永遠の愛をあなたに

@chocokorone

第1話 母のために

―――君のことを愛する。僕は、永遠に・・・―――



?暦????年?月?日

夜も9時を回ったころ、深夜列車の中で、少女は父親に読み聞かせをねだっていた。

彼女は「二人の勇者伝説」と書かれた本を持っており、経年劣化のためか、表紙の絵は剥げ、著者の名前も分からないほどだった。

「お前は本当にその本が好きだなぁ」

父親は苦笑いしながらそう答え、少女から本を受け取り読み聞かせを始めた。

「昔々あるところに・・・」

これから語られる物語は、そんな、本に記された勇者のお話。



勇暦421年9月??日??時フリーデン島北西部「魔障の洞窟」

 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

暗い暗い洞窟の中、一人の青年は片手に火を灯した松明を持って、息を切らせながら走っていた。彼の名前は鳴海海斗。農業部に住む、15歳の少年である。彼の後ろには、全身の皮膚が赤く爛れ、上半身は人の形をしていながら下半身は昆虫のような形をした、およそこの世のものとは思えない異形の化け物が、下半身から生えた10本もの足を器用に動かしながら近づいていた。

(妖精の住処を見つけてないのに、こんなところで死ねるか!!)

海斗はそう思いながら、地面に転がる大きな石を飛び越えた。

海斗は化け物から逃げ始めて少なくとも1時間は走り続けており、体力も限界に近かったが、「まだ死ねない」という思いが彼を動かしていた。

(・・・あれは!)

Y字型の分かれ道に差し掛かった時、左折しようとした海斗は、ふと、視界の右端に光るものを見た。それが、道の奥にある入り口から入った外の光だと判断するのに時間はかからなかった。

(一旦外に出れば状況は変わるかもしれない!)

そんな希望を持った海斗は、一旦足をとめ、体を左側に向けた。その瞬間、海斗と化け物の距離は縮まり、それを逃すまいと化け物は海斗に向けて上半身から生えた腕を伸ばして捕まえようとした。それを海斗は上体を屈めることでそれをすんでのところでかわし、光に向けて走り始めた。

走るにつれて光は強くなり、出口も見え始めた。海斗は自分の判断が間違っていなかったことを喜び、心の中でガッツポーズをした。

「これで!」

外だ!と叫ぼうとした海斗だったが、それ以降の言葉は出てこなかった。

たしかに、洞窟の外には出ることはできた。しかし、そこで彼を待っていたのは非情な現実だった。

洞窟の中で追ってきた化け物。それが数十体も彼を待ち構えていたのだ。太陽の光により視界が明るくなった状態で、己が置かれた状況を正確に理解できないほど海斗は愚かではなかった。

(俺・・・死ぬんだ・・・)

恐怖で足が竦み、しりもちをついて目を瞑った海斗。彼が瞼の裏に投影したのは、母親の姿だった。

走馬灯が流れ始める。それは、海斗にとってあまりいいものではなかった。


海斗は農業部で生まれた。父親も母親も農奴階級で、海斗が農奴階級となるのは必然だった。

父親は、海斗が生まれた数週間後に何者かに襲われて死んでしまい、海斗の家は非常に貧乏だったが、母親は海斗が寂しがらないように深い愛情を注ぎ、海斗も母親のことが大好きだった。

今年の春、ちょっとしたことがきっかけで母親に対して「死ね」と暴言を吐いてしまった。当然それは本心ではなく、小さな反抗心によるものであった。

しかし、次の日、教育部の寺子屋で授業を受けている海斗の所に、母親が仕事中に倒れて診療所に運ばれたという報せが届いた。本来であれば、薬ですぐに快復するような風邪が原因であったが、母親は体質上その薬が全く効かなかった。もう1ランク上の薬を使用すれば治る見込みはあったが、海斗の家にはその対価を出すだけの余裕はなかった。医者の好意により、入院と最低限の治療はさせてもらえたが、根本的な解決にはならなかった。そのため、どれだけ時間が経っても一向に良くならず、診療所のベッドの上で衰弱していく母親の姿を海斗は黙って見ていることしかできなかった。

そんなある日、海斗は診療所の看護師がうわさ話をしているのを小耳に挟んだ。それは「妖精の住処にはいかなる病にも効く特別な薬である」というものだった。万病に効く薬などないと一蹴できてしまいそうな、そんな信憑性に欠ける噂だったが、海斗はその話を何の疑いもなく信じた。それは、母親に対して暴言を吐いた自分への戒めや母親への贖罪か、それとも何もできない自分の無力感への苛立ちかは定かではなかったが、信じるほかに彼には道が無かった。しかし、妖精の泉は村落の北西にある洞窟の中にあり、そこには多くの肉食性の化け物が多く住んでいるとのことで、政治部の取り決めで立ち入り禁止にされている場所だった。そもそも、村落の周りには結解が張られており、その結解の『外』に出ることでさえ戦士部出身の戦士が持っている許可証が必要であるが、滅多なことがない限り許可は下りないことになっていた。そのため、海斗が妖精の泉に行くことは原則的には不可能であったが、9月16日、彼に転機が訪れる。母親の見舞いを終え、診療所から帰る途中、ふと北西方面見た時の時、結解に僅かな綻びを見つけたのだ。考えるよりも早く、海斗の体はその綻びに向けて動き始めた。村落と『外』の境目にある結解まで50mといったところで、海斗は、結解におよそ人が一人通れるほどの裂け目があるのを見つけた。このまま外に出てもいいのかという考えが一瞬頭をよぎったが、母親の姿を思い出し『外』に出ることを決心した。『外』に出た海斗を待っていたのは、鬱蒼とした森だった。時々聞こえる何者とも分からないモノの鳴き声に怯えながら、海斗は森の中に進み、洞窟を見つけ、意を決して中に進んだ。そして・・・。


 目をどれだけ瞑っただろうか。“その時”が訪れないのを不思議に思いながら、海斗が恐る恐る目を開けると、そこには首のなくなった化け物の集団と、その化け物のものでできたであろう血の池。そして、彼の前に立つ一人の青年がいた。

「もう大丈夫だ。助けに来たぞ」

そう聞きながら青年は全身を真っ赤な血で染まった顔を海斗の方に向けて聞いた。

「あんたは・・・」

海斗は自分を助けたのが誰であったのか、即座に理解した。

佐藤一郎。後に勇者として後世に語り継がれる男である。

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