北部戦線ニテ。

石動

プロローグ(1章) 闇と泥と鉛の雨の中で

第1-1話 闇と泥と鉛の雨の中で

 目標までは約50m。全力疾走にて10何秒の距離だが、こう……地面がぬかるんでいると音が出ないように走らなくてはならない。


 隣の金色の髪を持つ少女は俺に話しかけながら縄で何かをぐるぐると結んでいる。


「ねぇ、マックス。どうかなこの棍棒。しっかり殺せそう?」


「ああ、バッチリだ……っていうかお前拳銃ハンドガンはどうした?」


 少女は首を横に振りながら気怠そうに答える。


拳銃ハンドガン?あれ重いし音がうるさいから置いてきた。」


「はぁ⁉︎あの拳銃ハンドガンサプ付きだっただろ⁉︎」


 俺が講義をする傍、彼女は背中から短めの弓を出すと矢は入れないで弦を引き、射る真似をしながら言い放つ。


「私には弓と棍棒が有ればあいつらなんてイチコロだから」


「そーですか……」


「まぁ、本当のことを言うとハンターにあげちゃっただけだけどね」


「本当か?ハンター?」


 布を敷きクリップに弾をこめていたハンターは銃を二丁胸の前でクロスさせるとキメ顔で言い放つ


「二丁拳銃はロマン!」


「……そろそろ時間だ。」


「いや、無視すんなよ」


「あと5分で突入だ。ちゃんと武器持っとけよ」


 掌にある懐中時計は刻々と動き静寂の中でも正確に時を刻む。その高いのを見ながら物思いに耽ることもなく、作戦開始の時をただただ待つ。


 ハンターを無視し、作戦時刻を告げると今まで無口だった4人目の少女が重い口を開ける。


「あっ、あの!作戦の……最終確認をお願い…します。私忘れちゃいそうなので……」


「そうか……?OKテラ、最終確認だ。」


 そう言った後、懐からヨレヨレになった紙を取り出し、手早く広げる。近辺の地形及び塹壕の大まかな地図である。


 肩幅くらいある大きな地図の中央、ちょうど細い赤の線と青の線がもう数ミリの地点で重なるところに指を指しす。


「この青い線が俺たちのいる第一号線塹壕だ。現在時より約10分後にこの……」


 指をスライドさせ数センチ動かす。


Bブラボー地点で極小規模戦闘が行われる。その戦闘に気が削がれた敵の塹壕に俺たちが4人と、別地点で他の小隊員で飛び込み、機関銃及び大砲の破壊を行う」


 するとハンターは自慢の茶髪をかゆそうにボリボリとかきながら文句を垂れるような口調で聞き返してくる。


「見つかったらどうすんだよ?」


「人と出くわしたら見つかる前に殺せ。だからお前らにはサプ付きの拳銃が渡されてるんだよ」


「へいへーい」


 適当な返事をしているハンターの横でテラはコクコクと頷いていて、少女……アリシアは棍棒に釘を打ち付けて殺傷能力を上げている。


「ちゃんと聞いてんのテラしかいないんだが……」


「そっ、そんなこと……ないで、す。皆さんも皆さんなりに頑張っていますし!」


「ふぁーぁ」


「お前の隣の茶髪はあくびをしてるが」


「え!?」


 困り果てたテラを傍にアリシアは棍棒の釘を打ち終えてブンブン振り回している。


「まぁ、とにかく見つかるな。その前に殺せ。音なく殺せ。すぐに逃げろ。敵は笛を吹くだろうから、その笛を合図に全員逃げろ。機関銃は壊せるだけ壊せ。以上!」


「りょーかいっ!」


「りょーかーい」


「りょっ、了解しました。」


 重なった3人の声が聞こえ、その後静寂が蘇る。消音器サプレッサー付きK39拳銃をホルスターから取り出し、破壊のための爆薬をポーチに入れ、スペースが狭まったポーチから懐中時計を取り出す。


 静まりかえった戦線からは刻々と時を伝える針の音が一定間隔で聞こえるだけ。


 残り10秒でおとりのための戦闘が東側で始まる。


 8 7 6 5 4 3 2 1


 Bブラボー地点からは乾いた銃声が重なり合って上がりかけた太陽と共に聞こえて来る。


 人差し指を前に突き出し、無声音で言い放つ「GO」


 遠くから長い笛の音が聞こえて来る。



 1週間前に降った雨も乾き切り、大地は十分に乾燥している。これなら走っても音はそう出ない。


 兵士4人は土色のマントを被りながら敵塹壕までダッシュで駆け抜ける。持ち物は銃と爆薬、打撃武器と懐中時計のみだ。


 「お前らっ!出来るだけ散開して広範囲の兵器を破壊するんだ!散らばれ!」


「「「了解」」」


 返事をもらい自分は前進を繰り返す。ぱっと見だが塹壕内に敵兵は数人いるものの機関銃にはおらず、その兵士たちもBブラボー地点の戦闘に気が惹かれていてこちらに気付いていない。


 一気にスピードを上げ、足から塹壕に滑り込む。背中から尻にかけてしめった土の感触が伝わるとともに、尻にずしんと衝撃が走る。

地面と激突した時のものだ。


 塹壕の中は日が当たりにくく、1週間前の雨のせいか大いにぬかるんでいた。滑り込んだ先で「ベショッ」と音を鳴らす。


 誤魔化し用のない音を聞きつけた敵の兵士の足音がだんだんと近づいて来る。「ベショッ」「ベショッ」「ベショッ」


 音に気付くや否や、腰のホルスターから銃を取り出し塹壕の曲がり角に向けて構える。ちょうど足音のする方向だ。歩数を距離としてあと5歩ほどで鉢合わせになる。


 片目をつぶってアイアンサイトを除く目の横からは汗が滴り、ツゥっと落ちて顎から一滴垂れる。


 来る、来る、来る来る来る来る。


 足音は一瞬だけやみ一呼吸の感覚を要して敵が角から姿を表す。


 10代くらいで徴兵されたであろう敵兵の手にはボルトアクション式ライフルが。彼は泣きそうな目をしながら叫ぶ。


「敵へっ、」


 そう叫ぶより早く狙いを定め、右人差し指に2回ほど力を込めた。消音器サプレッサーを介しているため発砲音はほぼ出ずにカチカチと2回引き金を引く音だけが聞こえ、敵兵は膝を地面に落ちていった。


 撃たれた2発の弾丸は胸と頭頂部に擦り、胸の方は心臓の位置から血が吹き出している。


 まだ生きている。どうやらまだ即死は免れたようだ。彼は最後の力を振り絞り撃たれた胸のポケットから穴の開いた写真を取り出していた。


 若い女性の写真だ。最後に彼はその後、頭から倒れその写真に口づけをしながら息を引き取っていった。

 

 あたりには血溜まりができ、ブーツの先が赤で染まっていたのでマントで拭き取ってから、足で彼の死体を塹壕の隅に蹴飛ばし角を曲がった地点にある機関銃へと向かった。


 ナタ軍たちは彼をその機関銃に見張として付けていたらしく彼が死んだ今は誰もいなかった。


 鉄の匂いか、はたまた別の液体の匂いか、金属っぽい匂いを醸し出すそれは地面に固定されてあり自分が奥の手だと自覚をしているかのように堂々と立っている。


「ナタ国産のパンチ重機関銃か、こいつに仲間が何人喰われたことか」


 独り言を呟きつつ手早くポーチから丸い爆薬を取り出すと、包み紙を食いちぎってそのまま銃口へねじり込めた。

 

 ここで爆発をさせずにおくことで相手が工作に気づかずに発砲した際、中に詰まった爆薬に引火し爆発を起こすようになる。

 

 足の裏を地面に擦り付け、機関銃周りついた足跡を気休め程度に消したあと、次の機関銃を壊しに行く。


 機関銃は全部で12丁、4人でやれば1人3丁壊せばいいはずだ。


 走りながらそう考えていると退避壕の中で敵兵が寝ているのに気づいた。


 数は4人。


 この場で殺しても良いが、弾は節約しておきたいし、無理に殺す必要もない。退避壕の前を不恰好ながら抜き足差し足忍び足といった具合で通り抜け、次の機関銃の場所まで向かう。



 ちょうど3つ目の機関銃に爆薬を設置した後に事態は急変した。


 ピィーーーー


「チィっ!!誰かバレたな‼︎」


 全身から冷たい汗が、吹き出しそうになるくらいな勢いで出て、と同時に先ほど退避壕で寝ていたナタ兵のことを思い出す。


 ここからだと退避壕100mもない。だがこの距離であったなら戦闘はライフルを持つ彼方の方が格段に有利だ。ましてや、この塹壕は退避壕まで縦一直線であるから、遮蔽物もない。


 少しでも拳銃の有効射程を稼ぐために、退避壕に向かい走り出した。もう、ぬかるんだ泥を踏む音も気にしている暇もなく、ただがむしゃらに走る。


 しかしその走りも、退避壕まで残り25mほどの場所で思わず立ち止まってしまう。まだ俺には気づいていないが奴らだ。


 「K39の有効射程は50m、この距離なら先手を取れればれる!」


 夜の闇になれた目の前にアイアンサイトを持って来て、そこでリアサイト、フロントサイト、そして目標。3点を合わせる。

 

俺の視線、もとい銃口の延長線上だから視線ならぬ死線とも言えるべき場所にある敵はそのことに気づかず、整備不良のライフルを分解修理している。


 とはいえ、射撃するのには絶好の機会チャンス。引き金に片指をかけ、


         引く


 K 39の装弾数8発分を一気に撃った。消音器サプレッサーはしっかり機能し乾いた銃声は8発重なって聞こえる。


 1発は肩、1発は肘、1発は頭、あとは外れてその兵士は倒れた。


「敵1人撃破。」


 そう呟き近づきながら、ポーチのクリップを取り出し、銃に弾を詰める。


 しかし何かが喉につっかえる。敵は1人だろうか?

 

 いや、違う…‼︎あそこには4人寝てた!くっそ!1人倒すだけで必死になっていた!俺が殺したのは1人だけ!あとの3人はどこだ!


「どこだっ!」


 思わず出してしまった声に呼応するように放たれる無慈悲な声、それは塹壕の中ではなく泥が乾いている塹壕の外、つまり俺の上からだった。


「ここだ。」


 頭上には3方向から俺を睨みつけるナタ兵たちがいた。暗闇からでもはっきりとわかる冷たい眼光はさながら黒曜石のようで、歯を力の限り噛み締めて声にならないような唸り声をあげている彼らは暗黒神ホルナタメスのようである。


 歯を力の限り噛み締めて声にならないような唸り声をあげている彼ら

 

 そして手にはケアマテT21ライフルが握られていて、銃口はこちらを向いている。


 俺は背筋に氷のような冷たさを感じながらも、銃を構えようとした。


「死ねぇ!エピトラト人が!」


「っ!ナタ兵!」


 弾を込めなおした拳銃ハンドガンを右手で持ち、体を大きく上にのけぞらせながら3回引き金を引く。


 弾は1人に3発とも命中


 「ぐぁっ!」


 ナタ兵が唸りを上げながら指に力を込めるのが見えた!最後の最後で引き金を引いたんだ!


 サプレッサーなしのライフルからは伸びるように響く銃声とともに銃口からはわずかに閃光が走った。


 ナタ兵は撃たれた後に撃ったので銃弾は明後日の方向へと飛んでいく。

 

 銃弾はそのままもう2人のうちの片方の、髭の長いナタ兵の頭を掠め、浅いかすり傷を負わせ、たらりと赤い血が頬を滴った。


 もし弾が髭ではなく、俺に当たっていたらと考えるとゾッとしながらも、当たらなくて良かったとホッともする。


 しかしそれも束の間、髭は手の甲で鮮血を拭うと怯むことなく俺へと銃口を向けてきた!


 バンッ!


 狙いの定まった銃弾。悔しくもそれはナタ兵のライフルから放たれたもので、その弾丸は直線を描きながら俺のふくらはぎの肉を割き、貫通する。


 あまりの痛みに膝から落ちその場に倒れる。泥がトレンチコートにべったりとつき、その場でベチャッと跳ね返る。


「ぐっ!あぁァァァァァァっっ!!!」


 腕の力を全力で使い上半身だけ体を起こすと、髭のナタ兵は辛い顔つきで言い放つ。


「仲間の死を肉をえぐられながら償え!!エピトラト!!」


 トドメと言わんばかりにボルトアクションを引き、狙いを定めてくるナタ兵。


「まだっ……だ!!!」


 かすれかかった声でナタに言い放つと同時に腰につけていたナイフを取り出す。ナイフは泥だらけで金属特有の光沢すら見られないほどであったが、先は尖っていて刃は鋭い。


 肩に力を入れ、それから肘に、手首に、指にと力を加え続け、力を振り絞ってナイフを投げる。

 

「なっ!」


 ナイフは緩やかに縦回転を加えながら、ナタ兵の脳天へと弧を描くように進み


「命中!」


「俺もだ」


 その声は仲間ではなく、後ろにいた最後のナタ兵のものであり、そいつが打ち出した銃弾は同じ足の太ももに命中した。


 髭のナタ兵は目を開けたままその場で倒れている。そんなことに目も暮れず最後のナタ兵は銃の裏でこちらを殴る。


「ほら、人殺したんだろ!こうやって」


 そう言ってナタ兵は大きく振りかぶると銃とは違う鈍い痛みが背中に響く。


「それがっ……せんそっ、う!なんだよ!!!!」


 言い返しても聞く耳を持たずまだ殴る。


「ならお前も死ねっ!」


「ゔっ!」


 ナタ兵は銃を横向きに持つと、俺の首に押し当て窒息死させようする。ナタ兵は銃に、俺の首に自分の全体重をかけてくる。


「がっ!」


 まずい、息ができない!喋れない!死ぬ!

まだ死ぬわけにはいかない!あいつを見つけるまでは!死ぬわけには!


 相手の銃を両手で掴んで銃を上に押し上げる。


「死んでたまるかァァ!!」


 その時だった。


 風を切るような音がしたかと思うと、それはナタ兵の頭を貫通し、彼は血飛沫を上げながら倒れた。


 弓矢である。


 時代錯誤なこの兵器によって倒れたのだ。

 

 そして俺はこの兵器を使う奴を1人しか知らない。


「にゃぁー、大変そうだねぇーマックス」


「あぁ、死ぬかと思ったよ『アリシア』」


 金髪の少女

       アリシアだ。

 

「なぁ、アリシア」


「ありしゃーでーす!」


 軽々しく言葉を返し弓の弦を弾いてビヨンビョン鳴らしている彼女はおもむろにポーチから棍棒トレンチメイスを取り出すと、軽く誇りを払ってから近くに歩いてくる。


「もう敵はいないぞ?」


「あぁー、一応ねーつぶしといたほうがいいと思って?」


「何をだ?」


「えいっ!」


 俺の質問に答えを返さず彼女は大きく振りかぶると棍棒トレンチメイスを倒れてる敵に バンッ! 髭の敵に バンッ! 最後の敵に バンッ! 頭を砕いた。


「うわぁーべっちゃべちゃじゃーん」


 半ギレしながら愚痴る彼女の足元には頭を抉り取られたような見た目になった3人のナタ兵の死骸が転がり、うめき声すらあげなくなった。


 あたりにあるのは血溜まりと死骸とヘルメット。


「ふぅー終わった終わった!って、うわっ!なんでマックス穴だらけなの撃たれた!?」


「いや、今まで気づかなかったのか!」


「敵を殺そうと思ってたから……」


 この小隊は大丈夫なのか!


「すまないが、もう作戦続行できない。」


「穴だらけだから?」


「……それもあるが、誰か敵にバレたからだ。」


「あぁ、そっか!」


 手のひらは拳でポンと叩き、納得したような仕草をしたアリシアは倒れてる俺に倒れる差し伸べる。


 戦場だというのに関わらず、無邪気にニコッと笑って語りかける。


「マックスもう歩けないでしょ、肩、貸してあげる」


 俺は彼女の手を握り立ち上がると、拳銃は片手で持ったまま彼女の首の周りに腕をかけ足を引きずりながら小走りで味方の塹壕に戻る。


 彼女の方には弓がかけられていて、肩を借りているとそれが目の前に来る。


 闇夜には味方塹壕のランタンだけが輝き、後ろを振り向くと俺たち2人と弓の影が映り込む。


 弓を見ながら過去を思い浮かび、その時の後悔が頭によぎり、つい言葉が漏れる。


「弓……か。」


 足早に兵士は走っていった。



 


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