十章 竜殺の剣と宵の茨

第146話

 湿った空気が満ちる仄暗い洞窟の中。

 蠢く暗闇を前に、白い影が駆け抜ける。

 刃が閃くと同時に、闇の向こう側に潜んでいた魔物達が地面に転がる。


「『一閃』!」


 灯りの乏しいダンジョンの中で、ひときわ存在感を放つ真白なビャクヤは、鮮血にも濡れることもなく次々と魔物を葬っていく。その光景に魔物達も襲い掛かるが、その攻撃が今のビャクヤを捉えることは出来ずにいた。

 

 俺も負けじと近くにいた魔物――スケルトン・ガーディアンへと肉薄し、剣を振りかざす。

 重装備のスケルトン・ガーディアンは高い防御力を誇っている一方で、動きは非常に単純で鈍重だ。

 幾度かの打ち合いの末に、隙を見つけてその鎧の隙間へと剣を叩きつける。


 だが、刃が止まる。

 

「このあたりが限度か……。」


 決してスケルトン・ガーディアンのレベルが高いわけではない。

 それどころか、このダンジョンの平均値を考えれば、俺よりもレベルは低いはずだ。

 だというのに通用しないとなれば、純粋に俺の能力が低いという証左に他ならない。


 やはりと言うべきか、生粋の戦闘職ではない俺に扱える剣術には限界がある。

 ジョブという概念による、避けられぬ壁が。

 

 スケルトン・ガーディアンの反撃を避けるため転移魔法で距離を取ると、細い道の向こう側から雪崩のように魔物が押し寄せてくる光景が目に入る。


「アリア! 魔物が近づかないよう牽制してくれ!」


「言われなくても!」


 アリアの呼応と同時に横一列に展開した人形達が各々に飛び掛かり、魔物の足止めへと回る。

 その作られた時間の間に周囲にいる魔物の数を数え、魔法を発動させる。

 手元から剣の重さが掻き消えたその瞬間。


「御剣天翔!」


 周りにいた魔物達がバラバラに吹き飛ぶ。

 傷ひとつ付けられなかったスケルトン・ガーディアンも、その例外ではない。

 先程の剣術とは比べ物にならない威力を発揮していた。

 俺自身のレベルも上がり、基礎的なステータスも上昇している。

 

 やはり転移魔導士なら、純粋に転移魔法に重きを置いた戦いを極めるべきなのだろう。

 すでにクロスマキアのダンジョンにこもって数日。

 そんな考えが、俺の中で固まりつつあった。 


 

 地面に散らばった魔物の骸から魔石を回収し、魔道具のバックへと詰め込む。

 このバックはこのマキアクロスに到着してからすぐ、ダンジョンに潜ることを考えて、先行投資として購入したものだ。

 見た目以上に物が入る魔道具は非常に高価だが、その利便性は元荷物持ちとして十分に理解している。


 特にダンジョン探索においては、多く荷物を持ち込めることはそのまま、戦利品を多く持ち帰ることができることと同義だ。本来であれば大きく場所を取る魔石も、魔道具のバックがあれば殆どかさばらずに回収できる。

 かつては指をくわえて憧れていた道具をこうして使えるようになったことにささやかな感動を覚えながら、最後の魔石をバックの中へと放り込む。


「ようやく落ち着いたな。怪我はないか?」


 同じように荷物を纏めていたビャクヤやアリアへ視線を向けるも、ふたりに大きな怪我は見当たらない。

 それどころかビャクヤはどこか楽しげな様子で、自分の荷物を背負いなおしていた。


「想像以上の量であったな。だがこれが狙いだったのだろう?」


「守護者の近くは魔物が活発になるからな。レベルアップを狙うならうってつけの場所だ」


 このマキアクロスのダンジョンに潜っている目的のひとつが、純粋なレベリングだ。

 どんな戦いにおいてもレベルを上げることが不利に働くことはまずない。

 これからの戦いを考えれば、少しでもレベルは高い方がいい。

 

 だからこそ、次の階層への道を守っている守護者の周辺で魔物との戦いを続けていた。

 魔物が活発になる事でリスクも増えるが、その分リターンも大きい。

 それに今の俺達ならこの階層の魔物なら十分にさばき切れると考えた結果だ。


 そして考えは見事に的中し、至って順調にレベルが上がり続けている。

 ただダンジョンの攻略が初めてのアリアは、少しばかり不満げにため息を吐いた。


「このレベルアップって、どれぐらいすればいいわけ? 一々数字が頭に浮かんで、いい加減鬱陶しいんだけど」


「そこは我慢してくれ。レベルは高ければ高いだけ良い。レベルが高すぎて不便なことなんて……まぁ、繊細な力加減が必要になるぐらいしかないからな」


「我輩は先ほど41レベルまで上がって、スキルも新しく覚えたぞ」


「こっちも順調にレベルが上がってる。アリアのお陰でダンジョンの攻略も捗ってるしな。アリアはどうだ?」


 現在、俺のレベルは43まで上がっていた。

 最後に見た勇者のレベルが28だったことを考えると、俺達も相当に成長したといえる。

 とはいっても、転移魔導士の俺にはさほどレベルアップの恩恵はないのだが。


 それでもレベリングが順調に進んでいる理由のひとつに、アリアの人形があった。

 アリアは広範囲に渡って人形を操り、その先の様子を大まかに把握できる。

 その能力はことダンジョンの攻略においてはこれ以上ないほどに有用だった。

 

 事実、このダンジョンに潜ってから数日も経っていないが、それでも階層の殆どを迷うことなく駆け抜けている。

 このまま行けば、数日中には他の冒険者達がたどり着いたことの無い、未踏破の階層にも到達できるだろう。

 その最大の功労者でもあるアリアは、不満げに鼻を鳴らした。


「まだ29レベルよ。そのスキルっていうのも覚えたけど、いまいち使い方がわかってないのよね」


「これから存分に魔物で試せるのだから、焦る必要もあるまい」


「いや、一度地上に戻った方がいい。荷物も一杯になってきたからな。それに、そろそろ『これ』を加工できる鍛冶師も見つかってるかもしれない」


 視線を向けたバッグの中で、魔石とは別の鉱物が鈍い光を放っていた。 

 マキアクロス。

 なんの変哲もないダンジョンとその周辺に広がる市場が、なぜ冒険者の中で最も有名だと呼ばれるに至ったのか。

 その理由は単純明快だった。


 竜の骸から長い歳月をかけて生成される希少金属、『エラグダイト』。

 それがマキアクロスのダンジョンの内部から発見されたからだ。

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