現代百物語 第37話 予言された死

河野章

現代百物語 第37話 予言された死

「今回はなにもなかったなぁ」

 残念そうに藤崎柊輔が谷本新也(アラヤ)にそうため息混じりに言った。

 レンタカーの車内だった。

 藤崎は新進気鋭の作家。新也はしがない公務員だったが、新也の休みに合わせて取材旅行をした帰り道だった。

 道は片側が崖で、曲がりくねった山林の国道。道幅はそう広くはないが、運転している藤崎自身は何とも快適そうだった。

 今回は山奥にある寺院の取材だった。

 今度はなにが起こるかとびくついていた新也だったが、藤崎が言うように何もなく、安堵の帰り道だ。

「何もないのが普通ですって」

 免許を保たない新也はよくわからないが、最新の型の軽自動車をレンタカー会社が手配してくれたらしい。長時間のドライブにも係わらず、藤崎は鼻歌交じりだった。

「まあ、取材自体は楽しかったよ。面白い話も聞けたし」

 寺にまつわる、狐の恩返しという変わった内容の取材だった。

 物語は面白く、狐が残していったという、境内の端に置かれた岩に刻まれた足跡も見ることが出来た。

 ただ新也には一つ気がかりがあった。

 けれど、大したことではない。

 自分が車を運転したことがないから、最新の車事情が分かっていなからかもしれず、なんとなく気後れして藤崎に聞けていなかった。

 車は何事もなく都心に向かって帰っていく。

 しかし、時間の経過とともに新也はそわそわとし出した。

 本当にこのままで大丈夫だろうか。自分の知らない車の機能……なのだろうか。

 何と無く後ろを振り返ったりして見る。何もない。

 それがいっそう新也を不安にさせた。

「どうした、新也」

 挙動不審な新也に気づいた藤崎が声をかけてきた。

「いや……」

 端切れがどうしても悪くなる。大したことじゃない。けれど、妙に気になる。

「後ろに何かあるか?」

「……そうじゃないんですけど」

 新しい機能であれば少し恥ずかしい。けれど首筋がぞくぞくする。

 聞いておいて、恥でも良いじゃないかと新也は顔を上げた。

「──あのですね、フロントガラスに」

「フロントガラスに?」

 ちらりとフロントガラスから、新也へと藤崎が視線をやる。一息置いて、新也は言った。

「大きく、数字が……ガラスいっぱいに薄く浮かんで見えるんです」

「はあ?」

 藤崎は目を丸くした。

 普通のフロントガラスだ。端の方にドライブレコーダーのセンサーが貼り付けてあったりはするが、そんな大きな数字はない。

「いや、あの……別に目的地までの距離とか、そういう機能なら……」

「阿呆。俺には見えないぞ、そんなもの」

「え!?」

 やはりというか、絶望の色を浮かべて新也は藤崎とフロントガラスを見比べている。

「どうした、その数字が何かおかしいのか?」

「乗ったときには、百だったんです。それが、今は……」

「何なんだ!?」

「五……です」

「早く言え、馬鹿!」

 前後を確認し、藤崎は急いで見通しの良い場所で車を端に寄せた。二人は慌てて車から飛び出す。走れるだけ走り、車から離れた。

「あ」

 それは突然だった。

 少し先にある急カーブから大型トラックが猛スピードで突っ込んできた。曲がりきれずにその先の路肩に止めていたレンタカーに接触する。鈍い金属音が長くした。

 車の腹同士が擦れただけだったが、車はガードレールとトラックに挟まれるようにして大きく後進した。    

 あのまま乗っていれば衝撃で無傷では済まなかっただろう。

 フロントガラス中央には、車体が歪められたことに寄るものかヒビが入っていた。

「やっちまった!」

 トラックから運転手が飛び降りてくる。

「あんたら、怪我はないかい?」

「は、はい」

 新也は答えた。

 藤崎が側に寄ってくる。

「数字は……?」

「ゼロ……です」

 フロントガラスを覗き込んで、呆然と、新也は答えた。



【end】

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