みつばち宅急便

@smile_cheese

みつばち宅急便

私の名前は『好き』に『花』と書いて『好花(このか)』と読む。

この名前の通り、私は花が好きだ。

そして、花と同じくらい好きなものがある。

それは恋のお話を聞くこと。

キュンとする話を聞くのが大好きなのだ。

たくさんのお花に囲まれながら、いろんな人たちの恋のお話を聞いてみたい。

そんな子供みたいな理由で、私は二つの好きを仕事にしてしまった。


『恋花(こいばな)』


恋の話を略した呼び方に花を添えた名前だ。

一見、普通の花屋のようにも見えるが、少し違うところがある。

それは、『みつばち宅急便』というサービス。

お客様の恋のお話を聞かせていただき、その物語に合った花を私が選ぶ。

ほとんどのお客様はその花を自分の手で想いを届けたい相手に渡すのだが、中には照れくさかったり、勇気が出ないというお客様もいる。

そんなお客様のために、スタッフが花をお届けするサービスもやっている。

私たちは恋の花を咲かせるお手伝いをするみつばちなのだ。


ある日、お店にやって来たお客様を見て、私はひどく動揺した。

それは、私が片想いをしている男性だった。

数ヵ月前にプレゼント用の花を買ってくれたのが出会いで、完全に一目惚れだった。

それからも何度か花を買いにきてくれて、私の想いは日に日に強くなっていった。

けれど、この恋が叶わないことは分かっていた。

彼が買った花を受け取る相手がいるからだ。

そんな彼が初めて『みつばち宅急便』を申し込んだ。

これまでも花は買ってくれていたが、今回は特別な想いを込めて渡したいのだろう。

結婚のプロポーズだろうか。

彼が好きになった相手とは一体どんな人なのだろう。

私は彼の話を半分上の空で聞いていた。

選んだ花をどうするか彼に尋ねた。

彼は出来れば私に届けて欲しいと言った。

自分で手渡す勇気が出ず、せめて話を聞いてくれた私に届けて欲しいらしい。

その選択は私にとって残酷だったが、何も知らない彼には関係のないことだ。

花を届ける約束をすると、彼は嬉しそうにお店を出ていった。

彼を見送った後、私は花を選ぶことにした。

ここで私はお店のルールを破ってしまう。

お客様の物語ではなく、私自信の気持ちを込めてしまったのだ。


私が選んだ花は『リナリア』の花。

姫金魚草とも呼ばれる春の花で、私はこの花が大好きだった。


後日、指定されたマンションに到着した。

このサービスを始めて何年か経つけれど、こんな気持ちになったのは初めてだった。

私は震える指で部屋のインターフォンを鳴らした。

玄関の扉を開けて出てきたのは彼だった。

なるほど。同棲相手へのサプライズということか。

私はうつむいたまま彼に花を手渡すと逃げるようにその場を立ち去ろうとした。

すると、すぐに彼に引き止められた。

少し照れくさそうにしている彼が私にリナリアの花を差し出す。

私には何が起こったのか分からなかった。


「この花は好花さん、あなたへのプレゼントです。僕はあなたのことが好きです」


彼が私の気持ちに気がつかなかったのと同じように、私も彼の気持ちに気がついていなかったのだ。

お店で花を買ってくれていたのは、私と話をするきっかけが欲しかったということらしい。

私がルールを破ってまで選んだ花は、結果として彼の物語にぴたりとはまったのだった。


『リナリア』の花言葉、



『この恋に気づいて』



完。

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