発注者責任

「ここまで作って仕様変更か?」

「そもそも何のためにやってるんだよ」

 社内SEチームから不満が聞こえてくる。空気が重い中、システム開発チームのリーダーである総務部担当者が声を発した。


「それでは、システム開発チームの定例会を始めたいと思います。では、デジタル事業部の田中さん報告をお願いします」

「……はい。当初計画部分については、現在詳細設計中です。再来週にはテストに移行できると思います。また、先日いただいた追加要求については、現在進捗なしです」

 不安な顔をしながら、田中さんは報告した。


「追加要求については、いつまでにリリース出来るんですか?」

 リーダーが強い口調で尋ねる。

「現在SEチームは、それぞれ業務がありながら対応しており、もう残業も法定ギリギリの状態で……」

「でも、こちらはプロジェクトの予算で委託費用をだしているんですよ?」

 リーダーの言葉に、周りにいたSEチームの目が鋭くなる。田中さんはその空気を察し、下を向き黙り込んだ。



「いやいや、こっちだって精一杯やってるんだよ」

「定常の仕事だって大量にある」

「うちらだけではなく、IT部門は普段から人材不足で忙しいんだよ」

 現場も知らない奴が何言ってるんだと言わんばかりに、声があがる。


「そうかもしれませんが、こちらは会社をあげた大規模プロジェクトです。上司に業務負荷の相談をすれば調整が出来るのではないですか?」

「その上司も打ち合わせに出払っていて、喋る機会がねぇんだよ」

 リーダーの提案にすかさず反論が入る。


「みなさんの仕事の進め方に問題があるのではないですか?」

 リーダーの言葉で、重かった空気がピンと張り詰め冷たくなった。気を悪くしたのはSEチームだけではない。田中さんの眼鏡の奥の目はリーダーの横顔をしっかりと捉えていた。


「だから……」

「ITのことがわからず、SEチームを頼りにしてしまうのはわかります」

 SEの一人が発した言葉と、田中さんの言葉が重なる。


「僕も最初はそうでした。ベンダーさんの方が詳しいからと全部丸投げしたことがありました。でも、結局そのシステムは当初の要件を満たしていないものになりました。このとき、リーダーはどちらに責任があると思いますか?」

「契約を結んでいる以上、ベンダーの責任では?」

 リーダーが回答した。

「いいえ。発注した僕の責任です。ベンダーにきちんと仕様を伝えていないから、丸投げにしたからこそ、システムがダメになったんです。同様の事象はよくあることですが、他社では裁判の結果、発注側が損害賠償を支払う例もありました」

「お金を払って、ベンダーが使い物にならないものを作ったのに?」

「ええ、そうです。今回のような大規模プロジェクトはたくさんの関係者がいます。中にはプロジェクトの目的を聞いていない人もいるでしょう。大事なのは発注者である総務部とSEチームが協同してシステムを構築していくことなんです。ITがわからないからと言って任せっきりはもう時代遅れです。今は発注側が構想や計画をしてベンダーを引っ張っていく必要があるんです」

 リーダーは言葉を詰まらせた。


「僕はどちらが悪いとか、そういうのを言いたいのではないです。プロジェクトの目的や業務のわかる総務部とITがわかるSEチームで協同して良いものを作りたいんです」

 田中さんの真剣な語りかけに、部屋が静まり返る。


「大規模プロジェクトでわけもわからない開発チームのリーダーに任命され、それでも成功に導く立場にある。チームメンバーは慢性的な人不足に悩みながらも出来ることをしっかりやっています。お互い違う立場だからこそ、理解しきれないことはあると思いますが、プロジェクトを成功させたい気持ちは同じです。不満はためずに対話で解決していきましょう。僕も掛け橋になれるように、全力を尽くします!」

 田中さんは立ち上がり、深々と頭を下げた。


 顔を上げた時に自身の言動にハッとし、我にかえった。おどおどしている田中さんを横目に、リーダーが発言する。

「確かに、色々と決めつけて発言してしまっていました。申し訳ございません。IT初心者でご迷惑をおかけすると思いますが、プロジェクトの意図や仕様などはしっかりと伝えていきます。これからはコミュニケーションを重視して進めていきたいと思いますので、ご協力をお願いいたします」

「……わかった」

 まだ完全な状態ではないが、先程の嫌な空気はなくなり、田中さんは心の中で小さなガッツポーズをした。





 ◇◇◇

「橋本さん。以前僕に共感力があると言ってくれたよね……ありがとう」


 どうして突然? と思い、田中さんの顔を覗き込んだ。

「何かいいことがあったんですか」

「いや……大したことじゃないんだけど。橋本さんも総務部とSEチームの雰囲気が悪いのは知っているよね。でも、それぞれ頑張っているのを僕は知っているから、それを伝えてみたんだ。そしたら、少しだけみんなで同じ方向を向くことが出来たんだ」

 田中さんは照れ臭そうに笑った。


「どんな小さなことでもいいんです。私はあなたを見ている、考えているという姿勢を示すことが、相手の安心に繋がるんです。信頼はそういう地道で小さなことの積み重ねが大切です。一度それが出来た田中さんは大丈夫です」


 田中さんは眼鏡の奥の目をキラキラさせて、嬉しそうに笑った。私もなんだかとても嬉しくなり、一緒に笑っていた。



 私はもっと自分に出来ることを伝えていこうと決心した。

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再起の天使 〜天界の御加護で元上司に復讐する〜 だいふく @Da1fuku

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