16 弟子
「うさぎに手を出されかけたんでしょぉ?」
「うっ」
キャッツアイに荷物を手渡して開口一番聞かれたのは、一番聞かれたくない事だった。思わず変な声が出たが、キャッツアイは気にする様子もなく紙袋の中を確かめて小さく頷く。
「2号を行かせて正解だったわねぇ。じゃ、部屋に入っていいわよぉ」
どうやら中身はきちんと揃っていたらしい。それにほっと胸を撫で下ろしながら彼女の部屋に入る。白と淡いピンクで統一された部屋は、魔女の部屋というより普通の可愛い女の子の部屋という印象を与える。そこに居心地悪そうに座る男が2人。1人は初めてキャッツアイの訓練を受けた時に協力してくれた風間レイだ。そしてもう1人。
「蒼真くんがなんでここに?」
先程うさぎの店で別れたばかりの元クラスメイトの姿がそこにあった。いくら先に店を出たからといっても車で送ってもらった私より先に事務所に着いているのは一体どういうことなのだろうか。
「2号だから」
2号、ということは彼も魔女の弟子ということなのだろうか。UHM庁を目指していたのにUHMに弟子入りするのはどうしてなのだろう。疑問は湧いたが今は他の人の事情よりも自分の実力を上げることに率先すべきだろう。そのために魔女の弟子になったのだ。
「まず、3号。あなた携帯持ってなかったわよねぇ?」
「え?いや、携帯なら持ってますよ」
そう言ってポケットにいつも入れている液晶タイプの携帯を取り出す。このタイプは結構古いモデルだが、表面のほぼ全てが画面になっているので使いやすいし最新モデルよりずっと安いので私はずっと愛用している。その代わり画面が割れやすいのが欠点なのだが。
「あぁ、そのタイプじゃなくてこっちよぉ」
キャッツアイは私の右腕を少しだけ持ち上げると、ゴソゴソと何かを付ける。ヒヤッと金属独特の感覚に目を向けるとそこには最新モデルの腕時計型携帯端末が付けられていた。パッと画面が視界とリンクする。確か脳波にアクセスする特殊な電磁波で、視界に携帯の画面表示が出るとかそういうやつだったはず。
「これ、私からのプレゼントよぉ。カテリシカに頼んで頑丈にしてもらっているのとぉ……ちょっと右上あたりに出てる表記読み上げてみて」
「右上?えーっと、1000/1000です」
「それがあなたの今保有しているコアエネルギー数値と限界量よぉ。さすがタンクってあだ名が付けられるだけあるわねぇ」
褒められている、が基準の数値がわからないので正直どのくらい凄いのかはわからない。しかし視界に電子的な数字が表示されているのは中々違和感がある。慣れるまで時間がかかりそうだ。
「ちなみに平均値はどのくらいなんですか?」
「平均値、平均値ねぇ……。正直個体差が大きいから平均って言われても困るのよねぇ。そうねぇ、私の限界量が400って言ったら3号の規格外さがわかりやすいかしら」
キャッツアイの倍以上。そう考えるとなるほど確かに自分の貯めれる量の凄さはわかった。でも、使えないと意味が無いのだ。使いすぎて肝心な時にエネルギーの譲渡が出来ないのも問題だが、危険な場所で足でまといになり続けるのは嫌だ。ぐっと握りこぶしを作り覚悟を決める。そしてキャッツアイに深く頭を下げた。
「私に戦い方を教えてください!」
「そう、まあ3号が頼まなくても叩き込むつもりだったけど、やる気があるほうが身につきやすいからねぇ。いいわよ、顔を上げて」
「ありがとうございまっ」
お礼を言おうとした時、ピタリと人差し指で中途半端に上げた額を押さえられた。妙なぬるつきに思わず声が止まる。鉄の匂い。ぬるい液体がゆっくり額から鼻を伝って口の僅かな隙間から口内に入る。
「De mo es De mo me Do du sang」
キャッツアイがなにか呪文を唱えると一瞬だけ額が熱くなった。思わず目をぎゅっとつぶる。一体これがなんの魔法かはわからない。若干の恐怖を覚えながらゆるゆると目を開けると、存外機嫌のよさそうなキャッツアイと目が合った。気が付くと顔を流れていたはずの血がなくなっている。しかし、口の中には鉄臭い味が残ったままだった。
「えっと、今のは?」
「正式に弟子にする時の儀式的魔法よぉ。まあ3号の体にはなんの変化も起きないから安心してねぇ」
「は……はぁ」
思わずぺたぺたと自分の体や顔を触ってみるがどこにも違和感がない。彼女の言うことに嘘はないらしい。事務所に就職した時や能力を手に入れた時のようになんだか実感がわかない。実感がわかないけど、私は今から魔女の弟子なのだ。
ぼんやりと考え事をする私を横目にキャッツアイは床を爪先で3度叩いた。するといきなり眩すぎる光が辺りを包み、同時に体が浮き上がるような独特な感覚に襲われた。確かこの感覚は最初の訓練の時に体験した……。正確に思い出す前に意識は遠のいていった。
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