第2話

「みーずきちゃん♡」

 ホームルームが終わるや否や、俺は後ろの席を振り返った。

 席が前後のせいもあり、俺と瑞樹は入学当時から共に行動することが多い。

 もちろん気も会うしな。

「なんだ、祐介。気持ちの悪い…」

「あのさ、サークル見学行かない?」

 少し前から、サークル見学が始まっている。

 この学校は大学の付属だけあって、サークルがなかなか豊富である。

 数が多すぎて基本的には勧誘が禁止されているので、新入生が自分でサークルを回るという方式がとられている。

「私はどこにも入る気はないぞ?」

「冷たいなぁ。こんなイケメンが一人でサークル見学なんかして、怖いおにーさんに囲まれたらどうすんのさ」

「安心しろ。その心配は絶対無い」

「酷っ。こんな美少年捕まえて…」

「…お前は喋らないほうがいいよ。その方がどれほど高い評価を得られるこ

とか…」

 うんざりしたように瑞樹が呟く。

 失礼な。

「自分で言うのもなんだが、俺は結構な美形だぞ?」

「美形かどうかは置いといて、おまえに手を出す勇気のある奴も少ないだろう?」

 う…

 そう言われると…

 自慢じゃないが、俺は好戦的で喧嘩っ早い。

 入学当時、何回か上級生に呼び出され(専門用語でやき入れとも言う)、その度に相手を半殺しの目に合わせたと言うおちゃめな思い出もある。

「だって!自分の身は自分で守れってじーちゃんが!」

「お前は限度を知らなすぎる」

 言いながら瑞樹は鞄をつかんで立ち上がる。

「ほら。どこを見たいんだ」

「瑞樹ちゃん優しい!」

「お世辞はいらん」

 うーん。クールだ。

 すたすたと教室を出る瑞樹を俺は慌てて追いかける。

「何か目ぼしいサークルでもあるのか?」

「もち!かっこいい先輩のいるサークル!」

「清清しいほどに不純な動機だな」

「そう?俺は常に自分に正直だからな」

「…お前のそーゆーとこ、嫌いじゃないけどな」

 瑞樹は振り返り、ニヤッと笑った


 校舎とは少し離れた場所にある独立した建物が各サークルの部室となっている。

 入り口のところでサークル案内の冊子を貰い、俺たちは中に入る。

「ほぉ。さすがと言うかなんと言うか…」

「瑞樹。みてみて、タイ料理研究会とかあるぜ」

「そんなのにまで部屋を与えているのか?」

「費用の無駄遣いだよな。んーっと、とりあえず二階行くか。文化部が多いから」

「おい、祐介。前を見て歩かないと」

 ドンッ

 ガラガラガラ…

「…危ないぞ」

「…遅せぇよ…」

 冊子に夢中の俺は、思いっきり前にいた学生にぶつかった。

 俺がぶつかった衝撃で、彼は手にしていた荷物を落とす。

「すいません!大丈夫ですか?」

 俺は慌てて床に散らばった荷物を拾う。

 空き缶、プラスチック、なんだこりゃ?テレビの液晶?

「こっちこそすみません。ボーっとしてて…」

 ずれた眼鏡を直しながら彼は顔を上げ…

 瞬間、俺の時が止まった。

 糊の利いた白衣に白い肌。少し下がり気味の目じり。整った顔立ちではあるがどこかトロそう。

 なんて…なんて可愛い人!

「あ…はい。荷物」

「ありがとう」

 ニッコリと微笑むその優しい笑顔が、これまたたまらない!

 ドキドキドキドキ

 なんだ、この胸の高鳴りは?

 はっ!まさか、これは恋?

「あ。君たちもしかして一年生?」

「は、はい!」

「あー。じゃぁ、迷うでしょう?良かったら僕が案内しましょうか?」

「はい!ぜひ!」

 二つ返事で頷く俺。

「僕、樋口和葉と申します。よろしく」

「あっ。神無です」

「春日です」

 樋口さん…素敵な名だ。

「ちょっと待っててくださいね。荷物を部室において来ますから」

「はい!何時間でも待ちます!」

「すぐに戻りますよ」

 ニコニコしながら立ち去る樋口さん。

 ああ…後姿もお可愛らしい♡

「…あーゆーのが好みか?」

 ボソッと尋ねる瑞樹。

「うん。マジ好み。白衣とかたまんねぇ…萌えって感じ」

「ふぅーん…」

「なんか不満そうだな?」

「いや、どこがいいのかなーと」

「じゃぁ、瑞樹はどうゆーのが好みなんだよ?」

「私か?私は…」

 ちょっと考え、瑞樹はニヤリと笑う。

「やはり十三歳以下の少年だな。半ズボンから覗くひざ小僧。あどけない笑顔が理想だな。樋口さんがまだ少年ならば一考の余地はある」

 ごめんなさい。聞いた俺が馬鹿でした。

 やばいです。さすがにそれはやばいです…

「瑞樹。それ、犯罪」

「おや。それは知らなかった」

「あぁっ!瑞樹さん!」

 いきなりあがる耳障りな黄色い声。

 なんだ…?

 げっ。五反田。

「なんという偶然でしょう。こんな廊下で瑞樹さんと出会えるなんて!まさに神のお導き!」

 宙を見つめ、うっとりと言う五反田。

 うーん。

 こいつ結構おちゃめかもしれない。

 そしてそっと瑞樹の手をとり、

「僕たちは赤い糸で結ばれてるんですね」

「はい。却下」

 俺は瑞樹の代わりに言ってやる。

「なんだ、神無君も一緒か」

「何か問題でも?」

「別に」

 そこで五反田はパンと手を打ち、

「さて。ここで問題です。僕のサークルはいったいなんでしょう?①料理研究会②科学部③オカルト研究会。さぁ、どれだ!」

「③」

 即答する俺。

 見かけそのまま。悩むまでもないだろう?

 五反田はじっと俺を見つめ、

「…エスパー?」

「アホか!誰でもわかるわ!」

「ほぉ。私は①だと思ったが」

 感心したように瑞樹が言う。

「…瑞樹。なんで①だと思うんだよ」

「ちょっぴり暗めの僕だけど、でも本当は家庭的。そんな五反田君も魅力的だと思うのだが」

「やだ♡瑞樹さんたら」

「趣旨変わっとるがな!」

 フリルのエプロンでキッチンに立つ五反田。

 ちょっと見てみたい気もするけど…

「ふっ。オカルト研究会。略してオカ研、期待の星、五反田一。特技は人を呪うこと!」

 言うが早いがポケットからわら人形一式を取り出し、

「死ねぇぇぇ!神無祐介ぇぇぇぇ!」

「やめんかぁ!」

「僕は誰にも止められない!」

 カーンカーン

「こぉら。壁に五寸釘打っちゃいけません。校舎は大切に」

 あ。樋口さん。

「あ。すいません」

 五反田はぺこりと頭を下げる。

 うーん。素直だ。

「瑞樹さん。オカ研の部室は二階の一番東ですから。ぜひ見に来てくださいね!」

「絶対行かねぇからなぁぁぁ!」

 立ち去る五反田の背中に向かって、思いっきり叫ぶ俺。

「お友達ですか?仲良しですねぇ」

「私もそう思います」

 瑞樹…なんでお前まで同意するんだよ。

 なんかどっと疲れた。

「さて。それじゃ、どこから案内しましょうか?」

「オカ研以外でお願いします…」

「私はオカ研も興味あるぞ」

 ニヤニヤしながら言う瑞樹。

 こいつ、絶対面白がってる。

 俺は特に見たいサークルってないんだよな。

趣味、いい男ウォッチング。特技、喧嘩の俺にふさわしいサークルなんてなぁ。

 俺はただ樋口さんの近くにいたいだけだし。

 お。

 俺ってちょっと乙女ちっくじゃね?

「とりあえず、素敵な先輩のいるサークルでお願いします」

 正直な俺の発言に瑞樹が何か言いたそうだが、この際触れないでおこう。

 俺としてはだいぶ控えめに表現したつもりだ。

 好きな人の前だ。一応俺にも恥じらいってもんがある。

「そうだですよね。やっぱり優しい先輩のいる方が楽しいですね」

 どうやら樋口さんは深く考えなかったらしい。

「それなら演劇部はどうでしょう?確か新入生が欲しいって言ってましたから。とりあえず行ってみますか?」

「はい。あなたとならばどこまでも」

「あははは。おもしろい子ですねぇ」

 笑いながら樋口さんは歩き出す。

 ちっ。かなり本気だったんだが。

「おい、祐介…」

そっと瑞樹がささやく。

「何?」

「あの人、かなり鈍感そうだぞ」

「言うな。俺も薄々感づいてる」

 たぶん樋口さん、平和な人生を送ってきたと思われる。

 おそらく男に迫られたことなどないのだろう(普通、男に迫られる方が稀かもしれないが)

おかげで警戒心はまったくないが、その代わり気持ちを伝えるのもかなり困難だと見た。

しかし俺は引かねーぞ!

そういう相手を落としてこそ、男冥利に尽きるってもんだ!

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恋に恋するお年頃⭐︎ かづき舞 @kadukimai

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