってるのか」


「もちろん。二つ名持ちの冒険者は多くない。それが転移魔導士となればなおさらね。この混沌としたマキアクロスであっても相当に目立つ存在だよ、君は」


「それはどうも。マキアクロスのエースに知られてるなんて、光栄だ」


 できる限り波風を立てずに返事を返す。

 言い換えればお堅い雰囲気で言葉を返していた。

 だというのにリンデルはお構いなしに話を広げてきた。


「ここには何をしに……って、冒険者には野暮な質問だったな。ここの品揃えには驚いただろ?」


「あぁ、見たことの無いポーションもいくつかあった。アンタが素材を持ち込んでるのか?」


「オレの兄さん……ロスデルが『調剤師』で、その嫁さんが『錬金術師』なんだ。ポーションの効果も素材に比例するから、俺達が素材を持ち込んでふたりにポーションを作ってもらってるってわけだよ。そしてここを選んだってことは、相応に深い階層の踏破を狙ってるってことだろ」


 人懐っこい笑みの奥。

 俺に向けられた視線は、間違いなく冒険者のそれだった。

 何気ない会話でやりとりしていると見せかけて、俺達の偵察でもしているのか。

 少なくとも俺達の今後の動向を探っていることは間違いないだろう。

 となると、これはチャンスでもあった。


「まぁ、そうだな。鍛冶師に相応の実力を示せば武器を打ってやる、と言われてな」


「まさかとは思うけど、それってミーネのことかい?」


「やっぱり有名人なんだな。あぁ、そのミーネのことだ」


 袖口を引っ張られる感覚に、目線だけを向ける。

 そこではアリアが不服気な表情を浮かべていた。

 ペラペラと自分達の事情を喋るな、とでも思っているのだろう。


 太陽の翼の影響力を思えば、不用意に競合となるであろう俺達が内情をばらして、得することは何もない。

 しかし一つだけ、このマキアクロスを深く知っているであろうリンデルに確認したいことがあった。

 それが、黒鉄の死神についての話だ。

 案の定、ミーネという名前でリンデルの態度が変化する。

 

「……悪いことは言わない。彼女に依頼するのはやめておいたほうが良い。これまでにも彼女に武具を依頼した五組のパーティが、ダンジョンの暗闇に呑まれて消えた。それも高レベルで高い階級の冒険者が。偶然で片付けるにはあまりに出来過ぎている」


「驚いたな。マキアクロス最高峰の冒険者パーティを率いるリーダーが、なんの確証もなくそこまで言い切るとは」


「確証がなくとも、危険だということは察知できる。だからこうして、長い間危険なダンジョンに身を置くことができたんだ」

 

 リンデルは酷く真面目な表情で、まっすぐ俺へと視線を向けてきた。

 そこにミーネを貶めようという気はないのだろう。

 それどころか俺達を本気で心配している気配さえある。

 だとしても、ミーネに死神という蔑称を背負わせることはしたくはなかった。


「……参考までに、その忠告は聞いておくよ。だがミーネへの依頼を取り消す気はない」


「これ以上犠牲が増えればミーネをよく思わない人々に攻撃の口実を与えてしまうことになる。君達と、そして彼女を守るためにも、くれぐれも気を付けてくれよ」


 ただそれだけを言い残して、リンデルは店を後にするのだった。

 

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