第1-2話 第22歩兵師団直轄多目的特殊工作小隊


「昼でも薄暗いのに、夜になると全く何も見えないな。」


「退避壕って言っても要はただの横穴だからねぇ」


 足を引きずりながら、ここまでたどり着いた俺とアリシアは1つの退避壕の前に突っ立っている。中は薄暗くぼやっとした光が入り口から溢れるだけであった。


「あるのはランプ一つの光だけか……衛生兵ー!衛生兵起きろー!アリシア、お前は外で待っいてろ」


「えぇー⁉︎」


 ここまで連れてきてあげたのにさぁ、とアリシア。それをその場でスルーし、退避壕の中に入る。


 入ってすぐ、右手側は1面壁で、部屋は左側へと広がっている。


 2段、3段と様々な段数のベットが6×10個。合計で60個と広々と置かれているが、それの大半は使用済みであった。


 壁には血のように赤く、黒ずんだ色で十の字が書き込まれている。しかしそれは、死ぬ間際になった負傷兵が自分の血で祈りを捧げるためにこの十字架を描いたとか、捕虜になったナタ兵の血で描いたとか、そんな怖いものではなく、単に野戦病院の役割をなす施設だということだ。

 

 俺の呼び声は退避壕全体に響き渡り、壁際で座りながら寝ていた女がムクっと起きる。黒髪短髪の10代くらいの女は眠そうな目を擦りながら話しかけてくる。


 立ってみると背が低く、色白で金髪の髪を少女は後ろでまとめていて、低身長なところからか、どこか幼い雰囲気が感じ取れてしまう。


「はい、第3軍所属従軍看護師エミリー・テイラーです。……何か、御用でしょうか。」


 こっちは寝起きだ!眠いんだよ!と抗議したそうな顔でむすっとしている少女……エミリーテイラー。


「あぁ、今の戦闘で負傷した。手当を頼む。」


「戦闘ですか?B《ブラボー》地点で起こると聞いていましたが、なぜI《アイテム》の野戦病院へ来たのですか?」


「あー……、あっちが混んでたからな、こっち側に来たのだよ」


「そうですか……って!!!!」


 彼女は途端に目を擦ることをやめ俺のマントの下を凝視する。


「佐官の方でございましたか!大変失礼しました。」


 ビクビクとしながら不慣れな敬礼をし、滑稽に見える彼女をなだめる。


「そうかしこまらなくてもいい。それよりも、中将から呼び出されているんだ。早く治療を」


 中将という言葉に過剰に反応し、あらためて畏まる。


「はっ!もっ申し訳ございません!今すぐっ!」

 

 彼女は高濃度の蒸留酒アルコールを足全体にかけた後、テキパキと包帯取り出すと俺の足に巻きつける。


 相当慣れているのだろう。……こんな若い少女が。緊張しながら包帯を巻く彼女の表情は一生懸命そのものだったが、どういうわけかその光景を悲しみ、もしくは憐れみの眼差しで見てしまう。


 10代なんて立派な子供だ。


 戦争が始まってからもう一年半と少し、子供がいてもおかしくない状況になったことへの悲しみと憐れみ。


 この子のくらいの時、俺は士官学校であいつらといた。俺、アリス、そして……


「おっ、わりすぃた!少佐殿!」


 噛んだな、……もうこの話はやめよう。


「ありがとうエミリー・テイラー。」


「いえ、とんでもない!また怪我をしたらいらしてください!」


「怪我をしないといいけどね」


 退避壕を出ると、また闇が広がり足元にはエミリーの影が映り込む。その影を見ながら後ろに手を振り、俺はエミリー・テイラーに別れを告げた。



「お待たせしました。ジョージ・トゥッケロ中将閣下。」


 塹壕内の野戦病院、横穴にあるから横穴病院と呼ぼう。横穴病院を出て俺が向かったのは塹壕内で唯一紅茶や菓子、砂糖の使用が許されている(別にどこでも使っていいが一般兵は持っていないだけ)場所。

 

 我らが……愛すべき?第22歩兵師団師団長専用退避壕。


 そしてこの無駄に迫力がある白髭じじいこそが第22歩兵師団長、ジョージ・トゥッケロ中将である。


 中将が腰掛ける。

 

「まずは……ご苦労であったね。小隊員諸君。君たちの活躍は私の耳にも届いたよ。さぁ、みんな座りたまえ」


 その場にいる小隊員たちはその場に座る。

 俺の班の班員たちも集まっており、俺、アリシア、テラ、そしてハンターの4人も腰を下ろそうとした。

 

 そのとき、膝を机に突っ伏して頭の前で手を組んでいる中将は無機質な声で言い放つ。


「おい、ハンター貴様なぜ座る。」


 ハンターはなぜそんなことを言われたのか全くわからない風に言い返す。


「なぜって……今更って言ったっすよね?中将、もうボケましたか?」


「やかまっしいわ!」


 中将は数秒前とは裏腹に感情的になって火星とも呼べる雄叫びのような叫びをあげる。その声は夜の澄み切った空気に反響しエコーのように響いている。


「だいたい、私は活躍したやつに座れと言ったのだ!活躍したやつに!」


「はぁ⁉︎俺だって活躍したっすよ!」


「貴様のせいでバレて途中で終わったんだろうが!」


 んっ?今こいつのせいでって言った?中将閣下?


「この際だから全員に説明してやろう!」


 バンッ!と強く机を叩いた中将閣下は事の経緯を話し始めるのであった。



 俺は大層呆れた顔でハンター本人に話しかけていた。


「えーっと?つまり、敵塹壕内で二丁拳銃を試してみたくなってわざわざ敵にみつかりにいったと。」


「うっ!そっ、そうとも言えるよマックス。」


「そのせいで足に何発かくらったんだが、」


「わ、悪かったって」


 俺はハンターを責め立てると彼は、手のひらだ足を体の前で合わせて釈明してくる?中将は咳払いをし口を開けた。


「それで、ハンター。貴様は機関銃にいくつ工作を仕掛けてきたのだ?」


「っ!はいっ。2つは潰してきましたよ……」


「次は倍潰してこい!」


「えぇー、きついっすよそれは……」


 ハンターへの説教が一通り終わると奥にいた皮のカウボーイキャップを被った青年が挙手をする。そのがっしりとした体格はざっと見て190センチ以上の大男とも言える。


「それでなんだ?中将。ハンターの説教に付き合わされるために小隊全員を呼んだのか?」


「カルロスか、貴様も大概口の書き方を覚えたらどうだ?お前は伍長、私は中将だぞ」


「うるせぇ、こっちは来たくもない戦争に呼ばれてきてるんだ。しかも最初は3週間で終わるとかほざいた癖に、こんなに長引かせやがって。」


 すでに86週間以上、予想の約29倍も立っている。 


 そんなことを気にしてすらいないのか、中将は偉そうに髭をいじりながら反撃をする。


「なら貴様が今すぐ、ナタの国王の脳天を撃ち抜いてこい、狙撃が得意なのであろう?それをやればブロンズスターどころではないぞ。」


「チッ、お前らがまともな銃よこしゃあな!」


 カルロスは気に食わなそうな顔でその言葉を吐き捨てたが、中将は気にも留めなかった。カルロスvsトゥッケロ中将の舌戦はまだまだ続きそうであるが、1人がとまに入る。


「おっ……ふたりと、も。喧嘩 やめてください、早くご説明…を」


 涙目になりながらビクビクするテラを見て2人は大人しくなる。カルロスは悪かったなとぼそっと呟き、中将はごほんと咳払いをしてその場をごまかす。


 シーンとした空気の中、再び中将は口を開くと、説明とやらが始まる。



「貴様らに新しい任務がある。当然ながら貴様らの小隊のみで、だがな?」


「まぁ、そりゃあ、俺たち塹壕襲撃隊は22師団本部直轄小隊しだんほんぶちょっかつしょうたいで、いわゆる特殊部隊ですからね。」


 階級が高かろうが、低かろうが小隊内ではあまり関係がないからまとめるのが大変だ。


「それで……中将閣下。俺はさっき足2回撃たれたのですが、それでも作戦に出なければならないのですか?」


「あぁ、勿論だ。しかし無論、猶予はある。2週間後だ。」


 2週間じゃたぶん治んねぇ。


「そして、この任務はわかっていると思うが、守秘義務しゅひぎむが課せられている。他言した場合は、軍法会議の後……おそらく極刑となるだろう。」


 中将の顔の険しさがいつも以上となり、小隊内でも緊張感が高まってくる。あれほど喧嘩をしていたカルロスですら中将の話を遮ることなく聞き続けている。


「それほど重要な任務なのでしょうか?」


「その通りだ。貴様らの働きが北部戦線を左右すると言っても過言ではないだろう。そして、その働きが北部戦線のみならず、我らが共和国エピトラトとその国民にも自由をもたらすことだろう。」


「……そうですか。」


「で、作戦ってなんなんすか?早く教えて!」


「黙れハンター。今から話すところだ。」


 興奮気味のハンターを中将は軽く一蹴する。そしてバンッとかけてある地図を叩く。

そのたたいた衝撃がまるで俺に伝わってくるかのように中将の本気度が伝わる。


「知ってる通り、北部戦線はナタとエピトラトの国境全てにおいて引かれている。ゆえに、他の国の兵士を借りるかはあまりできない。我々のみでこの戦線を突破せねばならないのだ!」


 中将はひと感覚起きまた続ける。


「しかし、従来の定性エピトラトから続く突撃しそうではもうどうすることもできない!塹壕と機関銃があるからだ!馬がかけようとも、アーマープレートを着込もうと、鉛のシャワーを浴びれば人なんて簡単に死ぬ。」


「チッ!だったらどうするんだよ、塹壕内にいたら俺の狙撃も通じないんだろ」


 腕を組み中将を睨みつけるカルロスの顔は文句が告げたいというよりかは単純にどんな作戦なのかが疑問となっているような、新しいことを知りたいような、少しニヤついた表情である。


「ナタが持っている……というよりも、世界各国が持っている機関銃はだいたい重さが30kgを超える大型のものしかない。だからどこかに設置きて使う方が効果的なのだ。」


 何か深みのある言い方だなぁと、考えつつ口を挟むように会話に入る。


「つまり……何が言いんですか?中将閣下。」


「機関銃は歩兵が持ちながらバンバン撃てる代物ではないということだ。固定しないと使えないのならば、固定させなければよい。」


 どういうことだ?機関銃を取り付ける奴を狙撃するとか?しかしそんなに正確に球を当てれるのはカルロスくらいしかいないし、それだと今置いてある分の機関銃はどうすることもできない。


 機関銃を壊す?でもさっき俺たちがやっていた工作は嫌がらせ程度、敵の頼みの綱の機関銃を壊して敵の精神的ダメージを削るためのチマチマした攻撃に過ぎない。戦線すべての機関銃を壊すとなると、俺らの仕事じゃない。『塹壕教強襲兵ざんごうきょうしゅうへい』の仕事だ。


 つまり、まさか!


「ナタを塹壕から引っ張り出すということですか⁉︎」


「あぁ、その通りだマックス。」


「でもどうやって北部戦線全てのナタ兵を引っ張り出すと!」


「別に戦線全てのナタ兵を引っ張り出せとは言っておらん、あくまでも一部の戦線でナタ兵を塹壕から引っ張り出す。」


 口角を上げてニヤリとした表情を浮かべながら中佐は作戦を告げている。その目には子供がワクワクしながら何かを考えているようなよく言えば、探究心。悪く言えば幼さ。のようなものが垣間見える。


「引っ張り出してどうするのですか?」


「引き出された一部の戦線の『穴』から騎兵を何連隊かぶち込ませて、戦線を前後で包囲するのだ。もぬけの殻となった戦線には機関銃などないからな、騎兵は優雅な旅になるだろう。」


「はぁ、なるほど。」


 一応は理解した素振りを見せるが、それが俺たちの作戦のどこに関係があるのか検討もつかない。まさか俺たちに馬になって戦えっていうのか?


 すると、カルロスは再び半ギレの状態に戻ると頭の皮帽子カウボーイハットを外し高らかに掲げたと思うと地面にたどり着けて怒鳴る。


「そんであんたはぁ!俺たちに何が言いたいんだ!中世の騎士みたいに馬に乗るよ!って自慢でもしにきたのか!あぁ⁉︎」


「違う。貴様らの任務は引きずり出す方にある。」


「だからぁ!どうやってかを聞いたんだ

よ!」


「ナタ軍に嘘の情報を流んですね?」


「そうだ、マックス。ナタ軍の情報網は基本的には伝令兵と伝書鳩によって成り立っている。伝書鳩の通信ではナタ独自の暗号文が使われていて、その文章ではないと正式な命令として下されたと判断されない。」


 中将は懐から巻かれた紙を取り出し、机の上で広げた。その紙にはアルファベットがランダムに敷き詰められていて、一見するとなんと書いてあるのかが全くわからない。


「これが、暗号文?適当に書いただけの文章じゃないの?」


 アリシアはそれを親指と人差し指で拾い上げランプの光に透かして見る。アリシアの横から見たそれ反転した文字でなんのヒントにもならない。


「捕虜13名を拷問して情報を照らし合わせた結果、それが暗号文だと判明した。何人かは嘘もついてくれたがな」


「それで…えっと、こ れは何…て書いてあるんです、か?」


 テラは俺の背中に隠れながらビクビクして答えるが、それが通常営業のため誰も気にせず会話は続く。


「この暗号を解くためには鍵となる暗号表が必要不可欠だ。やって貴様らに課せられた任務は敵基地に乗り込み、敵士官から暗号表を奪い取ってくることである。」


「士官が絶対暗号票を持ってるんすか?」


「あぁ。疑うならハンター、貴様も捕虜に聞いてみればいい。お気に入りの2丁拳銃を使ってな。」


「いや、無抵抗のやつを打つのは趣味悪過ぎでしょ。」


「何、共和国エピトラトの為ならとうとう犠牲だ。」


「うわぁートゥッケロちゃん趣味悪ー」


「アリシア、上官をちゃん付で呼ぶな!」


「はぁーい。」


 完全に上官を舐め腐ったアリシアは退屈そうに欠伸をすると最後まで話を聞かずにテントから出て行った。


「とにかくだ。作戦決行日は2週間後!敵基地内で暗号表の回収!いいな!貴様らの奮闘に期待する‼︎」


「イエスサー!」



「ちっ!おいハンターアリシアが弓を忘れていってるから持ってってやれ。」


「はぁ?いやだね。マックスが持ってけばいいじゃん。」


「いや、一応俺少佐で、お前ただの伍長なんだけど、」


「この部隊じゃあ、階級なんて関係ないでしょ?じゃあ、そういうことで!」


 ハンターは足早にかけていく。


 あいつ逃げやがった⁉︎


 手元には弓だけ残っている。


 ナタ軍、弓、士官、さらには三日月が浮かび、さながら今この手に持っている弓のようである。月にはどうも切なさを思わせる効果があると俺は考えている。


 3つの言葉に弓のような月。それだけで俺はあの日の、


「憎しみと悲しみと悔しさと後悔を思い出す。」


 俺の戦争の歯車はあの日から動き出したのだ。


 



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