正義の味方④ 2話

 努力は裏切らない。そんな言葉、誰が言い出したのかと俺はひねくれているのか素直に頷けなかった五秒前。休み時間に職員室に出向いて十秒前。

「赤点回避だ、おめでとう加藤」

「へっ」

 努力は裏切らなかった。

 あの子と文房具屋へ行って鼻血を出した次の日から、あの子とお見知り置きになりたくて毎日放課後図書室にてあの小柄な姿を探しつつ勉強をした成果が出た。一週間程しか経ってないけれど。ぶわわわと泡が吹きこぼれるかのように強めのガッツポーズで天井を仰げば、今しがた解答用紙を渡してきた担任の先生が苦笑いをした。否、職員室にいる先生のほとんどが笑っていた気がする。さて、走る準備は出来たぞ。

「え!おめでとうございます!」

「えへ」

 えへってなんだえへって。

 帰宅部だが持久力には自信があるため、職員室がある一階から教室のある三階まで階段二段飛ばして駆けつけた隣のクラス。休み時間なので教室にいるかは分からなかったが、階段をのぼりきるとちょうど教室を出るあの子が見えて更にスピードをあげた。ちょうど目が合った半径二メートル、走ってきたものではない息切れが邪魔をするが、なんとかはたから見たら落ち着いているようにつとめて先程の職員室での結果をほぼ単語だけで報告した。

「勉強教えてくれたおかげだよ、ありがとう」

「いえいえ!教科書にかいてあった事を噛み砕いて説明しただけですし…」

 突然走って現れた俺に驚きながらも褒められたことに頬を桃色に染めてもじもじと目を逸らして手遊びする姿はいじらしく可愛らしい。

「謙遜なんかしないで。本当に助かったんだ」

 そう、自分でも驚くくらい優しい声が出て、また脳内のやかましい友人が、

「おやおや青春ですかあ?優しい声色で懐柔ですかあ〜?」

 脳内から出るな。と笑みが引きつった。某アニメの雷の呼吸を使う黄色い奴みたく充血した目に顔と声と存在がやかましい。フッと一呼吸置いてから、やかましいのは無視してそろそろ休み時間も終わるだろうと、友人の登場に戸惑っていたあの子を教室に帰すと斜め後ろで呪詛を唱えていた友人を強力デコピンして俺も教室に戻った。

 

 side...

 

 オレの友達は神から二物も三物も貰ったような人間だ。学校が違ければ学年トップも目じゃない、だけどヤマを外して再テストにぶち当たってしまうドジさもあるし、無意識に道路側を歩くような紳士さがあると思いきや好きな子には自分からは話しかけられないような初心さもある。初対面でも、あ、こいつモテるなと思うような魅力的な奴だ。

 そんな友達がいることがオレの誇りでもあり、大きな壁でもある。

 あいつを初めて見た時は学校見学の時。外部受験組とエスカレーター式は別々に行動していて、たまに移動の際にすれ違うくらいで、人間を観察する癖が強いオレは外部受験組の奴らを横目でしょっちゅう眺めていた。その中に一人だけぼーっと少し面倒そうに後方を歩くイケメンがいて二度見した。数年前に改築されて作られた、下駄箱の横にある通称シンデレラ階段が有名で、受験は難しいけど校舎は見てみたい受験生がいるのは毎年らしく、彼もそんな感じなのかな、と思いながら吹き抜けのホールの一階を通り過ぎる姿にデジャヴを感じた。そして、すぐ一致した。彼女だ。中等部で一緒のクラスだったが、めちゃくちゃ美少女で高嶺の花的な存在。あまり学校やらイベントが好きではない印象であり、見学も乗り気ではないようで彼女も後方でとぼとぼと歩いていた。チラッと後方へ目線を変えようと瞳を動かす途中で、イケメンくんがこちらをじっと見ているのが見えた。嫌な予感がして、胸元をシワが出来るくらいギュッと掴んだ。

 そして入学、まさかのイケメンくん、彼と同じクラスになり、席も近かったことからすぐ仲良くなった。仲良くなれて嬉しいのに、何故だかいつも黒くて闇のようなトンネルの中を何かを抱きながら歩いている気分。って伝わらないな、うん。勿論彼のことは好きだ。でも、怖いことがある。よく分からないけれど。否、分かりたくない。彼が目で追うターゲットが誰かだなんて。

 お前なんかに渡さない。とかカッコつけた言葉なんて有り得ない。中等部で出会ってから顔見知り程度で何もアクションをしなかったオレが何か言えるわけもない。そんなオレを置いて彼達は進んで行くんだろう、オレを置いて。あの時声をかければよかった。だなんて後悔と共に生きている。もう無理だよな。ファーストペンギンにはなれなかった。それなら、我が親愛なる彼へ、愛しいと言えなかった彼女へ。こればっかりは、自分の人間観察の癖が憎くて堪らなくなった。


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