第二十六節 刑罰
イスラエルの刑罰は、全て律法として聖書に記述されている。しかし、それはあくまでもイスラエルの中だけでの話であって、現在ローマの属国であるイスラエルの刑罰は、ローマの刑罰を受ける事になる。その中でも、鞭打ちの刑は最も標準的な刑であり、四十回という回数は、イスラエルの律法で定められた最大回数である。山賊稼業である事から抜け出さない限り、何れは来たる運命だったと言えるだろう。それにしたって、通常は数え間違いを危惧するのと、『御恩情』で三十九回なのだが、それが護られた処刑を見たことが無い。少なくとも
刑罰の前に死んではならないと、
「大丈夫だって、
「
「安心しろ、皆が思うよりは生きる予定だ。」
「私はここに来た事は後悔していないとも。お前が私と共に死ぬと知っていて、その杯を呑む決意をしたのだから。私の定めた私の王が、『来い』と言って行くのだから、何も恐れてはいない。」
「そうか。」
「でもあの子は、頭が悪い。兄の私が言うのも難だが、未だに数が数えられないし、律法だって覚えちゃいない。あの子には王が必要なんだ。その王とはお前だ、
「………。」
「
「………。」
「さっき下された刑罰は、私が負うから。私を王だと、預言の御子だと思うのなら、行ってくれ。」
「………、
服の袖で
「
「…でも、私達の暮らしを見て、お前の生きる道も変わってしまった。」
「家を追い出されて荒んだ生活してたんだ、どの道何れは山賊だろうよ。でもそうだな、お前の弟が、馬鹿なりにお前のために這い上がろうとしてるのを見て、それを助けなきゃなっていうのは、思ったな。」
「私達に出会わなければ、お前はきっといつか本当に出世して、今の大司教なんて存在しなかったろうに。」
「こっちの人生を選んだんだ、後悔があるとしたら―――
「?」
顔を上げた
「
「
「あー…。やばい、血が足らねえな…。少し寝かせてくれ。明日からは死の行軍だからな。」
「うん…うん、ゆっくり寝てくれ。私がみてるから。」
次に眠りにつく時は、永久の眠りだろうから。
朝が来て、
両手を縛られ、全裸に剥かれた男が、頭から血を浴びた様に真赤になっていたのだ。それなのに血の匂いはせず、寧ろ臭いは奴隷部屋の一角のように、汗臭かった。ガタガタと震えながら爪を噛んでいるその様を見て、処刑が怖くて気が触れたのだろうと、兵士達は顔を見合わせた。
「んふぁ…? どうした、
ヨイショ、と、
「お前、魔術師なんだってな。」
「あん?」
「だから怯えないのか、今日の夕方には、お前は背中が剥けた上に十字架刑だ。お前は魔術で逃げ果せるんだろう。」
「ん? 出てっていいのか? なら堂々と出てくぞ、うちのも連れて。」
ちっとも怯まないので、兵士はつまらなそうに顔を見合わせ、二人を引っ立てた。
総督の前に来ると、
「槍兵よ。」
「はい。」
「お前はこの山賊共を捕えるのに尽力してくれた。私もそれを認めよう。しかし、それだけではローマの議長達は認めないし、これからお前をローマに戻すにしても、どの隊長も兵士も、お前を受け入れまい。だが、この場でお前が私の意の汲む所を皆に示せば、誰もがお前は生粋のローマ人だと、皇帝陛下に知らせるだろう。」
「はい、寛大な措置痛み入ります。」
『心配すんな。ゴルゴダまで、一緒だからな。』
「おんじょ―――。」
「では、鞭打ち刑を執行する! 前へ出よ!」
二人を繋いでいた縄ごと、広場に引っ立てられる。
「総督、執行書には、髭の方に四十回ずつ、実質八十回と書かれています。あの裸の
「いいや、あれも罪人だ。あの髭の方が
それ以上は、
「どうした、槍兵。早にやれ。」
「その、…
すると、群衆の中から、拳程の平石が投げられた。ごん、と、
「ぐ…ぅ…。」
舌が押されて苦しいのか、
「ッ!!!」
「
ふー、ふー、と、荒い声がする。右肩にざっくりと、骨が引っかかって避ける。傷の淵は、鞭の中に編みこまれた鉄球が叩き潰した。冷や汗が、
「どうした槍兵、二振り目を入れぬか。」
「申し訳ありません、思ったより鞭が重かったのです。―――今、やります。」
二振り目を反対から振り下ろすと、血飛沫が掛かった。重たい金属音と、荒い呼吸、触れた肌から伝わる振動が恐ろしくて、
「気色の悪い、離れろ! この男魔術師め!」
「男娼│
「喧しい! 神聖な裁きの場だぞ、暴徒は全員―――こうするぞ!!」
「!!!」
ガチッ!
ふと、手応えが変わった。
「そ、総督、私は、私は今、何回目でしょうか?」
「二十回は行っていないと思うが、それくらいであろう。」
二十回!? たった二十回でこんなにもボロボロになってしまうのか!?
「総督、この罪人は十字架に掛けるのに、このままでは肩が壊れてしまいます。」
「ならば、背中と、腰と、脚を打てばよかろう。」
あっさりと返され、
「総督、私は数を八十まで数える自信がありません。私が何回打ったのか、声に出して数えて頂けませんでしょうか。」
「ふむ、そうだな。数を誤魔化すと本当に死にかねん。良かろう、数えてやるから、思う存分振るが良い。次の鞭打ちを、二十回目として数えはじめよう。」
鞭を打つ事だけに集中しなければ、どうなるか分からなかった。
三十回目。肩甲骨の間、脊髄が露出。肩への鞭打ちを断念。
四十回目。吐血し前へ崩れる。水を掛け、目を覚まさせると、自ら落ちた石を咥える。
五十回目。右背中部分の皮膚が大きく
六十回目。石を離し再度失神。水を掛けても目を覚まさない。顔を三度叩き、目を覚まさせる。足腰に力が入らず、もう一人の罪人に前から抱えさせる。再度民衆から野次、投石。
六十五回目。右脇腹、肋骨の下から臓器露出。一時刑を中断し、刑吏による応急手当。これ以上の腰への鞭打ちは、筋骨の損傷甚だしく、自立困難と判断。腰への鞭打ちを断念。
六十八回目。四十回目時よりも激しく喀血及び左臀部より大量出血。一時刑を中止し、葡萄酒にて止血を試みる。血の勢いが弱まったので、刑を再開。
七十回目。もう一人の罪人より恩赦の請願。三度民衆から投石、暴動の恐れありとして三名捕縛。総督、もう一人の罪人の恩赦請願を退け、刑を中断させた罰として鞭打ちの刑を三回追加命令。
七十六回目。呼吸困難につき石を落とし、失神。刑を一時中断。刑吏による給水により意識を取戻し、刑を再開。
八十回目。傷の無い頭部からの出血。刑を一時中断。刑吏による診察によると、血の汗につき、刑の継続に問題なし。刑を再開。
八十三回目。槍兵と総督の数の数え方に差分有。これを八十二回目とされる。
改め、八十三回目。鞭打ちの刑全過程終了。出血酷く、このままでいれば死亡する確率は非常に高かったが、罪人が総督を罵り、総督は激高した為、両者への十字架刑を決定。但し、刑吏の判断で一晩身体を休める事を決定する。また、もう一人の罪人も又投石の際の怪我の出血が酷かった為、身体を休める事を提言。総督これらを了承し、二人を牢へ戻す。
神が遣わせし
私は何をすればよいのか、分からないのです。
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