正義の味方⑤
あの子がまた、留学として短期間ではあるが旅立ったらしい。いつもの友人が朝一番にどこで仕入れてきたか分からない情報を教えてくれた。
今までは、「ああ、そうか…」と素直に受け入れられたかもしれない。だが、最近関わることが増えたせいか、遠い世界へ行ってしまうようで、物理的にも精神的にも。思えばあの子とは友達と呼べる程近い距離には居ないのだと、ひどく落ち込んだ。ぐさりと鉛のような重く鋭い痛みがじわじわと全身に広がっていく。なんて遠いのだろう。なんでこんな遠いのにヒーロー気取りなんてしていたのだろう。少なくとも卒業までには会える機会があるはずなのに、絶望に近い現状に、炎天下のなか俺は倒れた。
「点滴でも打つ?」
フッと柔らかな意識が戻る。頭はまだ回らず、ぼーっと見慣れない天井を眺めていると、俺が起きたのに気付いた友人が珍しく少し呆れたように言った。その声に先生が近付いてきて、心配そうに悪いところはないか聞いてきた。友人よ、少しは心配してくれたら嬉しいんだが。
「下手に帰すと怖いし、今日は下校時間まで寝てなさい」
「へーい…」
うまく舌が回らなくて間抜けな声が出ると友人は吹き出した。聞こえたぞ今の。
「今、何時間目?」
寝起きで少し掠れた声で友人に聞くと、
「四時間目。ちなみに自習中ね」
先生には許可もらってまーすと腕を上に伸ばしながら返ってくる言葉のあたたかさに、「…ありがと」というと「もちのろーん」と歯を見せて笑う姿に何度救われたか。
「で、あの子が恋しいって?青春じゃーん」
「っちょ」
唐突な地雷に俺は吹っ飛ばされた。軽くむせながら友人を睨むがちっとも迫力は無かったようで、けらけらと笑われてしまう。
「こらーうるさいよー」
「すんませーん」
カーテン越しにすかさず声が飛んできた。ああ、顔が熱い。
「オレはお前が羨ましいよ」
「は?」
これまた唐突に、今度は茶化したりふざけたりしていない、静かな独白のようだった。
友人は窓の外の方を見ていて、どんな顔をしているのか、どんな瞳で何を見ているのか、こんなにもこいつが何を考えているのか分からないのは初めてだ。
「羨ましいって、なに…」
「言葉の通りだよ」
まだ陽も真上にあるのに、どこか逆光をあびているかのよう。
問い詰めることも出来る気がしたが、そうしたら何かが壊れて変わってしまう、そんな感覚。
「変わるのが怖くてさ」
ドキ、と嫌な胸の跳ね方をした。
「…お前のそういうとこ、ちょっと怖いよ」
「あは、よく言われる」
ようやくこちらを向いた顔は電気をつけた部屋のように、いつも通り、そんな顔をしていた。さく、と何かが刺さる音を聞いた気がする。それは俺かこいつか、どちらかの痛みなのだろうとなんとなく思って俺も、いつも通りを演じた。
正義の味方 青木はじめ @hajime_aoki
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