7
朝子の父親が病院へ運ばれたのは、それからしばらくしてのことだった。食中毒だった。夕食で食べたきのこに毒があったのだという。今はまだ入院中であるものの命に別状はなく、経過を見てじき退院する予定であるらしい。
その報せにわたしときーちゃんは顔を見合わせた。
朝子は失敗したのだな、とわたしは思った。三人であんなにたくさん毒きのこを探して歩いたのに。
父親が嫌い、と朝子は言った。だって視線が厭らしいんだもん。最近それが露骨になった。変なところばっかり見てる。私がお風呂に入ってるときに限って扉の向こうに立って、洗面所で髭を剃ったり歯を磨いたりしてる。曇り硝子の向こうからときどきこっちを覗き込んでるみたい。日曜日には家でぼーっとしながら物干し竿にぶら下がった洗濯物の下着ばっかり眺めてるし。私がスイミングスクールから帰ってきて濡れた水着を洗濯籠に入れているときも、よくこっちを見てる。スイミングスクールに通ったらいいって最初に言ったのだって、父親なんだから。
お見舞いに行こうと思い、きーちゃんと二人で花を買った。どんな花を買えばいいのかわからなかったので、お店の人にすべて任せることにした。病院の場所を知らなかったわたしたちは、お店の人が拵えてくれたやけに豪華な花束を持って取り敢えず朝子の家へと向かった。
インタフォンを押しても返事はなかったが、しばらく待っていると朝子が出てきた。手には紙袋を持っていて、なかには数冊の本が入っているようだった。わたしときーちゃんが挨拶をすると、朝子はびっくりしたようにわたしたちの顔を交互に見た。
「まさかお見舞いに来てくれたの?」
「うん。病院の場所を知らなかったからこっちに来た。これから病院に行くの?」
「一度行ったんだけど、荷物を取りに戻ってきたの。そう長いあいだ入院しているわけじゃないけど、退屈だから何か本を持ってきてくれって」
「一緒に行ってもいいかな」
「うん」
「スイミングスクールは休んだんだね」
「うん」
「怒られた?」
「……別に」
「ふうん」
わたしたちは朝子について病院へ向かった。朝子の父親の入院している病院は、電車に乗って数駅のところにあった。道中、朝子は無口だった。わたしときーちゃんも黙っていた。
先に病院に来ていた朝子の母親に挨拶をし、お見舞いの花を渡す。礼を言って花束を受け取った朝子の母親は、花瓶に水を入れるために病室を出ていった。
朝子の父親はベッドに起き上がっていた。顔色はよく、体調もよさそうだ。わたしたちを見るとぺこりとお辞儀をした。わたしたちもぺこりとお辞儀を返した。
「友達」と朝子が父親にわたしたちのことを説明している。朝子の家に遊びにいったことは以前に何度かあった。そのときに母親とは顔を合わせていたのだが、父親と逢うのは初めてだった。そのためわたしたちの視線は少し不躾だったかもしれない。
椅子を勧められたものの長居をするつもりはなかったので、わたしもきーちゃんも立ったまま隅のほうで朝子と父親の様子を眺めていた。父親は朝子と話をしながらも気遣ってときどきこちらにも話題を振ってくれ、わたしたちはそのたびそれに頷いたり相槌を打ったりした。
そんなやりとりをしばらく交わし、わたしたちは病院をあとにした。朝子は病院の外まで見送ってくれ、「今日は来てくれてありがとうね」と言って曖昧な笑みをした。
帰りの電車のなかで、わたしたちは手を繋いで並んで座席に腰掛けた。わたしは少し疲れていたので、きーちゃんの肩に頭を預けた。
「朝子のお父さんさ」と、きーちゃんが前を向いたままで言った。きーちゃんの肩に頭を預けているせいで、その声はまるでわたしの体のなかから響いているような感じがした。
「うん」とわたしもきーちゃんに凭れたままで答える。
「元気そうだったね」
「うん」
「ちょっと、頭髪が乏しかったね」
「うん」
「ふつうのおっさんだったね」
「そうだね」
陽は暮れかけていて、車窓から射し込む光は赤かった。それは周囲の景色まで赤く染め上げていた。わたしときーちゃんは手を繋いだまま、無言で、移ろう景色を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。