第二十二節 預言

 朝の足音が聞こえ始めても、ねぐらの中の人間は全員酔いつぶれる程度に、昨日の晩餐は盛り上がった。天眼てんがんは両手を地面に着きながら、一人一人、一四四人の仲間の頬を撫でた。未来を視る事のない瞳は、これから訪れる事を恐れて濡れている。

天眼てんがん、眠れなかったか?」

音声おんじょう?」

 彼がどこに居るのか、咄嗟に分からず、天眼てんがんはきょろきょろと首を振った。音声おんじょうが前に周り、前から肩を叩く。天眼てんがんは彼の手に触れ、自分の肩にあるそれを自分の頬に当てると、涙を流して口付けた。

「………。」

「………。」

 乞うように口づけて、それでも何を乞うのか明確に口には出さない。それでも音声おんじょうには、その複雑極まる天眼てんがんの心が、手に取るよりも良く分かっていた。天眼てんがんもそれを知っているから、下手に言葉に出したりはしないのだ。

「そと…。」

「ん?」

「かぜに、あたらせて。」

「………。いいよ。」

 本来であれば、音声おんじょうの手を借りずとも、ねぐらの中とその周辺を歩く事は造作もない。だが天眼てんがんは、ほろほろと泣きながら、いかせて、いかせて、と、静かに請うた。音声おんじょうはまともに歩けない程涙を流している天眼てんがんを横抱きにし、何も聞かずに外へ連れ出した。

 外は朝焼けの帽子が遠くに見えるにも関わらず、満ちきらない月も出ていた。ねぐらの外に転がっていた岩に座らせ、音声おんじょうは涙の痕に口付ける。少しは落ち着くかと思ったのだが、天眼てんがんは益々、ぽろぽろと涙を流し、それは止まりそうになかった。

天眼てんがん、大丈夫か。」

「大丈夫に見えるのかい…。この一年、この過越祭をずっと恐れて恐れて、そしてそれが、昨日始まってしまったんだよ。」

「そうだな、俺も初めて聞いた時は驚いたよ。」

「なあ、なあ、音声おんじょう。私にはお前がどんな顔をしているのか分からない。私を慕ってくれている真槍しんそうは勿論、誰よりも長く私の世話をしてくれた弟の顔さえ、髪や髭の色がどれくらい濃いのか薄いのか、何一つ分からないんだ。私の眼は、外見を写さないから、神が教えてくれる特徴を表す言葉が、具体的にどのようなものかすら、分からないんだ。」

「うん、うん。」

「だから、お前がもしここから逃げ出したとして、その身代わりを誰かに任命したとして、お前は私の眼に神が訴えなければ、私の指先を誤魔化せるんだよ。」

「うん。」

 つるん、と、涙が顎まで伝う。

「お前が―――貴方が、死んでしまったら、他の誰が私達を救ってくれるんだ! 母を売女と罵り縊り殺したこの国を、誰が変えてくれるんだ! 思い直してくれ、私はお前に言われて死ぬのは怖くないとも。ゲヘナに全裸で投げ込まれても、獅子の踊る谷底でも構わない、私はどこへでも行くとも、お前が行けと言うのなら!」

天眼てんがん。」

「なのに、どうして、お前は誰からも好かれて愛されて、私以外にだって身代わりを申し出る子はいるだろうに、何故逃げてくれない。何故来たるべき戴冠の時まで、生きようとしない! ここで負けるのか、屈するのか! 何故! どうして!!」

天眼てんがん、…静かに、皆が起きるぞ。」

「何故、何故お前は、敗北を認めるんだ。お前が言ったんじゃないか、神に遣わされる者の名を! この世を救う王の名を! そうだろう、神と共に居られる子インマヌエル!」

天眼てんがん、何度も言っただろう? …―――俺は、王じゃない。」

「それはお前が、山賊だからか? 私達は本当に何も持たないやもめや乞食から奪ったことがあったか? 遠路信仰のために詣でた旅人を襲ったことは? 私にしろ柳和やなぎわにしろ、虐げられた乞食には、寧ろ与えたじゃないか、このねぐらと言う家を、家族を! ゲヘナの死体よりも堆く積まれた山を、私達の上から除けてくれたじゃないか、他でもない、お前だ、音声おんじょう! お前が神の前に裁かれることなど何もない!」

天眼てんがん…。」

 わっと天眼てんがんは、音声おんじょうに抱きついた。背中を沿って、胸を地面に擦り付けるように、腕だけの力で縋りつき、肩口に歯を押し付けて哭く。

「死ぬな、音声おんじょう。死ぬな、死ぬな、死なないで! でなければ私は、一体誰に弟を任せれば良いんだ! 蘭姫あららぎひめもいなくなって、寄る辺は私たちしかいない可哀想なあの子を、どうして独りぽっちで置いていける、こんな憂世に遺せるものか、お前の許以外に!」

 音声おんじょうは弓反りになった天眼てんがんの尻に手を回し、腰が捩れないように身体を寄せる。そうして天眼てんがんの、虫の糸のように細い髪が包む後頭部を、支えるように撫でた。

「なあ、天眼てんがん。」

「う…うう…。なに?」

「さっき、お前を抱いてここまで来ただろ。」

「うん。」

「俺が中風になってお前が飛びだして行って、帰って来た時、俺はお前の所にどうやって来たか、知ってるか?」

「………杖を、突いたと聞いた。」

「そうだ。あれから一年かけて、物は投げられないが、抱えられるくらいまで回復した。…理由を、教えたな? 覚えてるな?」

「………。」

 いやいや、と、天眼てんがんは首を振った。音声おんじょう天眼てんがんの頬を挟み、色の抉れた瞳を見つめる。見えていなくても、見つめられている事を彼は視えている。

「いやだ、言うな。」

天眼てんがん、これは御心だ。」

「いやだ、分かりたくない。」

天眼てんがん、お前を抱いて外まで運んだのは誰だ? 悪魔の大群とでも言うつもりか? 奴らが、豚の大群にお前を運ばせたとでも?」

「そんなこと思わない。」

天眼てんがん、俺はもう一度与えられたんだ。一度取り去られたものを、取引を持ちかけて、与えられたんだよ、他ならぬ、俺達の父に!」

「嫌だ、いやだ、言わないで! 言わないで! 望むものか、神は絶対に正しく公正な存在なのに、その方に何故お前の死が望まれる! そんなのおかしい!」

天眼てんがん、お前は信仰の父の燔祭はんさいを知っているだろう? 神は彼が老いて授かった息子の命を望まれた。彼は苦しんだろうし戸惑っただろう、書かれていないがな。だが彼はどうしたか、教えただろう?」

「…でも、神は、備えを置いておかれたじゃないか。」

「ああ、そうだ。置いておかれた。だがそれを、彼は知らなかった。神は、彼が最後には神が全て良くしてくださると信じる事を、知っていた。知っていたからこそ、命じたんだ。」

「ああそうだ、あの方は偉大な信仰の持ち主だ。あの方なしには、大王も、賢王も、私もお前も、否、私達の母すら、居なかっただろう。だがお前は忘れているよ、音声おんじょう。私はお前が神の使いだと信じている。お前無くして私の救いは在り得ない。神はお前を通して私を救われる。だから、お前が先に居なくなってしまったら、私ですら救われないんだ。何故そんな簡単な事が分からないんだ。唯お前に死なれたくないと、私は言っているだけなのに!」

 そう叫んで、天眼てんがんは外聞もなく泣いた。


―――俺の腹心と見込んで、話がある。…倒れていた間の事なんだがな。俺ももう、年貢の納め時らしい。―――神の、声を聞いた。俺は死ぬ。丁度一年後の今日、俺は死刑を執行される。それで、俺は神に取引を持ちかけた。それについての話だ。まだ、誰にも言っていないし、誰にも言うなよ。二人だけの秘密だ。怖がるといけねえから。

一年前の今頃、音声おんじょう天眼てんがんにそう持ちかけた。天眼てんがん音声おんじょうが自分の弟を死から蘇らせたと思っていたので、素直に座って聞いた。

「熱にうなされてる間、俺は太陽と話をした。太陽は俺の中にあるはえの熱を焼きながら、俺に、『王になりたいか』と聞いた。俺はそれでこう答えたのさ。『王は俺じゃない。俺は王の右ではなく、左を護る』とね。そうしたら太陽は答えた。『では、王の左側を護る覚悟はあるか』と。俺はその時、過去の色な預言者を思い出した。預言者になった者は、大体が非業の死を遂げる。殺されなかったのは、精々がエジプトから出て行く時のお方くらいだ。その人だって、四十年の放浪の末に目的地を眼前に死んでいる。この質問が来た時点で、俺はこの命令によって死ぬんだと分かったね。俺は答えたよ、『これまでも王を護って来た。玉座に座ってもそれは同じだ』と。そうしたら太陽から、布が降って来た。真赤な、輝く焚火の色だよ。俺はこれを持って帰って、王に差し出すと言ったんだが、俺の王には、別に衣が与えられると言われた。この衣を着れば、俺はその運命を受け入れることになるし、この太陽と会話する事もきっと出来ない。だから着る前に言った。『必要なら、この赤い衣の他、鉛の指輪や死体の皮で出来た靴、髑髏どくろの冠だって被る。だから俺にもう一度、動く身体をくれ。俺はその身体を使って、命ある内には俺の王の敵を、死後には王の整えた国を迫害する敵を滅ぼす剣として仕える魂になる』と。太陽は答えた。『お前には唯一つの冠も、指輪も、靴紐すら与えられない。一年後に死ぬ時は全裸で、肉の衣も剥がれる。それでも一度お前から取り去った身体を返さなければ、お前は全裸になることも、肉の衣も剥がれる事はない』。冗談じゃねえ、と、思わず素が出ちまったよ。だから俺は言った。『どれも寄越せ、一年後の過越祭で十倍にして納めてやる』って。ありゃ生きた心地がしなかったよ、太陽に取り込まれてこんがり肉にされるかと思った。だが太陽は笑ってくれたよ、いや、顔は無かったんだけど、とにかく笑ったんだ。そうして俺の額に手を置いて、言ってくれた。『お前は私の愛する子、私はお前を歓ぶ』とね。俺を育てた爺のことはもうどうも思っていないけど、あの爺を尊敬していた時よりも遥かに誇らしい気持ちになったよ。あの家からは追い出されたし、俺は本当の父親を知らない。けども、この『父』は、絶対に俺を裏切らない。俺はそれを確信した。それで、俺は身体を返してもらった。まあ、数日間熱で寝たきりでもあったから、身体を動かしきるのに時間がかかったんだがな。目を覚ました俺は、その事を一番に、お前に言おうとしたんだぜ、天眼てんがん。だのにお前は勘違いして飛び出して行っちまうんだから。」

 長々と話された夢見物語のような話が終わったと、視線を感じ、天眼てんがんはぶんぶんと頭を振った。

「何だかよく分からないよ、音声おんじょう。つまりお前は、その太陽から、借金をしたという事か? 一度失われた身体の自由を取り戻して、それで生きている間にはその王とやらの奴隷になって、それで死んでも働くってことか? どこに居るんだ、そんな家臣思いでないロクデナシの王は。」

「おいおい、それお前が言うのか? ―――王ならここにいるだろう。」

 そう言って、音声おんじょうは膝の上に無造作に置かれていた天眼てんがんの手を取り、両手で包んだ。

「………。………。え、わたし?」

「他に誰がいる? 俺に奇跡を起こす手伝いをさせているのは、お前だけだぜ。」

「おい音声おんじょう、冗談が過ぎるよ。第一私が本当に王なら、そんな過酷な事を家臣に言いつけたりしない。特にお前には、大恩ある身なんだからね、兄弟揃って。」

「えー? だって、お前が歌うと何でもその通りになんじゃんか。」

「そんなの、お前が歌えばそうなると言ってくれるから…。…いや、いいや。この話は終わらないから。」

 そんな事より、と、天眼てんがんはやんわりと手を引っ込め、音声おんじょうの両掌の間から自分の掌を抜いた。

「それはいいとして、要するにお前はあと一年の命だとでも言いたいのか? 私達を置いて一人で死ぬとでも? 少なくとも今の私が認知できていない王のために!」

「おう。」

 シュッと音声おんじょうの顔の真横を、天眼てんがんの拳が切り裂く。そのまま勢いづいて前に転がりそうになるので、音声おんじょうは抱きとめ、落ち着かせるように背中と頭を撫でた。

「人は皆死ぬ、天眼てんがん。神の希望無しには永遠に滅び続ける生き物だ。いつ死ぬか分からず、怯える暮らしをして神への祈りを忘れるくらいなら、死に際は決まっている方が、俺もねぐらの学を上げやすいってもんだ。」

「冗談じゃない! 人は生きるんだ、音声おんじょう。生きていれば過去の教えは古くなって、素地のない者は狼狽えるしかない。人間には優れた王が必要だ。そして私達が心を尽くして傍に仕えたいのは、お前だという事を、一体何度言わせる気だ。」

 音声おんじょうが王だという確固たる自信がある天眼てんがんは、ぶすっと頬を膨らませるように抗議した。音声おんじょうもこの話は終わらないと感じ、その日はどうにか宥めた。ただ、不安だったのか、その日天眼てんがんは夜になっても傍を離れず、ずっと手を握りしめていた。ねぐらの面々は、天眼てんがんが相当な苦労をして戻って来たので、頭領と離れたくないのだろう、と、解釈していたので、皿も杯も、頭領の傍に、と、配慮してくれた。

 音声おんじょうの室は、頭領らしい広さがあるかと言うと、そうでもない。元々天然の地の裂け目を使ったねぐらであるが故に、室として使えるような空間は抑々少ない。そういう意味で、同衾するには不適切な室しかないが、天眼てんがんが離れたがらなかったので、音声おんじょうは自分の室に連れて行き、天眼てんがんと寝る事にした。衝撃的な告白も聞かされて、頭も混乱しているだろうし、外を彷徨って疲れてもいるだろうから、というのは建前で、本当は音声おんじょう天眼てんがんを抱いておきたかったのだ。天眼てんがんが出て行っても探すことが出来ない自分の身体が疎ましかったし、語りかけるだけで聞く耳を持たない自分の唇に乗せられた祝福が、この時ばかりは憎らしかった。本当に彼が帰って来ていて、それは無念の幽霊ではなく、きちんと導かれて戻って来たという事を確かめておきたかった。手探りで寝所に入り、先に寝転がった音声おんじょうの身体に触れ、向きを確認すると、天眼てんがんはすぐに音声おんじょうの腕枕と胸板の掛布で眠りに落ちた。

 眠りに落ちた天眼てんがんは、夢を見た。


 天眼てんがんは道を歩いていた。その道は凹凸の激しい山道で、右には切り立った岩の飛び出すささくれた岩肌が、左には足元の小石が吸い込まれて行く奈落が広がっている。後ろは真っ暗で、戻る事は出来そうになかった。足場は細く、気弱な心で左を見ると、底ではボロボロに崩れた死体が、自分の身体が腐って骨だけになっている事にも気づかず、帯のような炎の中でのたうち回っているのが見えた。

 だが何も心細いだけではなかった。見えないが、すぐ近くで岩を叩く鉄の音がする。きっと鶴嘴つるはしや、のみと金槌で削りだしているのだ。だからもう少し歩けば、整理された道に出る筈だ。きっと音声おんじょうおとも、柳和やなぎわ真槍しんそうも、そこにいるだろう、と、信じて歩く。

「―――………。」

 天眼てんがんを呼ぶ声がした。もう少しだ、と、天眼てんがんは悪路を早歩きで進む。足元の小石が、からから、からからと転がって、どんどん細くなっていった。

「…うわああっ!」

 一歩、進もうとして、慌てて踏みとどまる。道が途切れていた。途切れているというより、抉れているというべきだろうか。丁度天眼てんがんの足一つ分、道が落ちている。ただ、その向こうの道は、広くて平らで、安全そうに見える。飛び越えようにも、足に力を入れるには、少々狭すぎる。どうしよう、と、考えていると、向こう側から呼ばれた。黄色い衣に身を包んだ、鳥使いのような青年が、肩に乗せた白い鳩を撫でながら問いかける。

「この先の道は、出来上がっていません。丁度あと一人、鉱夫が足りないのです。あと一人居れば、王が来るのに間に合うのに。」

「王? その王は、音声おんじょう―――私の知っている王ですか。その方は異言を使い、竪琴を奏でて奇跡を起こされます。」

 天眼てんがんが訪ねると、青年は答えた。

「その王を形作られた方、そのものがお座りになる玉座が、この山の向こうにあるのです。」

「その王は、今どこにおられるのですか。」

「玉座への道が整えられるのを待っています。王は、道が整えられるのを待っておられます。」

「私のようなめくらでも、その役割は努められますか? 私には同じ年くらいの、少し頭の良くない弟が居ます。彼は王に守られていなければ、三日と暮らせないでしょう。」

 すると青年は、手を差し出した。その手を取れば、足元の穴は造作もなく越えられそうだ。

「玉座へと至る為に、あと一年必要です。もう道具は、のみがありません。釘と、金槌だけがあります。その二つで、一年間岩肌を削らなくてはいけません。」

「でも、そうすれば、王はいらっしゃるのでしょう? 私の弟や、私を慕う少女や少年が、王の平和の統治の下暮らせるのであれば、このめくらの命如き、喜んで差し出しますとも。」

 天眼てんがんが青年の手を取ると、沢山の鳩が羽ばたき、天眼てんがんは目を瞑って竦みあがった。強い力で引き寄せられ、天眼てんがんは一気に穴を飛び越える。

「お前は私の愛する子。私はお前を歓ぶ。」

 鳩の群れの中で、一際輝いた、水面の月のような一匹が、自分の顔の目の前にくちばしを突き出して来た。もう目が覚めるな、と、天眼てんがんは鳩に向かって叫んだ。

「一年後、この命を差し上げます。ですので、私の愛する者たちを、どうぞ、神の国に、神に選ばれた民の末席に、お加えください! 彼等も彼等の母も、罪は犯しておりません!」

 鳩は答えず、羽ばたく音がどんどん大きくなり、辺りは輝く鳩の羽根で白くなっていった。

「………!」

 目を覚ますと、朝日が顔の、目元だけに集中して差し込んでいた。夢の中で青年が掴んだ筈の掌は、まだ眠っている音声おんじょうが、しっかりと握っていた。

 それを感じ取るだけで、天眼てんがんは涙が零れた。

「一年後、お前の勝利と戴冠の時、私はお前の所にいないのだろう。喜んでこの命を差し出そう、お前の為なら。我が王、我が牧者、どうか、御心通りに行われますように。」


 主はわが牧者ぼくしゃなり われともしきことあらじ

主は我をみどりの野にふさせ  いこひの水濱みぎはにともなひたまふ

主はわが霊魂たましひをいかしみなのゆゑをもて我をたゞしきみちにみちびきたま

 たとひわれ死のかげの谷をあゆむとも禍害わざはひをおそれじ なんぢ我とともにいませばなり なんぢのしもと、なんぢのつゑ、われをなぐさ

なんぢわがあたのまへに我がためにえんをまうけ わがかうべにあぶらをそゝぎたまふ わが酒杯さかづきはあふるゝなり

わが世にあらん限りはかならず恩惠めぐみ憐憫あはれみとわれにそひきたらん 我はとこしへに主の宮にすまん


 ―――そうして、一年が過ぎた。何もかもが、天眼てんがんの思っている通りに、夢で示された預言の通りには、なっていなかった。

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