4 魔法訓練

 ビルでの仕事の日を境に、私にUHMとは何たるかを教える為の先生が日替わりでつくようになった。私の能力は使えるが、無知過ぎると危険な場所や込み入った仕事の時連れて行けないからだそうだ。正直連れていかないでほしいし勘弁してほしい。


「今日は私が教える日ね。よろしく、子ネズミちゃん」


「あはは……お手柔らかにお願いします」


 ニンマリと嫌な笑みを浮かべるのはキャッツアイと呼ばれる少女だ。なんでも、彼女は魔女狩りの時代を生き抜いた本物の魔女らしい。それが本当かどうかはわからないが、本物の猫耳や尻尾が生えている所から人間ではないことは確実だ。というか、猫の見た目をした少女にネズミと呼ばれるのは非常に嫌な予感しかしない。


「今日はぁ、身を守るための魔法の授業をしてあげまぁす」


「魔法……!私にも使えるの?」


「使えるように教えるのが私の今日の仕事なの。地べた這いずっても、体がバラバラになっても覚えてもらうから」


 彼女の言葉には凄みがある。というか体がバラバラになったら覚える前に死ぬのではないのだろうか。


「というわけでぇ、今日の授業には協力してくれる特別ゲストもいまぁす。ここでやる訳にはいかないから場所、うつすよ」


 言い終わるなり彼女は私の腕をがっしりと掴んできた。同時に床にいかにもな魔法陣が浮かび上がる。あっ、これは転送魔法ってやつかなと思った瞬間目が眩む程の光と重力がめちゃめちゃになる感覚に飲まれていった。




「起きろよ、ボンクラ」


 頬を軽く叩かれる感覚に意識がゆっくり浮上する。土の匂いがする……。視界に広がるのはちっとも心配してなさそうなキャッツアイの顔と青空。


「……ここは?」


「私が訓練用に作った仮想空間よ。ここなら何しても大丈夫だし、首が飛んだとしても現実の体は傷つかないから死なないわ」


「よくわからない……」


「現実の体をベースにコピーを作ってそこに意識を定着させてるの。いわば完璧なバーチャルリアリティってところね」


 体を起こして辺りを見渡すが、一面土色の荒野だ。体の感覚はしっかりある。死なないとは言っていたが、痛覚があるのはいただけない。


「さ、立ち上がって。魔道防壁の作り方を教えるわ」


 魔法とは自分にあるコアエネルギーを循環させ、通常ではありえない現象を起こすことらしい。発動させるのには特定の呪文を使うか、魔法陣を使うかのどちらかになるらしい。


「準備する余裕がある時は魔法陣を用意した方がいいわ。呪文は少し間違えるだけで上手く発動しないからね」


「なるほど……」


「今日は特別に陣は用意してあげたわ。エネルギーを循環させる感覚を掴んでちょうだい」


 彼女が踵を鳴らすと私が倒れていたところを中心に魔法陣が浮かび上がった。


「足を肩幅に開いて地面と自分が繋がるようにエネルギーを流すイメージをして」


 言われた通りイメージする。すると目の前に透明な壁のようなものが生えてきた。これが魔道防壁なのだろうか。足が少しビリビリするような感覚がある。


「いい感じよ、そのまま両手を壁の方に向けてエネルギーをそこから送り込むの」


「は、はい!」


 ぐっと両手に力を入れると手にもチリチリとした痛みがはしる。そこでふと思い出した。ここに来る前に彼女が言っていた言葉。特別ゲスト。


「あ、あの、特別ゲストって……」


「ん?あぁ、やっぱり訓練って緊張感がある方が身が入るでしょ?」


「まさか……」


「攻撃、してもらわないと強度キープする訓練にならないかなって」


 ゆっくり彼女は私の背後に移動する。


「大丈夫、あなたが頑張れば済む話だから」


「あ、悪魔だ……!」


「ワンちゃん、聞こえる?こっちは準備出来たわよ」


『き、聞こえてる。実弾訓練準備完了、目標確認済み。迷彩術式解除、爆裂術式起動準備……トリガー1解除、目標夏八木桜子、魔道防壁確認、防壁破壊術式を起動する』


 頭に直接響いてくる無線機越しのような声。しかしその声には確かに聞き覚えがあった。雷呀だ。あのおどおどしていて人相は悪いけど、人は良いあの人だ。魔道防壁なんて初めて使う人になんだか恐ろしい攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気に咄嗟に声をかけた。


「つ、蕾さん!お手柔らかに!お手柔らかにお願いします!」


『あ、あぁー。蕾ね、蕾。俺は違うよ。俺はあれになれない。見た目とできることを真似てるだけ。だからお手柔らかには出来ない。そこにいる俺の師匠にも叱られちゃうしね。悪いけど撃つよ、どうしようもなく、なす術もなく死なないために気をはれよ』


 えっ?どういうこと?という声が出る前に、猛烈な爆風と閃光が目の前で炸裂した。目の前の透明な壁は持ち堪えこそしたが、ヒビが入ったらしく砂埃が僅かに吹き込んでくる。同時にどっと汗が出た。紛れもない恐怖によってだ。大体今までこんな世界とは関わりのなかった人間をいきなり過酷な状況に置きすぎだろう。普通にあれは死ぬレベルのやつだった。間違いなく。この際特別ゲストなる人物が誰だろうと関係ない。とにかく私が今出来ることは、死なないこと。ただそれだけだ。例えバーチャルな世界だったとしても、痛みもあるんだから死にたくなんてない。


『次弾装填、火炎術式起動。あーくそめんどくせぇ、トリガー1解除。防壁破壊術式2段階起動準備……』


 遠くでキラっと光るスコープの反射に覚悟を決めた。




 恐ろしい魔女とその手下の訓練によって手に入れたのは、ある程度の強度がある魔道防壁と土の味の知識だ。後者は知らなくてもよかった。


 とりあえず力量は認めてもらえたらしく訓練は今やっと終了した。キャッツアイの魔法によって出現したパラソル付きの机に洒落た細工付きの椅子……もう何も驚かないぞ。


「あとはティーセットがあれば完璧ねぇ」


『待って、まだ食べてない?まだ食べないで、俺が着くまで食べるべからず、食べることは許さない、許されないからな!』


 無線機のように聞こえる声は通信魔法というらしい。これは難しいから教えるのはまだ先になるそうだ。


 キャッツアイの指先が机の上を円を書くようになぞると、見事なティーセットがまるで生えるように現れた。と同時に遠くから半裸の男が走ってくるのが見えた。


「半裸だ……」


「半裸ね」


 思わず声に出ていたが、それはキャッツアイも同じだったらしい。しかしよく見ると袖口や襟など中途半端にシャツだったものの残骸が見える。そして近づいてきてやっと誰かわかった。彼は風間レイだ。いつも突拍子もない行動を取り、よくケイトに怒鳴られている掴みどころのない変人。


「間に合ったか、間に合ったようだな、間に合ったね?」


 肩で息をしながら満面の笑みを崩さずキャッツアイと私を交互に見てくる。先程まで私に殺さんばかりの攻撃を仕掛けてきた人と同一人物とはとても思えない。その上彼の声はどちらかというと男にしては高い方なので、重低音の蕾とは似ても似つかない。なのにどうして間違えたのだろうか。


「色々聞きたいことあるでしょ?お茶しながら話そっか」




「変身魔法?」


「そういうこと。これは俺だけの特権的特許的能力とも言える。けど、代償も大きい、無視出来ない程度には」


 ケーキを手掴みで食べながらレイは続ける。


「変身した相手の記憶、能力、考え、生き方、個性、全てが頭に入ってくるから俺自身の脳は少しかなりまあまあ削れる。物理的ではないけど、記憶とか俺自身がすり減る。喋り方、動き方、食べ方、色々忘れる」


 それは、使ってはいけない魔法なのではないのか。そんな言葉が喉まで出かかって止まった。レイの視線はケーキを通り越して沈んでいるようにも思えた。彼の魔法は確かに有能だ。それに代償があることも彼は知ってる。知った上で使っているのだ。


「変身魔法の特徴はぁ、魔力量は変わらないってところね。例えばさっきまで彼には軍犬ちゃんになってもらってたけど、彼はあのレベルの魔法は撃てないのよ」


「え?じゃあどうしてわざわざ蕾さんになってたんですか?」


「これが結構変な話でね、雷呀蕾は魔力量的に使えない魔法を使用する権限と知識を持ってるの」


「権限……?」


 キャッツアイは紅茶に角砂糖を入れてかき混ぜながら掻い摘んで魔法について教えてくれた。


 魔法を使うのに必要なものは、魔力、センス、知識、そして権限の4つだと。センスと権限は生まれつきのものでそう簡単に手にはいるものではないという。センスは知識と魔力さえあればなんとかなくても魔法を発動することは出来る。ただ、権限は別だ。権限がないものは他がどれだけ優れていようと使えない魔法は使えない。そして自然と権限を多く保有しているものの力は強いということ。


「でもねぇ、この法則に当てはまるのはあくまでこの世界の者だけなの」


「えっと、急に話が見えなく……いや、結構前からわからないんですけど。この世界って……随分スケールが大きいですね」


 思わず苦笑いを浮かべる私に、キャッツアイは不気味なくらい静かに笑みだけを返す。つまり世界規模の話は例えでもジョークでもないという事だ。彼女は本気で異世界もあるという前提で話している。


「ねえ、もしこの世界の外から来た恐ろしい怪物が世界を滅ぼそうとしていたらどうやって倒す?」




 キャッツアイから解放された私は疲れもあるので亜美さんに一声かけて自室に戻った。よろよろとベットに転がり込み、天井をぼんやり眺める。なんだか色んなことがありすぎた。体は重だるいのに、最後の質問が頭に妙に残って離れない。レイもまた突拍子もない話にぼんやりと耳を傾けていたようだが、彼はあの時どんな顔をしていただろうか。


「うあーーーわっかんない!ねる!」


 考えるのは苦手ではない。でも規模が大きすぎる話は別だ。

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