第16話 旅の終わり、そして始まり

 その日は街道わきの林の中で一泊した。乗り合い馬車ではないのでナナカマドまでは二、三日かかるだろう。夜更けに一頭の魔鹿がやってきて、俺たちを見るとついっとそっぽをむいて去っていった。肉食の魔獣でなくてよかった。

 幸い、街道沿いの村は豊かであったので二泊目は小さいがちゃんとした宿の部屋に泊まることができた。夫婦者なので一室。クレイは物置で荷物番だ。こちらはこちらで夜間にゴーレムと荷物を狙った盗人が現れるという騒動があった。起こされて見に行けばぐるぐるにしばられた盗人と、どこか得意そうなクレイと、困惑しきった顔の女将がいた。やがて村長がやってきて、事態を理解すると盗人を監禁するよう命じた。

「さすがにかばいきれんぞ」

 村長は女将にそういった。憔悴した様子の女将は力なくうなずく。

「わかっております」

 盗人がなにごとか泣き言を言いだしたが、女将は連れて行くよう厳命した。馬鹿な若者は村で唯一外からだけ鍵のあけられる部屋へと連行されていった。彼らがどういう関係かはおおむね容易に察する事ができた。

「油断できないのは一緒ね」

 イトスギは苦笑していた。女将はおわびに宿代はいいといったが、少し考えて半額を押し付け、受け取りを書かせた。彼女の恨みがましい目は割合長く覚えていることになる。

 翌日、再び徒歩でナナカマドの町を目指す。遠くにその偉容は見えており、途中、最後の傾向食料で昼食をとって午後遅めに到着した。広場のにぎわいはかわらない。

 以前とまった有尾人の宿に投宿する。受付の子供にしか見えない女将は俺たちのことを覚えていないようであった。同じ台詞、同じやりとりをやってようやく思い出し、またきししと笑った。

「ごひいき、ありがとうね。夕食の案内は別にいいね」

「ちょっと贅沢したいんだけど、追い出されない程度にいい店ないかな」

 彼女は俺たちを交互に見てまたきしきし笑った。

「まあまあの店があるよ。あたしも贅沢したいときにいく店さ」

 音楽と、適度な暗がりと、そして堅くはないがむやみにふかふかもしてない椅子。

 そんな店だった。給仕も居酒屋のような感じではなく、静かではあるが気取った感じでもない。

「悪くないわね」

 錫の杯をふれあわせ、乾杯をしてからイトスギが満足そうに微笑んだ。そういえば、彼女は以前はほとんど笑わなかったな。

「明日は古書店にいく。これが最後かもしれないし、楽しんでくれ」

「お別れになると思うの? 」

「ならないとしても、今までと同じではいられなくなるかもしれない」

 いやだというだろうか、そんなのことにならないよう祈るだろうか。予想はあっさり裏切られた。

「そうね、そのときはそのときね。今を楽しみましょう」

「あっさりしたもんだな。とうとう愛想つかされたかな」

「いじけないいじけない。あなたのことはとっても好きよ。嘘でも偽りでもない。まずはそれでいいじゃない」

 刹那的だな、と思った俺は、重ねた手の力に考えをあらためた。震えているじゃないか。それでも泣き言を言わず立ち向かう彼女の覚悟に俺は恥じ入った。

 寝不足のまま俺たちは宿を引き払った。古書店は前とかわらう、静かにたたずんでいる。

 ドアに手をかけようとすると、中から開かれ、見覚えのあるゴーレムが顔を出した。腕が一本、色合いと形状が異なる。

「ひさしぶり。無事に戻れたようだね」

 ゴーレムはうなずいた。そして丁重なものごしで中へどうぞという仕草をした。

 黴臭い本棚の列の奥のほうに明るい場所が見えている。封印書庫の前に小さなテーブルをおいて、カンテラをおいてあるのだ。そしてあの老婆が無表情に待っていた。

「よくぞ戻られた」

「ちゃんと回ったかわかるものなのだな」

「うちのバックヤードにもコンソールはあるからの。本の迷宮など、二回もいっておるではないか。おかげでそこのクレイにも資格ができた」

「ゴーレムにも? 」

「おぬしら三人、出自は似たようなものじゃろう」

 それは、気付いていた。

「なあ、これ成功したの俺が初めてじゃないだろう」

「いや、お前さんが最初じゃよ。歴代のお前さんの中ではな」

 そういう意味か。

「イトスギの原型になった人は? 」

「彼女はだいぶ前にここを通った」

「問題はおきないのか? 」

「わからんが資格はある。たぶん大丈夫じゃろう」

 何やら無責任だな。

「ゴーレムで入ったものはいるのか」

「おるよ。クレイとやら、そちの同胞たちじゃ」

「なんと。みんなどこへ消えたかと思えばここなのですか」

「ああ、全部ではないぞ。半分少しかの。あとは肉体を変えてこちらにとどまった」

 どうする。そなたもその選択はできるぞ。と老婆はクレイをじっと見る。

「先ほどからきいていると、ここに入るともう戻れないようだが間違ってるか? 」

 俺はきいてみた。老婆は否定しなかった。

「戻ってきたものはおらんのう」

「残ったのはクレイの同胞たちだけかい? 」

「いや、放浪者であることをやめて普通の住民となって天寿を全うしたものも多い」

「彼らはなぜその選択をしたのだ? 」

 老婆はにやあっと笑った。

「お主はほぼ理解しているのではないか? 」

 漠然とだが、理解はしていた。だからこそ昨晩は名残を惜しんだのだ。この先に行けば俺は俺であるが、同時に俺だけではなくなる。本当はもっと複雑なのだが不正確を恐れず簡単にいうとそうだ。

「クレイ、どうする? こちらにとどまるならクロニスが喜ぶぞ」

「なぜそこでクロニス様の名前が出てくるのですか」

「お似合いだからかな」

 からかうと、彼は顔をそむけて知りませんと機嫌をそこねた。

「さて、そろそろあけるぞ。入るか特典を選んでとどまるか決めてくれい」

 老婆がそういうと、書庫の扉は光を放ちながらゆっくり動き始めた。


 傭兵隊長は依頼主の部屋の前で一声かけた。

「アルフェリスです」

「まってたよ。入ってくれ」

 エド、となのっていたほうの兵士が、今はきらきらした服装でくつろいでいた。椅子には身重らしい女性が一人。その顔見て彼女はおどろきを禁じ得なかった。

「イトちゃん」

 イトスギだった。ではトネリコもいるのか、腹の子の父親は彼なのか。

「トネリコ殿はいない」

 エドが説明した。

「だが、この子の父親は彼で間違いなしい」

「身重の女を置いてどこへむかったのです」

 さすがに怒りをたたえた言葉にイトスギはにっこり微笑んだ。

「これは私の選択です。彼が側にいてくれようというのを拒んだのも私です」

「いったい、何が」

「信じられない話だよ。だが、私は信じることにした。ついてはアルフェリス。彼女を君の祖父のところに送ってくれないか」

「殿下がなぜ祖父のことを」

「魔人であることも知ってるよ。彼らは魔力で老いないんだってね」

「祖父に最後にあったのはものごころつかないころです。生き死にも知りません。なによりあの人がいるのは魔獣のうろつく森の中。そんな危険なところに身重のひとを連れて行けるわけがないではないですか」

「あの人、こっそりちょくちょくでかけているらしいぞ。話もつけた」

 あの山奥では不足するものもあるのだろう。そんなところに物好きを集めてすんでいるとは。

「せめて、産後落ち着いてからではいけないの? 」

「だめみたい」

 イトスギは身分証のペンダントを出してサイドテーブルの石盤においた。あらかじめそうするつもりで用意していたようだ。

「ここ見て」

 指差された場所を読んだアルフェリスは眉間に皺をよせた。

「王族なの? 」

「現王との関係のところを見て」

 アルフェリスの眉間の皺が深くなる。

「これはありえないわ。これだとあなたいくつになるのよ」

「数え方によっては一桁です」

「からかわないで」

「信じられないだろうが、本当だ。だからあれくらいの魔境でないと駄目だ。そうでないと彼女は島の寺院に送られる。事実上の幽閉だ」

「まだ帝国にいくほうがましだわ」

「あちらの宰相にもたぶん目をつけられてるのよ」

「イトスギ、あなたなにやらかしたの? 」

「その話は旅の楽しみにしてはどうかな。どうやら、もう一人の道連れがきたようだ」

 遠慮のない足音とともにこれまた遠慮のないノック。返事もまたずにがらっとあけてはいってきたのは耳も切れ、髪は半分やけどで失われた筋肉質の老人だった。その顔を見た二人の女は同時に一つの名前をつぶやいた。

「トネリコ」

「の、兄貴ってところかな。放浪者であることをやめたときからナビゲーターも使えず、記憶も人並みに風化してあまり覚えていないが、元は同じだ」

 アルフェリスは腰がくだける思いだった。トネリコにえにしを強く感じていたわけだ。

「アシタバだ。俺も最初はトネリコとなのっていた。相方はあんたみたいなべっぴんじゃなく、嫌みな魔法使いで策士だったがな」

「その人は? 」

「さすがに死んだよ。潔いもんだった」

 そして老人は孫の前にかがみこみ、その顔を見てにっこり笑った。

「じいちゃん似にそだったな。しかお美人だ。あんまりかわいかったからすぐどこかに嫁いでしまうかと思ったが、跡を継いでくれるとはうれしいぞ」

「いま、なんと」

「そのへんを含めて、旅の無聊の慰めに話してやろう」

「そして、私はもう一人のトネリコの話しをあなたがたにすればよいのですね」

「楽しいたびになりそうじゃないかね」

 エドがうらやましそうに、しかし祝福の笑みをたたえてそういった。


「おはようございます。メンテナンスは無事完了しました。今回の処置リストは送ってあるのであとで確認してください」

 まだぼんやりしている。長く仮想世界でバカンスを楽しんでいたせいだ。ベッドの上には入院時にきてきた背広一式がクリーニングされ、きれいにたたまれて積まれている。サイドテーブルには財布や腕輪端末。端末を腕にはめてモニターを出すとちょっとした既視感にとらわれる。俺はこれを覚えているぞ。

「おはようございます。ご不在の一年と七時間の間にメッセージが七十二件はいっております。また、本日の予定として、以下の買い物がスケジュールされています」

 元気な少女の声で端末が買い物リストを読み上げる。一年あける我が家はいろいろ処分して不用意に帰宅すると困るだろうと仕込んでおいたものだ。

 着替えながら姿見を見ると、毛一本ない変な自分の顔がうつっていた。見慣れた顔なのにそのせいかどうもしっくりこない。

 だが、明日から仕事に復帰だ。この見かけは買い物リストにあるメンテナンス退院者向けの鬘セットでのりきるしかないだろう。

 ヒュイヒュイヒュイヒュイ……。

 どこかで警報がなっている?

「一時停止」

 俺は俺であることを一時停止した。認識範囲が無数の情報が霧のようにふわふわする空間に変ずる。

「状況」

「母星にフレア発生。ユニット全数退避。十三機に作業続行に支障のある損傷」

 俺の声が答える。認識の範囲に岩をまとって防壁とした小惑星の姿が入った。これが外から見た「世界」だ。小さな光のまたたきが何カ所かで閃く。

「クレイ、修理を頼めるか」

「船団が輸送中の物資を待つ必要があります」

 遠くからクレイの声が聞こえてきた。

「自航装置はそんなに急がなくてもいい」

 全体をしきっている先輩の声が割り込む。

「アンテナが優先だ。博士は示唆した仮説の検証のほうを進めてくれ」

 俺の仮説。上位世界もまた変化していくものなのだから、これは遮断ではなく違う形でつながるのではないかというものだ。その証拠に、俺が見ているあの記憶はここにはないものだ。どこかから伝わってきたかというちそうとも言えるしそうでないともいえる。

 なにしろあちらには既知でもこちらでは未知なのだからなんでも手探りしかない。

「継続」

 ふたたび俺は俺に戻った。

「いよいよだ。やるぞ」

 はりきる俺を俺は見ていた。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遠い未来のどこかの国で @HighTaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る