春の終わりの陽気の中で

抹茶風味

陽だまりの中のまどろみ

「ねぇ、あなたはどうしてわたしに声をかけたの?」

寝ぼけた頭をさらさらと細くしなやかな指が撫でている感触に、意識がゆっくりと浮上してくる感覚をとても幸せに感じる。


「わたし、そんなに目立つ方でもないし、あなたはいつも人に囲まれているのに。」

そのカナリアのようなかわいらしい声に聞きほれ、覚醒したことを悟られないように慎重に近くにあるやわらかい体をぎゅっと抱きしめる。


「それはね、あの場にいた誰よりも、春陽はるひを俺が幸せにしたいと思ったからだよ?」

耳もとで囁くとその頬が赤く染まったことを肌で感じる。

関係が深まった今でも、こういううぶな反応がかわいらしくて仕方がない。


「え、え、え!?あゆむいつから起きて!?―――き、聞いてた?」

答える代わりにあたふた逃れようとする体をもう一度ぎゅっとしてから解放する。

乱れた着衣のすそを必死に合わせながら涙目で睨む彼女に、さわやかと気持ち悪いを6:4くらいでミックスした顔でニッコリと挨拶する。


「おはよう、春陽。よく眠れた?」

「―――おはよ、歩。もう昼よ?」







ぽかぽかとした午後の陽気の中で遅い朝食兼昼食の準備をしている彼女はまだ膨れっ面だった。


「ごめんって。寝起きであんまりかわいいこと言ってるからついからかいたくなっちゃって。」

ぶっちょう面で心なしか強くドンっと皿が机に置かれた。

僕たちの朝食はだいたいトーストのソーセージだ。


「-それで?」

わたし、怒ってます!と普段はやわらかいウェーブのかかった黒髪を彼女は逆立てていた。


「さっきのは、どういう意味?」

「さっきのって?」

わかってはいたけども、もうちょっとその反応を見たくてとぼけた振りをする。

できるだけ控えてはいるけども、彼女をからかうのはとても楽しい。


「む~~~ぅ。わ、わたしを、しあわせにしたいって、~~~」

もごもごと頬を染めて口ごもる彼女の頭を伸びあがって机越しにわしゃわしゃとかき混ぜる。


「な、なにするの、―よ。」

「ん?いや、かわいいなーっと思ってね。」

初めて会った時の人を寄せ付けない雰囲気を身に纏っていた、年上の彼女がここまで柔らかくなったのかと思うと感慨深い。


「かっ!?かわいいって、いぅなぁ~。」

照れる彼女は撫でるのをやめようとすると、もっと撫でて!と頭を出してくる。

我慢できなくなって机を回り込み、腕の中に収めて大事に愛でる。





「あの時さ。」

その髪から漂うあまい香りや、包む腕から感じる体温から受け取る幸福感を、少しでもこの愛しい人に返せればいいなと言葉を紡ぐ。


「あの飲み会の席で、一定以上は人を近づけないけど、でも空気は壊さないようにしようと肩ひじ張ってる春陽を見て、この人なら俺をわかってくれるかもしれないと、俺も大事にできるかもってそう思ったんだよね。」

黙っている彼女に不安を覚えて言葉を重ねる。


「ほら、俺って人当りはいいし、いつもみんなの輪の中にいるけどさ、だれにも嫌われたくなくてキャラ作って頑張ってるだけだったからさ。だれかに受け止めて、受け入れて欲しかったんだ。だから、」

さらに言いつのろうと思っていたが、異変を感じて体を離す。

目の端に涙をためてクスクス笑う彼女がそこにいた。


「もぅ。いろいろ言ってたけどわたしに甘えたかっただけじゃない。」

あーおかし、と笑う彼女につられて笑いをこぼす。

こういうなんでもない時間を共有できるかもしれないと思ったあの時の自分は間違っていなかった。


春陽が寄ってきて、頬にチュっと唇の感触を残す。

「わたしもときどき甘えさせてあげるから、あなたもわたしのことをうんっと甘やかして、ね?」

徐々に赤くなる彼女の顔をみて、僕がつのらせる愛おしさは言葉にしてもきっと伝えきれないだろう。

そっと肩を抱き、出てきたばかりの布団へ彼女を誘う。


「え!?ちょ、そういうことじゃなくて!?まだご飯も食べ終わってないし。」

「いいから、いいから。」


ぽすんっと布団に横たえ、広がる髪の中心に唇を落とす。

「まだ、外も明るいし、――ぽかぽかで外出日和だよ?」

「終わったら外に出ればいいよ。」


なんとか言いくるめようとする彼女の、流す冷や汗の一粒さえ愛おしい。

汗の粒を舐めとり、ひゃっと悲鳴を上げる彼女に囁く。


「あいしてる。」

わたしも、と告げられたか細い返答に満足して僕らは布団をかぶる。




僕たちが愛を交わしあうのに満足したのは日が暮れたころだった。

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春の終わりの陽気の中で 抹茶風味 @ryokutyamania

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