メル友

 いったい何でこんなことになっているんだろう。

 三〇分後、俺は学校から少しはなれたファミリーレストランで中村香織と向かい合っていた。中村香織のとなりには保護者ぶった表情の上橋さつきがすわっている。

「で、話って何?」

 いい加減ドリンクバーのまずいコーヒーをすするのにもあきてきて、俺は思わず聞いてしまう。俺を呼び出したはずの中村香織は、さっきからうつむいたまま紅茶をちびちびと飲むのに必死で、いつまでたっても話し出さないんだ。

「え、えっと……」

 俺の言葉に、中村香織は天敵に見つかったハムスターみたいにびくっとして、上目遣いにこっそりと俺の顔をうかがってくる。

 俺、なんかおびえさせるようなこと言ったっけ?

「ちょっと、あんまりカオリンをおどかさないでよね。カオリンはあたしと違ってデリケートなんだから」

 上橋さつきがニヤニヤしながら、そんなことを言う。

 だから、俺なんかしたっけ?

「……ちょっと、さっちゃん」

「ああ、ごめんごめん、あたしはジャマしないでだまってるよ」

「そんなんじゃなくって……」

「分かってる分かってる」

 よく分からないやりとりの後、上橋さつきはニヤニヤしたままそっぽを向いているようなしぐさをして、中村香織は観念かんねんしたように俺の顔をおそるおそる見上げてくる。

 俺はもう何かを言うのはやめて、目の前の中村香織を観察することにした。

 小学生の頃から印象がない、なんて言ってたけど、こうして見ると学校でよく見かける顔だった。ただ、それが中村香織だってことを意識してなかっただけなんだろう。

 リスかなんかを思わせる、小柄な身体と大きな目。小学生の頃に印象的だった髪の毛は、肩の辺りで切りそろえている今もつやつやとしていてキレイだ。顔も結構かわいい。美人というにはちょっと子供っぽいけど。

「あ、あの……」

 中村香織が声を出したのは、ずいぶんと間があったあとだったから、俺はすぐに反応できなかった。

 ちょうど、結構かわいいな、なんて思ってたところだったから思わずしどろもどろになってしまう。

「何?」

 返した言葉が思った以上にぶっきらぼうになってしまってあせる。

「ちょっと西川くん……」

 抗議しようとした上橋さつきをさえぎるように、中村香織がせぇのっ、という感じでちょっと裏返った声を出した。

「西川涼介さん、あたしと、メル友になってください!」

 頭が真っ白になった。

 なんだって?

 メル友?

 何で俺と?

 俺が答えないでいると、中村香織が目の前でうつむいてしまう。顔は真っ赤で、身体は何かに耐えるように小刻こきざみにふるえている。

「ほら、カオリンががんばって言ったんだから、西川くんもなにか言いなよ」

 上橋さつきが責めるような口調で言う。

 そんなこと言われても、いったいなんて言えばいいのか……。

「えっと、メル友って、あの、ケータイのやつ?」

 言ってから、間抜けなことを聞いてしまった、と後悔する。

 でもしょうがないじゃないか。ケータイは去年じゅくに行く時に買ってもらって持ってるけど、タケやユウタとの待ち合わせくらいでしか使わないし、メル友だとかそういうのとは全然縁がない。まして女子とメル友とかそんなのって、テレビか雑誌の中だけの出来事かと思ってた。

「当たり前でしょ、西川くん、ケータイ持ってるじゃん。だからカオリン、メル友になりたいって言ってるんだよ」

「いいの、さっちゃん。あの、西川さん、いやだったらいいんです! 忘れてください……」

 そう言いながら、中村香織は泣きそうになっている。おいおい、こんなところで泣かれたら困るって。

「いや、別にいやなわけじゃないって」

「じゃあ、いいのね?」

 俺があわてて言うと、上橋さつきが確認するように聞いてくる。

「う、うん」

 中村香織が顔を上げた。さっき以上に真っ赤になって、目は心なしかうるんでいるけど、顔にはすごくうれしそうな表情が広がってる。

 女子にこんな表情を向けられることなんてめったにないから、俺は思わずどきっとしてしまう。

「じゃあ、これ……いつでもいいんで、ここにメールください」

 そう言って中村香織がポケットから出したのは、うす緑色の小さなメモだった。用紙のはしにはクマのキャラクターがおどっている、女の子っぽいやつ。メモの真ん中には、これまた女の子らしい丸文字で、ピンク色のペンで書かれたメールアドレス。

 あまりに女の子っぽくて、受け取る時にみょうにドキドキした。

 こうして俺は、中村香織とメル友になった。

 その時は、あまりに突然な状況を理解するのに精一杯で、ユウタのことなんて全然思い出さなかったんだ。


 

 メル友っていったい何をしたらいいんだろう?

 とりあえず、「これが俺のメールアドレスです」っていうのだけは送ったけど、その後にどんなメールをしていいのかさっぱり分からない。

 家に帰ってからどうしていいか分からずになやんでいると、さっそくメールが来た。

「お兄ちゃん、ケータイ鳴ってるよ!」

 佳奈がどなっているのが聞こえてきて、風呂から出て服を着たばかりだった俺はあわてて部屋に向かった。

廊下ろうかを走るんじゃないの! 下んちの人に迷惑でしょ!」

 母さんのどなり声はいつものことだから無視。

 めったに鳴ることなんてない俺のケータイが、着メロを鳴らしていた。ダウンロードしたことも忘れていた、ちょっと前に流行ったアニメの主題歌。着メロは俺が部屋に入ったくらいのタイミングで切れ、ケータイを開いてみると「新着メールあり」という表示が出ている。

「あれ、お兄ちゃん、メール? 誰から?」

 一歳年下の妹の佳奈が、ニヤニヤ笑いながら俺のケータイをのぞき込もうとする。

「うるせ、なんでもねぇよ」

「あ、あやしー。女の子からなんでしょ?」

 俺が佳奈に見られないようにケータイを閉じると、佳奈は余計にしつこくまとわりついてくる。

「違ぇよ、お前は勉強でもしてろ」

 ニヤニヤ笑う佳奈を押しのけて、俺は部屋から出た。

 こういう時、二人で一緒の部屋はイヤんなる。プライバシーなんてあったもんじゃない。2LDKの安アパートで、一人一部屋なんて無理だって分かってるけどさ。

 しょうがないから俺は廊下のすみっこにすわり込んでケータイを開く。

 思った通り、中村香織からだった。そもそも他にメールをする相手なんていないけど。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: さっきはありがとうございました!!


突然で、驚かせちゃってすみませんでしたm(_ _)m

でも、西川さんがOKしてくれて、すごくうれしかったです(≧∀≦)

これから、色々と西川さんのことを知りたいなぁ、なんて思ってます(≧O≦)

よろしくお願いしますね(*^_^*)

―――――――――――――――――――――――――――


 おとなしい子っぽかったのに、メールではテンションが高いな。

 顔文字ばっかりで、なんか不思議な感じ。女子のメールはみんなこうなんだろうか。

 「西川さんのことを知りたいなぁ」だって。どういう意味だろ?

 そういえば聞きそびれちゃったけど、となりのクラスの中村香織が、何でわざわざ俺にメル友になってくれ、なんて言ったんだ?

 ファミレスにいた時の中村香織を思い出す。顔を真っ赤にして、上目づかいで俺を見上げていた。きらきらした大きなひとみ

 もしかして――。

 やめた。余計な想像はしないことにする。カン違いだったらあまりにはずかしくて死にたくなるから。

 でも気になる。何で俺なんだ?

 だから俺は、こんなメールを送った。


―――――――――――――――――――――――――――

To: 中村 香織

subject: Re:さっきはありがとうございました!!


どういたしまして。

でも、中村さんはどうして俺にメル友になって、って言ったの?

―――――――――――――――――――――――――――


 全然メールを打つのに慣れていないから、それだけなのにずいぶんと時間がかかった。しかも両手を使ってたどたどしくだ。だけど、意外にもそれを面倒だとは感じなかった。

 送信してから、さっき来たメールをもう一回読み返していると、着メロが鳴った。俺はあわててボタンを押して着メロを中断させる。

 もう返事が来たのか。中村香織はメールを打つのがめちゃくちゃ早いみたいだ。確かにクラスの女子とかも、すごい勢いで親指を動かしているけど。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: それは・・・


はっきり聞かれると、なんだかはずかしいです(@_@)

たまに廊下で会ったり、部活をやっているところを見てたりして、

西川さんのことなんかいいなぁ、って思ったりして(*^_^*)

なんか、面白そうって思って、お友達になりたかったんです!!

―――――――――――――――――――――――――――


「お友達」か。それってどういう意味だろう。

 よく分からないけど、悪い気はしない。

 それに、「なんかいいなぁ」だって。

「ちょっと涼介、あんた廊下で何やってんの?」

 俺が思わずニヤニヤしていると、母親のあきれたような声が目の前で聞こえてあわてて表情を消した。

「こんな暗いところでケータイなんかいじってたら目ぇ悪くするわよ! もうおそいんだからさっさと寝なさい!」

 相変わらずのどなり声。でも、廊下が暗かったおかげで俺の表情は見られなかったみたいだ。

「わかってるよ、るせーな」

 母親に悪態をつきながら部屋にもどると、パジャマ姿の佳奈が目を輝かせて近寄ってきた。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。さっきのメール、女の子からだったんでしょ?」

「お前もうるせぇ」

 俺は佳奈にマクラを投げつけて、二段ベッドにのぼって布団をかぶった。下で佳奈がさわいでいたけど、寝たふりをしてやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る