第5話 邂逅3

与えられた3日間の猶予は既に2日が過ぎ、明日の逢魔ヶ時、つまり18時に蔦と出逢ったあの公園に行かなければならない。

約束の時間に現れなかった場合は交渉決裂

話しても理解が削ぐわない場合も交渉決裂

大人しく従えば交渉成立


『貴方に必要な真鶴ではなく、このわたし』


去り際に吐かれた台詞と共に雅の唇をなぞるように触れる冷たい指。何もかもを見透かした冷たい瞳が脳内にこびり付き離れない。


真鶴に相談すれば万事解決と思ったもののあの日を境に瞳と瞳が密着してしまう視線を交錯するも言葉は交わせず、教室や廊下と云った場所ですれ違う際も距離が近くなると互いに足早に去る現状。

まるで磁力線によって反発して弾き合う磁石

2つの重石が雅の決断を揺るがせ、視界や音を色褪せてモノクロの世界へ引き摺り込む。

全てが遮断された世界で取り残されるような感覚だと言えばいいのか。唐突に衝撃が走り、体は蹌踉めき我に帰り、床に散らばった幾本のペンと筆箱から視線は上がり少年の顔を捉えた。


「ごめんね前見てなかった」


柔和な声音で先に謝罪を述べ、後頭部を掻きながら柔かな苦笑を浮かべた少年。

ふんわりとした黒髪の直毛と端麗な顔立ち。

蔦や真鶴にも劣らない長い睫毛が印象深く、焦げ茶色の瞳が此方を捉えると柔かに笑みを振り撒く。


「いや、俺も考え事してて‪、てか、ペン拾うの手伝うよ」


中性的な容姿に加えて穏やかな話し方のせいなのか、そらとも柔かな笑顔のせいなのか‪──‬


「あの、どっかで会った事ってあるか?」


散らばったペンを拾っては手渡し、問を投げる。

眼前で受け取ったペンを仕舞いながら、そっとこちらの視線に移し呼応する‪──‬


「不思議だよね。俺もそうなんだ、初めて会った気がしない。まるで、昔から一緒に過ごした夫婦みたいな感覚なんだ。」


初めて出逢った筈の男子生徒は何処か懐かしく、遙か昔から共に過ごした家族関係に近い感覚が雅の遮断された世界に一滴の鮮やかな水滴が垂らされ、喪われた色彩が鮮やかに染まる感覚。

絶やさず微笑み手掌を雅に向けて握手を求める


「デザイン学科A組の深町千尋。気軽に千尋って呼んで」


「俺も雅って呼んでくれ。染崎雅、進学コースのC組」


自然と自己紹介をしていた。言葉を交わし終え、お互い帰ろうとした時だった

千尋はまじまじと雅の顔を見つめ、雅は一瞬怯みながら声を出す


「俺の顔なんかついてる?」


くすりと笑い声を漏らして微笑みを崩さず、表情を歪めず‪──‬


「迷わず進まなよ、迷った時は君の心に従えばいい」


言葉を挟む隙を与えず、千尋は続けて‪──‬


「雅ならきっと大丈夫、自分を信じて」


迷いを断ち切るように背中を押された

最初から答えは決まっていた

俺は蔦に会う、アイツを利用しても神器を


烈火の神器に火を灯す覚悟を決めていたのだから。


「待っていたわよ雅」


赤と黒の水玉模様の高価な着物はガラッと替わり、全身黒一色で統一された着物を纏っていた。血液よりも深い真紅に染まった帯を締め、恐ろしく美しい妖艶な妖は化粧を嗜み増した色気が強調されている。

頸から髪の毛を束ね、花を模した簪を挿し妖艶に磨きの掛かった雰囲気に魅入られ、目は離せず直視して足は動かすことができなかった。


「随分と早くから待ってたんだな。」


スマホの画面に映し出された時刻は17時50分。

皮肉を込めて言った台詞にも拘らず蔦は軽く微笑み余裕な振る舞いで雅に小さく手を振っていた。


「貴方と会うのを待ち焦がれていたのよ。何百年振りにめかし込んだのかしらね。初恋の気分と似ているわね」


デートが待ち切れず集合時間よりも早く来てしまう付き合いたての恋人達でも言わんばかりの現状とは裏腹に蔦の威圧感に背筋が張り詰め、ピリピリと緊張感を煽る。体は押し潰されそうで呼吸するのもしんどい上に足が根を張ったように一歩も動けない。


「初恋をしている女性ってのは男性の体の自由を奪うほどの威圧感を放つんですか」


「あら、結構に根に持たれているのね」


この場に金蘭錦は居らず、蔦と2人きりの状態という事もあり何が起きるのか全く想定が出来ない状況。

思考は愚か奇行すら思い付かない現状に加え蔦は手招きで雅を誘う。突如、威圧感から解放され動かなかった足はフラつき、一歩一歩と確実に距離を詰めるように地面を蹴って自動車が停止線上に止まるかのように蔦の目の前で距離にして数センチ手を伸ばせば触れ合える距離で雅も足を止まる。


「劣情を抱いてしまいそうだけれど襲うのはありかしら?」


「なしだな」


冗談と思えない言葉に血の気が引き、無意識に後退ると雅を逃す訳もなく手首を手掌に掴まれ、体を引き寄せられ、前回と同じく抱き締められた。


「逃してあげない、烈火の神器に無垢な魔力を流し込むからこのままゆっくり呼吸をして」


言われた通りゆっくりと呼吸を重ねていくうちに蔦の心音が耳に届く。一定の感覚でドクドクと鳴り続け、何処か安心感を得られた。


「‪──‬終わったわよ」


特に変わった変化はない。

体の至る箇所を視てみたもののやはり変化はなく疑問を浮かべていると蔦はクスッと笑った。


「今から教えてあげるわね」


左右の手掌を雅に見せると空気中が歪み始める。同時に魔力を可視化させ、左の掌は無色透明の魔力。右の掌には少し濁った透明色の魔力をこちらに見せながら口を開く


「左手が無垢な魔力。つまり何も染まっていない魔力だから‪──‬」


左手を軽く払うと無垢な魔力が地面に小さな円形を残す。地面は小さく陥没したが威力としてはだいぶ脆弱ではある


「でも、こっちは‪──‬」


右手を軽く振るうと地面は先程の小さな円形の痕を飲み込み新たに円形の大きさを広げ更に地面は陥没しており、威力の違いを見せつけられた。

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Remember-躰と心と記憶の世界- 新美 @niimi_02

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