第二十五節 逮捕
ローマ人達は頭領―――
「お前はこの辺りを
「然り。」
「では、お前は三年前に祭りを
「それは俺だ。俺は先代の大祭司、今は引退したあの老翁の傍で十八まで育ち、妾が男児を産んだことで追い出された。奴には、『馬の子』と言えば分かる。」
それを聞くと、律法学者たちは両手を挙げて喜んだ。抵抗していない
「人面獣心、覚悟ッ!」
だが、知った声がしてハッと顔を挙げる。迫る気配に、『声』が響いた。
『止まれ!!!』
「ぎゃああああああッ!!」
だが、彼は止まらなかった。産まれて初めて人を殺めた事実よりも恐ろしい事実から逃げまいと、彼は再び、
「―――これで、私も罪人だ、
お前が死を宣告され、死を受け入れるのなら。私は死を選び、お前の道を共にいこう。さすればあの子は救われると、私は知っているから。
夜中だと言うのに、学者たちは大祭司の家に二人を連れて行った。十数年、
「よう、親父殿。生きてたか。」
老翁の前に引っ立てられ、
「御託はどうでも良い。あの娘を返せ。お前が妻にした、あの娘だ!」
「悪いね、俺の妻は一人や二人じゃなくって、お前さんがどいつを指しているのかわかんないよ。」
「御託は良いと言った!!!」
「
シャッと蛇が噛みつくように投げられた葡萄酒の入った杯を、
「この
「こいつが俺の娼婦だというのなら、アンタの娘と
「大祭司様に向かって何たることを!!」
狂信者かそれとも演出家か、律法学者の一人が、強かに
「お前達こそ開き
律法学者の一人が言った。
「さっさと歯を折っちまえ、私達の瞳が潰れる!」
「私は国王の妾腹だぞ!!! 母はローマ人の娘だ!!! 私はローマの市民権を請求できる!!! お前達よりもローマ皇帝に近いのだ!!!」
ローマ皇帝、という言葉に、波打つように一同が怯む。が、老翁が叫んだ。
「出鱈目だ! お前は唯の、ローマに操を売った売女の息子に過ぎん! だから
「私への侮辱は、私を母に宿らせ給うた神への侮辱だ! お前の罪を、今ここで視てやろうか!! お前が私よりも罪人でないと言うのなら、お前が真に憐み深く
「言ったな大嘘付き! 神に選ばれた大祭司の家に生まれたこの御方が、神の前に正しくない筈がない! さあ、言い並べてみろ!!」
「ええい、止めんか! 気分が悪い、こやつらは娘婿に任せる! わしが口添えしなくとも、あの婿は上手くやるであろう。馬の子ではないからのう!!」
すると
「
「見るがいい、罪深き大祭司よ。お前が護らなかった童女の末路を!! 彼女が産んだ
「俺は王じゃねえよ、
両手が塞がっていたので、
「悍ましい!! 悍ましい悍ましい悍ましい!!! そんなにも肌をすり合わせて、悪魔! 悪魔!! 悪魔がおる!!! 悪魔にわしの家が
老翁がそう言ったので、家の外、鴨居の外まで引きずられて行った所で、
「
「勝手に喋るな、この
周囲を探る手段が大幅に削がれ、
「おいおい、
「大祭司様への数々の侮辱、鞭打ちの数は覚悟しておけよ!」
「
「勝手に喋るなというのに!」
「もういい、さっさと連れて行って、磔にでも鞭打ちにでもしてもらおう。こいつらをいつまでも縛ってたら、俺らの娘を嫁がせられなくなる!」
「罪が移るぞ、とっとと片づけちまえ。」
大祭司について
夜中にも関わらず、大祭司は二人の強盗の裁きを受け入れた。その内の一人が、
「訴状は来ている。その
「あん? 選択肢があるのか?」
「一番の罪は、神殿に対する罪だろう。三年前、『バルハヴァ』などと名乗る山賊が、エルサレム神殿に仕える祭司達を侮辱し、商人達を追い出して、過越祭を
「ああ、確かにそりゃ俺だ。うちのに手を出す血の気の多い愚民がいたんでな、追い出した。」
大祭司は顔を歪めて問い詰めた。
「『うちの』というのは、お前には家族がいるのか? 奴らも悪事に加担したんだな?」
「うちの家族が罪人だと言うのなら、お前の家族はさしずめ畜生小屋の悪魔憑きだ。」
「言い訳は良い。事実であるならば、お前はその時起きた強盗や姦淫の罪も手引きしたのだ。」
「強盗の濡れ衣はいいが、姦淫の濡れ衣は止めてくれ。俺達は姦淫の末に生まれた孤児の集まりだ。乳を貰えずに死んだ子もいる。」
「おい書記、不敬罪と、強盗と、姦淫だ。姦淫の相手には男と、ついでに犬も入れておけ。是だけあれば国家転覆罪に匹敵できよう。十字架に掛けよ、後続が復讐のためにこの家に押しかけんよう、みせしめるのだ。」
びくりと
「おいおい、そう簡単に十字架刑が一度に二人も三人も出来るのか? 俺ァ頭領だ、余罪があるとすれば家族の罪がそうだわな。だがこの
遠回しに
「祭司を一人殺すより、十二人の羊飼いを殺す事の方が軽いのだ。お前は家長の癖に、そんなこの社会の仕組みも教えなんだ。」
「そりゃ、俺の家族はお前達の社会の仕組みとやらに追い出されたからな。護る義務も伝える義理もない。」
「ならば、そやつらは我々イスラエルを選び給うた神の律法の中に生きていない、畜生と同じよ。畜生に態々、ゴルゴダという死に場所を与えてやろうと言うのだから、感謝して貰いたいくらいだ。」
「おう、高台からお前ら一族が呪われて地獄に堕ちるのを見させてもらうぜ。」
いくら言っても全く怯えるどころか、逆に軽口を叩く有様に、そして一度たりとも自分を大祭司とすら呼ばない事に、彼は大いに腹を立て、書記から訴状を奪い取った。
「義父上曰く、こやつは馬と寝た女から生まれたそうだ。ならば獣のように扱っても死にはすまい。
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