第二十四節 裏切り
エルサレムに着くころはもう夕暮れが近く、しかし
「あ、貴方は!?」
「?」
下町から上町に登った所で、突然声をかけられた。振り向くと、剣を携えたローマ兵が走って来ていた。すわ殺されるか、と、槍を構えた時、その顔に敵意が無い事に気付く。
「ふくたいちょう! 生きておられたのですね!」
「???」
何のことだろうと逡巡し、『副隊長』と思い至る。と言う事は、彼はまさか、三年前に襲われたあの隊の生き残りなのだろうか。
「もしかして、三年前に山賊に襲われた隊の…?」
「そうです! 何と言う事でしょう、お亡くなりだと皆諦めて、誰も探しにすら行かなかったと言うのに、これは素晴らしい女神の計らいです!」
そう言えば、隊に何かと戦と美の女神を引き合いに出す鬱陶しい奴が居たことを思い出す。
「あ、ああ。そんなことも、あったなあ。」
「副隊長、今、どちらで何をしていらっしゃるので? 槍はとても立派ですが、とても身形は兵士には見えません。」
うるせえな、と、思いつつ、ハッとして
「おい、この辺りに、
「それどころじゃないんですよ、今、私達は盗賊狩りの最中でしてね。ユダヤ人の祭司を殺した男が、どんなに余罪を洗って脅しても何も口を割らないんです。と思ったら、どうやら奴は何らかの手段で、奴の親分に助けを求めたらしいんです。それでほら、あと二日で安息日でしょう。だから連中、安息日までに見つけ出せって言って、今ローマ人まで駆り出されてるんです。全く、仕事熱心何だかどうだか。」
恐らく、
………。見つけたなら?
どうしたら良いのだろう。我を失って探している
なら、早い
「なあ、今日の山賊狩りには、どれくらいの人数が割かれてる?」
「兵士だけじゃなく、金で雇われた群衆もいます。十二軍団くらいはいるんじゃないですかね。」
「彼等を直ぐに集めろ。僕はその山賊の居場所に心当たりがある。」
「流石です、副隊長! 直ぐに笛や狼煙で集めます!」
兵士が去って行くその後姿に、白い翼が視えた。
エルサレムは山上にある都市で、周りを山に囲まれている。その山の内の一つが、モレの山だ。丁度一年前、頭領、
大軍を率いて、
空を覆う絹が麻になり、木綿になったころになって、漸く山の頂が見えてきた。
「ふぅ、ふぅ…。副隊長、この先は何もないですよ。」
「いいや、ハァ、ハァ…。あそこからが、一番分かりやすい。…ハァ、ハァ。」
息切れをしながらも進む。自分の呼気で遠くかすんだ耳が、歌声を捕えた時、既に『そこ』に人が居る事は誤魔化せないくらいに、くっきりと、彼の姿が見えていた。
彼は歌っていた。竪琴を奏で、夜の星の光を織るように、祈り、歌っていた。
》
不思議な事に、その歌は、
「我が息子よ、そこにいないで、此方に来なさい。」
「息子?」
ざわざわ、と、民衆が顔を見合わせる。
「何してるんです、頭領。こんな所にいないで、
「ああ、そうか。そう言う風になったのか。」
「???」
ふむ、ふむ、と、頭領は何か納得したように何度か頷いた。
「連中に俺を紹介しろ。」
「は…は!? 今納得なさったのでは!? 連中は今、山賊を探しているのです!」
「おう、そうだぞ。だから、紹介しろ。」
「何と紹介するのですか?」
「俺が山賊の頭領だ、
「馬鹿ですかアンタは。」
ピシャッと返し、
「連中は山賊狩りをしているんです。」
「
頭領には何か奥の手があるのだろう。
「この男が、山賊の頭領だ!!!」
その言葉が全ての勝利への布石だと言う事を確信し乍ら、
夜が来る。闇が、暗闇が、暗黒が、
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