第六節 過越祭(前編)
連れ去られてきた花嫁は、意外なことに
彼女は
そんな盗賊団の複雑な漣を脇目に、マグダラ村での強奪は、思ったよりも身振りが良かったようだ。しばらくの間、頭領は
「明日からエルサレムに行くぞ。
夕食時、何でもないように、頭領が言った。その途端、やっほー! と、この世の春のように盗賊団が沸き上がる。ただ一人、ローマ人として育った
「年に一度、過越祭というのがあってね。祖先に起こった奇跡を記念するお祭りなんだ。この時はイスラエル中から、エルサレムに人が拝殿に来るんだよ。」
「ああ、そういえばこの時期になると、毎年囚人が一人釈放されていましたね。」
「そうそう、そのお祭りだよ。」
「ですが
「私が見た限り、怪我を推してまで偽善を売りに行くような人間ではないから、大丈夫だよ。…ふふ、今彼が何をやっているか、言ってあげても良いよ?」
「遠慮します。」
「あの…。私は、如何すれば良いですか?」
「お前は俺の娘として連れて行く。確かエルサレムにはまだ上ったことがないだろう。」
「ええ…。今年、成人したばかりでしたから。」
「まあ、色々あったが…。それなりに奥深い所まで見せてやれるからな。当日は不本意でも、俺を父と呼べ。」
すると
「不本意なんかではありません…。嬉しいくらいです。ご迷惑でないなら、ずっとそうお呼びしたい。」
ぎょっとした
「どうしてそうなるんだ! お
「
「では、あの…。アバ(パパ)とお呼びしても?」
「構わねえぞ」
そう言って頭領は、葡萄酒が満ちた杯を空け、ごろんと身体を横たえた。ぐでっと身体を役西ながらも、まだ手元には食べかけのパンが残っている。
「頭領、歌おう。仕事を終えたのに、まだ一度も歌ってない。
「ん? そうだっけか? そりゃいけねえ、全くいけねえな。
「いえ、そんな暇は与えられていませんでした。」
「そうか。ならアラム語で歌え、
「私は構わないとも。君に教えられて何度も覚えたからね、翻訳くらい即興で出来るさ。
「おい
「ご冗談を。ぼくがお
「さあ、お
ぽろん、と、竪琴が初めの音を鳴らす。
天の父をほめまつれ 汝等天の父の
今より
日のいづる
天の父はもろもろの國の上にありてたかく その榮光は天よりもたかし
われらの神天の父に たぐふべき者はたれぞや
まづしきものを塵よりあげ
もろもろの
又 はらみなき
天の父を
繰り返される、ユダヤに伝わる大王の歌。気まぐれに爪弾く音が変わっても、
「お
「そりゃそうだ。
「神殿の中にも連れて行って下さるのですか? ぼくが初めて行った時に仰って下さった通り!」
「そうだな。あの禿が生きてたのは計算外だが、約束は約束だ。ちゃんと一番奥の、ユダヤ人の男にしか入れない場所まで連れてってやるよ。
「はい! ぼく、ずっとお
「…とと、どうした。
「えへっ、だって、お
「ああ、はいはい、わかった、わかったよ。ほら、おいで。」
「お休みなさい、お
「ああ、俺も愛しているよ、
悪戯っ子のような、うふふという笑い声がして、ものの数秒で、すうすうという寝息が聞こえてきた。
頭領は両脇に、
「やれやれ、漸くお嬢様を取り戻したと思った矢先にこれだよ。」
「仕方ねえだろ、
優しげな音色に、心が安らぐ。この空間が心地よいと感じることに素直になっても良いかもしれない、と、
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