8

 そうしてわたしたちは穴ぼこを埋める。

 掘ったときと同じようにシャベルを二本、軍手を二組持っていった。首にはタオルを巻いているが、ペットボトルは用意しない。穴ぼこを埋める作業は、掘るよりも断然簡単だろうと思われたからだ。事実、簡単だった。あまりにもあっけなさすぎて戸惑うほどだった。

 穴ぼこが少しずつ小さくなっていくのを眺めながら、ああ夏が終わってしまうのだな、とわたしは思った。明日、わたしたちはこの町から引っ越す。

 朝子は見送りに来られないことを何度も謝っていた。父親が明日退院することになったのだそうだ。「でも必ず連絡するからさ」と朝子は言った。「手段なんていくらでもあるよ」そう言った朝子の顔は笑顔で、その背後には真っ赤な夕焼けがあって、何だか眩しいなとわたしは感じた。

「夏の終わりとは、寂しいものだね」

 わたしたちはそんなことを言い合いながら、穴ぼこを埋める作業を続けた。シャベルで掬った土を黙々と穴ぼこへと抛った。土は吸い込まれるように穴ぼこの奥深くへと落ちていった。最後にしっかりと土を踏み固めれば、そこに穴ぼこがあったことなどすっかりわからなくなってしまった。本当にあっけない。

 作業を終えたわたしたちはシャベルを片手に、空いたほうの手はどちらからともなく繋いで並んで家路に着いた。シャベルがアスファルトを引っ掻いてからからと鳴っていた。その音が二重になって響くので不思議に思ってきーちゃんのほうを見ると、同じようにシャベルを引き摺って歩いていた。わたしは眉間に皺を寄せて唇の前でしぃっ、と人差指を立てることはしなかった。

 引っ越しの準備は済ませてある。荷物はそう多くない。あとは明日出発するだけだ。

 この帰り道が永遠に終わらなければいいのにとわたしは思っている。終わってしまえば、これできーちゃんともお別れだからだ。これがわたしたちが二人で歩く最後の家路だ。わたしたちは明日、別々の町へと引っ越す。わたしは母と、きーちゃんは父と。

 でも、一生逢えないわけじゃあないんだし。朝子の言葉を思いだす。

 振り返ればわたしときーちゃんの手を繋いだ影が溶け合って、完全にひとつに見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家路 老野雨 @Oino_Ame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ