第148話

「な、なんなのよ、その態度! 話ぐらい聞いてくれてもいいじゃない!」 


「聞く必要もないね。オレの工房に来た奴らが言うことなんて、いつも同じだ。だからオレも同じ言葉を返してるだけだ。さっさと帰れ、ってな」


 吠えるアリアを放置し、鍛冶師は興味なさそうに炉の前へと戻っていく。

 鍛冶師のミーネ。情報が正しければ彼女はエラグダイトの加工もできるという、冒険者ギルドも認める高レベルの鍛冶師だ。

 工房内には使い込まれた鍛冶道具が丁寧に手入れをされて並べられている一方で、試作品として作ったのであろう武具は煩雑に床へと転がされている。

 少なくとも、鍛冶師であることは間違いない様子だが、事前に聞いていた通り気難しい気質であることは間違いなかった。

 背中を向けて炉の様子を見ているミーネに、ビャクヤが転がる武具を眺めながら問いかける。


「だがお主は鍛冶師を名乗り、冒険者ギルドにも登録しているのだろう?」


「あぁ、そうだ。そのお陰で馬鹿共が連日毎夜、オレの邪魔をしに来やがる」


「つまり、なんだ。アンタは望んでギルドに登録した訳じゃない、ってことか」


 ミーネの口ぶりは、まるで客が訪れることを望んでいないようにさえ聞こえた。

 振り返ったミーネは忌々しそうに自分の足を指さす。

 そこには罪人を示す、黒鉄で作られた足輪がはめられていた。


「オレは前科持ちだからな。未だに三つの領地で指名手配されてる。そんなオレの所在を明らかにしておくために、冒険者ギルドが勝手に名前を使いやがったんだ。おかげで今は、奴隷の気分だ」


 確かにこの地域での全権を王族から任されている冒険者ギルド所属であれば、ミーネを貴族達からの圧力からも守ることはできる。

 それはつまり、冒険者ギルドは貴族達との関係に軋轢が生じることよりもミーネを重要視しているということを意味していた。高度な技術を有しているのか、それとも特別なジョブを持っているのか。

 いずれにせよミーネという鍛冶師を、ギルドが特別視していることは確かだった。


「……依頼を受けない理由がなにかあるのか?」


「決まってる。オレの打つ武具は至高の品々だ。だからこそ相応しい持ち主が必要になる。だってのに、ここに来る冒険者の連中は、しょうもねぇ連中ばっかりだ。そんな奴らに打ってやる武具なんざ、どこにもありゃしねぇんだよ」


 自らの腕前に対する自負と、自分の制作物へのプライド。

 少なくともそれらに対する熱量は、今まで見てきた職人たちと同じかそれ以上に見える。

 だがそれは、ミーネを納得させて武具を打ってもらう為には、相当な労力が必要であることも示していた。

 同じ考えに至ったのか、ビャクヤが思わずと言った様子でミーネへと問いかける。


「ならば我輩達も、お主からみて相応しくないと見えているのか」


「違いないね。特にそこの男。随分と大層な武器をぶら下げてる割に、全く使いこなせてないだろ。その二本の剣……特に左に下げてる剣は、オレから見ても名工の一振りだ。だってのに、刀身が歪んでメンテナンスも十分にされてない。それは武器と鍛冶師への侮辱だ」


 ミーネが指さしたのは、ガスクに打ってもらった『風切羽』だった。

 駆け出し冒険者だった時代に見繕ってもらった代物であり、当然ながら希少な素材などは使われていない。

 それであっても今までの激戦でも、もう一本のワイバーンの素材を使った剣とそん色ない活躍を見せてくれた。

 その品質と完成度は、間違いなく一級品だった。


 しかしミーネの指摘通り、戦いの中で酷く損傷している事もまた確かだった。

 刺突に特化した作りの風切羽を、ガスクと同じレベルで修復できる鍛冶師がいなかったのだ。

 よしんばここで修繕してもらえないかと期待していたのだが、望み薄というほかなかった。


「わかった。邪魔をしたな」


「なんだ? 嫌に素直だな。オレの腕前には、粘る価値もねぇってのか?」


「いいや、無理に作らせてもこっちが納得のいく武具を打ってもらえるはずがない。なら別の鍛冶師を見つけた方がいいと思っただけだ」


「……そうかよ。ならさっさと出ていけ。仕事の邪魔だ」


 再び炉へと視線を戻したミーネを尻目に、アリアが脇腹を小突いてくる。

 ビャクヤも俺がミーネへの依頼を諦めたことに驚いたのか、目を見開いていた。

 

「他の鍛冶師は依頼を受けていないのであろう? いいのか、ここで諦めて」


「レベル上げが終わるまでに鍛冶師が見つからなかったら、一度ウィーヴィルに戻ればいい。ガスク爺さんなら俺達が納得できる武具を打ってくれるはずだ」


 ガスクは風切羽だけでなく剣聖の武器さえ打ったほどの腕前だ。

 エラグダイトの加工ができるかは不明だが、それでも相応の材料費を持ち込めばエラグダイトの武具に引けを取らない代物を打ってくれるに違いない。


 そう判断してのことだったが、俺の言葉に反応したのはビャクヤやアリアではなかった。

 唐突に、激しい金属音が耳に届く。

 ふと音の方向を見れば、ミーネが立ち尽くしてこちらを凝視していた。

 隻眼の鍛冶師と、視線がぶつかる。


「今、ガスクっていったか? まさか、グラーフ工房のガスクじゃねえだろうな。ひげ面で、無駄に話がなげぇ」


「あ、あぁ。そのガスクで間違いないと思うが、それが一体――」


「打ってやる」


 正直にいれば、話についていけていなかった。

 見ればビャクヤとアリアも、顔を見合わせたまま困った様子で固まっている。

 そこでどうにかミーネが伝えようとしていたことを、会話の中から読み取る。


「つまり、俺達の武器を打ってくれるってことでいいんだよな?」


 恐る恐る問いかければ、ミーネは小さく鼻を鳴らして俺の腰に下げられた剣を指さした。


「その代わり、その剣をここに置いていけ。あんな老いぼれの剣なんざ、棒切れに見える至高の一振りをお前にやる。だからお前達は最高級の素材を集めろ。特にエラグダイトの加工には高品質で高純度の魔石が必要だ。オレに武器を打ってもらうんだから、その程度は簡単だろ」


「い、いや、まだ話が理解できてないんだが――」


「細かいことはどうでもいいだろ。さっさとダンジョンに潜って、さっさと戻ってこい。オレの気が変わらないうちにな」


 ミーネという鍛冶師について分かったこと。

 それは会話の殆どが自分の中で完結しており、他者にその理解を求めていないということだ。

 独特過ぎる……いや、自分中心的なその性格はまさしく職人気質というべきものなのだろうが、依頼する側からしたらたまったものではなかった。


 その後も、依頼内容や打ってほしい武具の話をしようとしたのだが、取り合ってはもらえなかった。

 そして結局。

 俺達は追い出される様な形で、ミーネの工房を後にすることとなるのだった。

 

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