ゴーストのモンタージュ

千本松由季/YouTuber

ゴーストのモンタージュ

 あそこが撮影現場。丘の上。潤(じゅん)は芝生を駆け上がる。絶対幽霊のいそうな古い洋館。

 ドアが軋んで開く。埃の匂い。人影はない。携帯を見る。まだ早い。

 二階から薄レモン色の日が差している。ネズミの齧るような、ハトの走るような、微かな音がする。潤は急な螺旋階段を慎重に上がる。


 寝室をこっそり覗く。男が腕立て伏せをしてる。規則正しく筋肉が動く。初めて見る潤のヒーロー。本物の元章(もとあき)だ。彼の鍛えた身体。潤は全部記憶してる。

 元章は一番売れてる男性ファッション・モデル。彼の写真はネットにたくさんある。潤は彼のポーズや表情を盗む。でも潤はまだ若いし細いし。


 階下に人々の足音が響く。撮影隊の到着だ。一階はレストランになっている。窓を全部開け放つ。カーテンが踊る。海が近い。

 

 潤はスタイリストに衣装を渡される。初めてのタキシード。シャツのボタンが留められない。

 元章が見かねて潤のボウタイを結ぶ。大きな手。大人の男の。顔が近過ぎる。知らないコロンの香り。


 pcで、撮った写真を見る。モンタージュで二人共ゴーストみたいに半透明に写ってる。古い写真に見えるように作為的に作った傷や染み。


 潤のエージェンシーの社長が来た。休憩になって潤と元章は社長と一緒にバーカウンターに座る。社長と元章は知り合いらしい。

「バーが開いたら少し飲もう」

元章が言う。そして潤に聞く。

「君、いくつ?」

「17です」

「全然だめだな」


 社長は、誰かの見舞いに来ていて、うつで入院していた潤をスカウトした。たった数ヵ月前のこと。

 潤の母に持たされた抗不安剤がポケットに入ってる。オレンジ色の。

 元章は社長の隣にいる。社長も元モデルだから今でもイケメン。時々元章のタキシードの肩が社長に触れるのが見える。


 まだたくさんある。潤の知らないこと。 

 

 潤はさっきの写真を見た。100年前に死んだ自分のゴースト。

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