第147話

 竜の魂が結晶化したとも呼ばれる希少鉱石、エラグダイト。


 その性質は極めて異質で、魔力や魔法に対して非常に高い親和性を見せる。

 特に直接魔法の力を刻み込むことができる魔法文字(ルーン)と相性が良い。

 強度と魔法耐性の両面に加えて、魔法の力さえも付与できることから、ほぼ隙の無い性能をしている。


 総じて、エラグダイトの武具は冒険者から見ても最高峰の性能を有していると評価されている。

 だからこそ一定以上の実力を持つ冒険者達はこのエラグダイトの武具を求めるのだが、このエラグダイトの武具にもたった一つだけ欠点が存在した。


 それは、エラグダイトの希少価値と加工の難しさから価格が高騰していることだ。

 冒険者にとって装備の性能は、そのまま生存確率に直結する。

 特にゴールド級やそれ以上の階級ともなると、相手にする魔物も災害級の魔物であることも少なくない。

 だからこそ高位の冒険者達が挙って求め、そしてエラグダイトの装備の価格がつり上がっていくわけだ。


 だが、このマキアクロスでは、そのふたつの理由も問題が無くなる。

 

 エラグダイトが産出されるダンジョンと、そこに群がる冒険者を狙った鍛冶職人達。

 それらが集まったマキアクロスでは、エラグダイトの装備も大人しい値段に落ち着いている。

 

「だから、中級までの冒険者はこのエラグダイトで一獲千金を夢見て、そして上級冒険者は希少なエラグダイトの装備を求めてこのマキアクロスに来るわけだ」


「なるほど。このような山奥のダンジョンになぜ人が集まるのかと思っていたが、そういう仕組みであったか」


 ビャクヤは頷きながら、ひたすらに料理を口へと運んでいく。

 高い標高と火山の近くということもあり、ギルドと併設された酒場は半分野外のような形で作られていた。

 周りを見渡せば同じように冒険から戻った冒険者達が各々食事を楽しんでいる。


 冒険者とその相手をする商売人で構成された街、マキアクロス。

 当然ながら提供される料理も冒険者向けの物が大半を占めていた。

 火山近くの乾いた風を感じながら、油が跳ねる熱せられた鉄板の上で厚い肉を切り分けていく。

 商人が頻繁に出入りするからか、香辛料を使っているにも関わらず値段が落ち着いていることも相まって、思わず注文してしまった。


 肉汁がしたたり落ちるソレを口いっぱいに押し込み、生温くなった酒も流し込む。

 形容する方法が、美味い以外に見当たらない。


 切り分ける事無く肉を口に押し込んでいるビャクヤは、殆ど丸呑みする形で嚥下していた。

 テーブルにはビャクヤが食べつくした料理の皿が散らかっているが、もはや見慣れた光景だ。


「けどよくもまぁ、こんな無法地帯みたいな場所が解体されずに残ってるわね。この周りに領地を持ってる貴族共はなにも言わないわけ?」


 上品に野菜の盛り合わせを食べていたアリアは、ふと酒場の外に視線を向けた。

 小高い丘の上に作られたこの酒場からは、マキアクロスの大部分を眺めることができる。


 急造されたであろう雑多な家々と、その間をせわしなく行きかう人々。

 そしてそんな人々に商品を売りつけようと声を張り上げる商人達。

 なるほど、確かに無法地帯一歩手前のような光景ではある。

 だが貴族がこの場所に手出しできない理由は、いたって簡単だった。


「ここはどの貴族の領地にも属さない王国領……つまり王族所有の土地だ。そこにダンジョンが出現したとなると、管理や対処は冒険者ギルドへ一任されることが多い。今回もその例にもれず、経済活動と治安維持の権限は冒険者ギルドにある。そのギルドに喧嘩を売るのは、王族へ唾を吐くようなものだからな」


「そういえばファルクスと最初に顔を合わせた村もギルドとの協力でダンジョンの管理を行っていたな。もしや貴族はダンジョンに興味がないのだろうか」


「興味がないというより、見て見ぬふりをしたいだけだろうな。ダンジョンは冒険者にとっては飯のタネになるが、貴族にとっては頭痛の種だ。いつ魔物の出現が収まるかもわからないダンジョンに金を費やしたがる貴族は多くない。とは言えこのマキアクロスのような規模になれば、また話は別だ。きっと貴族達もどうにかして一枚噛もうと躍起になってるに違いない」


 ダンジョンの対策がなされない理由のひとつに、いつダンジョンが攻略されるかわからないという問題がある。

 集まった冒険者次第で攻略の時期が大きく異なり、ダンジョンが完全に無害化するタイミングを計りずらいのだ。

 大金を投じてダンジョンの周囲を整備しても攻略されてしまえば、整備した意味がなくなってしまう。

 一方で整備していないダンジョンから魔物が出現し、被害を拡大させてしまうこともままある。

 貴族にとってはこれ程扱いにくい問題もそうそうないだろう。

 

 だが、このマキアクロスはもはや無視できない規模の市場として成長している。

 ここまでくると僅かな税をかけるだけでも、膨大な税収を見込めるに違いない。

 どうにかこの巨大な市場を我が物にできないかと、周囲の貴族達はあれこれ考えを巡らせているに違いない。

 その証拠に、ここへ来るまでに通行税をやたら高く設定している領地が多くあった。

 恐らくは、このマキアクロスに出入りする商人達からだけでも金を取ろうと考えているのだろう。


「まぁ、ここまで大きくなるなんて想像できなかったでしょうからね」


「貴族の領地にありがちな重税が無い状態で取引ができるからこそ、ここまで大きくなったんだけどな。」


 特にエラグダイトのような、地域によっては宝石よりも価値がある代物は取引される領地の税率によって値段が大きく変動する。

 マキアクロスに職人たちが集まるのは、ここで加工して売買した方が速く売れて、かつ税収として売り上げが貴族に持っていかれないからだ。

 そして当然、取引相手となる優秀な冒険者が数多く集まっているということもまた、職人が集まっている理由の一つなのだろう。


 その時、酒場の一角から歓声にも似た声が上がる。

 ふと視線を向ければ、ギルドの窓口では物々しい雰囲気を纏った冒険者達の姿があった。

 大量の戦利品を持ち帰っているその姿を見て、さざ波のように声が広がっていく。 


「見ろよ。『太陽の翼』の凱旋だ」


「今回で十三階層の踏破に成功したらしいぞ」


「ダンジョンの完全踏破は、あのパーティで決まりだな」


 聞こえてくる声は、遠目に見える冒険者達――太陽の翼の功績を讃えるものが殆どだった。

 完全なる実力主義社会である冒険者の中で賞賛されるということは、自他ともに認める実力者である事に他ならない。

 それが大陸中から冒険者が集まっているマキアクロスという場所でのことならば、なおさら間違いはないだろう。

 

「あれがマキアクロスのエースだな」


「ずいぶんと大人数ね。ああいう冒険者パーティって、勝手に少数精鋭ってイメージを持ってたのよね」


「人数が多ければ多いほど対応できる場面が増える。レベルの格差ができないよう戦闘をする手間と時間を惜しまなければ、あれが最適解だ」


 総数で言えば10人以上いるだろうか。

 その中では大きなバックを持っている、俺がやっていた荷物持ち(サポーター)のような人物を見て取れた。

 荷物持ちの彼も重武装の仲間と親し気に会話をしている所を見るに、パーティー内部の関係は良好そうだ。

 少しばかり過去の記憶を思い返して感傷にふけっていると、テーブルの近くにギルドの職員が近づいてきていた。

 その手には何枚かの書類が握られている。


「お待たせいたしました。こちらが今回の精算分になります」


 そこで、ようやく戦利品の換金が終わったのだと理解した。

 手渡された書類には魔石や魔物の素材の買い取り金額が記されていた。

 隣から書類を覗き込んだアリアは、半笑いのような声を上げた。


「これは流石に、持ち運べないでしょ」


「必要な分だけ手元に残して、あとはギルドに預けておくべきだな」

 

 今回、このマキアクロスを訪れた理由は大きく分けて2つある。

 一つ目は戦いの経験を積んで、レベルを上げること。

 そして二つ目は、よりよい装備を整えることだ。


 できることならば、自分達でエラグダイトをダンジョンから持ち帰り、それを使って装備を作ってもらうこと。

 それが最終目標だが、エラグダイトを加工できる鍛冶師は必然的に高レベルになり、依頼料も非常に高額になる。

 ダンジョンに潜る理由には、その資金を集めるという目的も含まれていた。

 そこで、控えていたギルドの職員に声をかける。 


「急かすようで悪いんだが、頼んであった鍛冶師の件はどうなってる? エラグダイトの加工ができる鍛冶師を紹介してくれるって話だったが」


 一応は俺もゴールド級冒険者だ。

 ギルドのサービスを優先的に受けられる立場に入る。

 そしてギルドは個別に契約を結んでいる鍛冶師に冒険者を紹介するサービスも展開していた。

 今回はそれを使って鍛冶師を探してもらう手はずになっていたのだが、職員は苦虫をかみつぶしたかのように表情をゆがめた。


「申し訳ありません。その件に関しては、少しばかり問題がおきまして」


「問題?」


「はい。現在、高級鍛冶師の殆どが依頼を受け付けていなくて、ですね……。」


 言いよどむ職員を前に、食事を平らげたビャクヤが首をかしげる。


「ほとんど、ということは引き受けている鍛冶師もいるのだろう? なにが問題なのだ?」


「その、説明が難しいので、一度会っていただけますか? 依頼を引き受けてくれるかは、こちら側では測りかねますので」


 ◆


 煮え切らない態度の職員から手渡された地図。

 それを頼りにたどり着いたのは、火山にほど近い場所に作られた鍛冶場だった。

 

 そこで出迎えたのは、真っ赤な髪に、黒い眼帯。

 着崩した作業着を見に纏うその小柄な少女は、間違いなく鍛冶師だ。

 しかし俺達を顔を眺めて――


「駄目だな。オレの工房から出ていけ」


 ――それが、鍛冶師ミーネが開口一番に放った言葉だった。

 たったそれだけで、ギルドの職員が紹介を渋る理由をなんとなく察したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る