第十七節 女
一方その頃、
「すまねえなあ、
「いいのよ。戦う
二人が好きあっている事は自明の理であったが、それは賭け事を見ていた民衆にも同じことが言える。
事の発端は、二人が四人分の宿を取ろうとした時の話だ。四人で丁度満室と言う時に、どこぞの偉そうな、祭司だか何だかの一行が、宿を開けろと詰め寄って来た。身分の割に、その人物は供が二人しか居らず、お忍びであるらしい。であるから、エルサレムにいるだろう仲間の所には泊まれないらしかった。どうせ若い庶民なのだから、高貴で年を食った旦那様に譲れ、と来た。
「それにしても、何だったのかしらね、あの祭司様たち。エルサレムでわざわざ宿を取ろうとするなんて。」
「大方、不正か何かして、雲隠れしようとしてたんスよ。それがあっしみてぇなならず者に負けちまって、野宿か夜通し馬を歩かせる羽目にならぁ、気分もいいもんだ。
「まあ、あのお爺さん、確かにいけ好かない感じだったわ。見ていてなんだか気持ち悪いんだもの。やたらと視線が合って。」
「そりゃいけねえな、追っ払って良かった。
「まあ、
ふふっ。
………………。はっ。
いやいやいやいや、と、
「冗談じゃねえって、恐れ多い。
すると
「………。」
何がしたいのか分からず、
つんつん。つんつん。
「あー…、
「なあに?」
「その、何だ。エルサレムは…水浴びが出来るようなとこが、無くてだな…。」
「うん。」
「ええと…。えっとな、…つまりな…。」
「
「あら、靴紐、解いてくれるの?」
「え、ええと…。嫌なら、やんないけど…。」
「ふふっ、冗談よ。どうぞ、綺麗にして。」
おん、と、
「
「ええ。…上手よ、
「アニィ…じゃ、ない、
「え、そうなの?」
「あの人、産まれる時に目に傷もらってるから、自分のちんこも見た事ねえんだ。だから、身体のどこが良く汚れるのか知らない。痒いとか気持ち悪いとか、そういうのは分かっけど。今でも時々、アニィの身体は拭いてっけど…。最近、そう言ややんねえな、
「ねえ、
「単純に、母ちゃんに引き取られたのが、アニィが先だったんスよ。誕生日とか、もしかしたらあっしの方が早いのかも。」
「でも、素敵ね。私、家族っていなかったから、羨ましいわ。」
「ん? でも頭領が、
んん、と、
「多分、大事では、あったのだろうけど…。あの家には、もう嫡孫まで揃っていたから、私は婢みたいなものだったわ。いえ、本当にそういう扱いではなかったのだろうけど。村で獲れた魚を売るのを手伝っていた時に、なんとかっていう大祭司の息子が私を見初めたらしくて、沢山のお金を携えて、私を嫁に欲しいって行って来たのよ。そうしないと、具合の悪くなっていた大婆様を罪に定めるって言って。」
「そりゃ酷ェ。だから頭領はあんなことして奪いに行ったんだな。」
「始めは怖かったけど、アバは私に触れる時は、とても優しかったの。
「あっしが。」
「ええ、そうよ。食い意地が張ってて、清々しいくらいだったわ。だからね、あそこでなら、貴方が食べてくれるなら、こんなに優しい山賊さん相手なら、妾暮らしも悪くないかなって思ったのよ。でも実際は、アバは私を本当の娘のように扱ってくれて、本当におかしいのだけど、この国の法律の及ばない所の方が、私は人間らしくいられたわ。」
「へえ、頭領が。」
多分褒められてるんだろう、と、
「ひ、
「…んー、…ふふっ? ねえ
「あっしは、あんまり続くと、居心地が悪くならぁ。どんなドンデン返しがあるか分かったもんじゃねえから。」
「そうね、人生においてはそう。でも、良い事を起こしたいと思って、その通りになったら、それは嬉しくなあい?」
「うん、嬉しいと思う。」
ね? と、笑って
「
「ねえ…。私、貴方が好きなの、
ほんのり色づいた唇で、吐露するように
「他の女なんざ選ばねえ。あっしが好きなのは、
「だって、
「
「…いえ、私の思い過ごしね、きっと。だって貴方は、すぐに私を選んでくれたのだもの。」
女の勘というものの怖さをつくづく知っている
「
「誰でぇ、人が寛いでる時に!」
バタバタと、棒や剣を持った男達がぞろぞろと入ってくる。追い返そうと
「おい、あの女だ、タレこみにあったのは! 見ろ、服を脱いでいるぞ、この男とは結婚していないのに!」
「姦通罪だ! 姦通罪だ! 淫らな女だ! 捕えろ、あのラビ気取りの前に引きずり出せ! 行け、お前達!」
「
「ラビ、こいつもひっ捕らえましょう!」
「こんなに暴れる奴が、大人しくしていられるものか! ここで殺せ、女だけ連れていく! その様子なら、まだ姦通の証が身体に残っている筈だ。奴の前で掻きだしてやれ、この女が一番、適材だ!」
あまりにも猥雑な暴言に、
「止めて! その人を殺さないで! 私、行きます、行きますから!」
「ひいさん…ひいさん!」
「おい、この女は『姦通の現場』で取り押さえたんだ。余計な事を吹聴されないように、こいつは外に棄てて置け。もし宿屋の女将が渋るようなら、こいつが殺したことにしておけ。」
呼吸がおかしい。吸っても吸っても、頭がくらくらして、力が抜けていく。どうやら悪い場所に刺さったようだ。服を着ていなくて良かったと思えるくらいに、血が流れ出る。ラビと行かなかった男の一人が、じっとりと顔を覗き込んだ。
「刺したところが良かったな、こりゃほっといても死ぬぞ。」
「だったとしても、此処に転がしておくわけにもいかんだろう。」
「そこの窓から裏路地に落としちまえばいいよ。そら、足を掴めよ、俺は頭だ。お前は両手。」
近づいてくる男達の身体を蹴飛ばしたり殴りつけたりしたが、ぽん、ぽん、と、間抜けな音がするだけだった。それなりに鍛えて、重たい筋肉を持っているからか、男達は三人がかりでやっと窓の淵に
しかし、三人は所詮ラビたちから見れば、金で雇った破落戸だったので、その日の夜、駄賃で呑んでいる所を、殺人のかどで捕えられてしまった。
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