第10話 別れ
気が付くと、そこは遊園地のベンチだった。
俺は長いこと眠っていたらしい。
誰かと話していたような、そんな夢を見ていた。
ふと、手に抱いているものに気づいた。
ウサギのリュック。
子どもの落し物を拾ったのだろうか?
中には何も入っていない。
近くのゴミ箱に捨てようかと思ったが、
落とした子が可哀そうなのでやめた。
落し物センターに向かったが、
もう閉園のアナウンスが鳴る頃で閉まっていた。
それにしても、誰と来たんだろう。
夢を見るくらい眠りこけるといっても、記憶がないのが不思議だ。
ウサギのリュックの持ち主なら知っているかもしれない。
そう思って、リュックを持ったまま、帰りの電車に乗った。
遊園地か。
可愛い女の子とのデートだったら、まずいな。
私のこと忘れるなんてってフラれるかもしれないな。
まぁ、俺みたいなブサ面では、心配いらないか。
そう思いながら、家につく。
一戸建ての我が家は俺が生まれた頃に建てられたから、
新築とは言いがたい。
ふと、隣の空き地に目がいく。
前にここに何か建っていた気がするが気のせいか?
「コウくん」
ふいに名前を呼ばれた気がして振り返る。
誰もいない。
「そのウサギ可愛いわねえ」
今度ははっきり聞こえた。母だ。
二階の窓から俺を見降ろしている。
「やるよ」
ポーンと母にウサギを投げたつもりが、
ウサギがイヤイヤするように俺の胸に戻ってきた。
「可愛い趣味ね」
洗濯物を取り込む途中だった母は、
特に気にもせずベランダから家に戻っていった。
やっぱり、交番に届けよう。
誰かの大切な物かもしれないし。
そう思って、来た道を戻ろうとすると、
そこに女の子が立っていた。
誰だろう。肌が白くて髪がふわっとして、とっても可愛い。
同級生にこんな子がいた気がするが、思い出せない。
もっと古い幼なじみだろうか……。
「返してよ、コウくん」
名前を呼ばれて混乱する。こんな可愛い子忘れるはずないのに。
返すってやっぱりこのウサギのリュックだろうか?
じゃあ、遊園地にこの子と行って置き去りにしてしまったのだろうか?
「ごめん、これ返すよ」
「ありがとう」と彼女が言ってリュックを受け取る。
近づいたその一瞬、彼女が俺の頬にキスをした。
ふわりと髪からだろうか、いい匂いが漂ってくる。
「ごめんね、悪魔で」
驚いて固まる俺に彼女はそう言った。
「小悪魔」ということだろうか。
「そんなことないよ」
俺は慌てて否定する。
「コウくんと過ごした日々、楽しかったよ!」
そう笑いかけられた。俺は何の覚えもない。
「私、は忘れないからね」
こんな可愛い子を忘れる俺は悪い。
「私」を強調したところをみると、俺が忘れているのは
勘づかれているのか……。
反省を通りこして猛省する。
そんな俺をよそに女の子は片手をあげて手を振る。
「またね!」
女の子は勢いよくそう言うと、駆け出した。
俺は遠ざかっていく少女にぎこちなく手を振った。
どこの誰だろう。
春の風は真っ向から俺に吹いてくる。
懐かしい気持ちと新鮮な気持ちが合わさる。
また、どこかで。
会えるだろうか。
彼女に。
家の門扉の隣に咲く桜の花が
風にあおられて吹き上がり、散っていく。
一瞬、彼女の記憶が甦った気がした。
もう彼女には会えない気がして、
俺はもう一度ふり返った。
「忘れないよ」と一言、伝えたくて。
だが、そこにはもう誰もいなかった。
ポツリと雨が降ってきた。
と思ったが、それは頬や手にこぼれる自分の涙だった。
なぜ、泣いているんだろう。
とめどなく流れる涙に俺は戸惑うばかりだった。
俺の彼女が悪魔なわけがない! kirinboshi @kirinboshi
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