友達、ともだち……

 俺が中村香織とメル友になったことは、クラスのやつらには言わなかった。

 わざわざ口に出すのははずかしかったし、自慢してるみたいに思われてもイヤだし。

 それにメル友ってのがどんな関係なのか、いまいち俺自身も分かってなかったんだ。中学生にもなって、女子と「友達」なんてなんか変な感じだ。

 でも、退屈な日常がちょっとだけ変わったのは確かだった。

 中村香織は、毎日必ずメールを送ってきた。学校にケータイを持っていくのは禁止だから(たまに抜き打ちの持ち物検査があって取り上げられる)、夜に家に帰ってくるとメールが来ているって感じだ。メールをし始めてから知ったんだけど、中村香織は部活に入ってないし、家が学校から近いから、たいていは俺より早く帰ってるみたい。俺はメールを打つのが得意じゃなかったし、そもそもめんどくさがりな性格だからほんの二言三言の短いメールしか返信しなかったけど、中村香織はそれに文句を言ったりせずに、俺の送ったメールの十倍はある長文メールを毎回送ってきていた。

 最初は、緊張していたのか同い年なのに敬語で、俺のことも「西川さん」なんてよんでいたけど、そのうちにだんだん言葉もくだけてきて、よび方も「涼介くん」に変わった。俺はいまだに慣れなくて「中村さん」のままだけど。

 中村香織が送ってきたメールは、たとえばこんな感じだった。


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From: 中村 香織

subject: おはよ(^^)


今日はいい天気だね。涼介くんは元気?

あたしはあんまり元気ないよ・・・(;_;)

昨日えみちゃんと話してて、えみちゃんの好きなバンドの話してたんだけど、

あたし全然知らなくて、だから気まずくなっちゃったんだ。

あたしひどいよね、友達なのに。

ずっと前にえみちゃんがCD貸してくれてたのに全然聞いてないの、

なんか言えなくて、「聞いたよ~」とか言ってたのも、ウソだってばれちゃった。

明日あやまろうと思ってるんだけど、許してくれるかなぁ(T_T)

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 正直言って、女子の友達づきあいってよくわかんない。

 興味ないものだったら興味ないって言えばいいのに。「ひどいよね、友達なのに」だなんて、そんなもんか?

 とにかく、中村香織って子はそういうのをすごく気にする性格みたいだった。他人がどう思っているかだとか、そういうこと。

 俺はなんて返せばいいか分からなくて、だいたい、「あんまり気にするなよ」みたいなことを送っていた。実際、中村香織はそういうのをあんまり気にしすぎて、すごく窮屈きゅうくつそうに見えたんだ。


―――――――――――――――――――――――――――

From: 中村 香織

subject: うん、ありがとう(^_^)v


そうだね、気にしすぎかもしんない。

そういうの、あたしの悪いクセだと思うんだけど、

なかなか直せなくて困ってるんだぁ(T_T)

でも、涼介くんに気にしなくていいよ、って言われるとすっごく楽になるよ!

ほんとに涼介くんっていい人だね!

ありがと!!(*^O^*)

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 俺が適当に送ったメールに比べて、中村香織のメールはすごくハイテンションで、二人の感情が全然つりあっていないような気がして、俺はいつもちょっとだけうしろめたいような気分になった。

 メールでは毎日会話をしていたけど、学校で中村香織と会うことはあんまりなかった。まぁ、となりのクラスだし、わざわざ会いに行ったりしないし。

 たまに廊下ですれ違ったりしても、何を話せばいいのかわかんなくて、ただちょっとだけ目を合わせたりして通り過ぎるだけだった。でもそんな日は、「今日、廊下ですれ違ったよね!!」なんていうメールが来るんだけど。



「なぁ、そういえばあれどうなった?」

「あれって、なんだよ?」

 放課後。いつもの通り俺たちは卓球のふりをしながらくだらない話をしていた。

 相変わらずはしゃいだ様子のタケとめんどくさそうなユウタがラリーを続けながらしゃべってるのを、俺はぼうっとしながら見ていた。

 最近どうもぼうっとしていることが多くなったみたいだ。結構おそくまでメールのやりとりをしてて寝不足、ってのもあるけど、ふと気がつくと中村香織のことを考えてしまうってのが一番の原因だろう。前日に来たメールのこととか、中村香織が俺のことをどう考えてるのか、とか、女子はみんな、中村香織みたいなことを考えてるのかなぁ、とか。

「だから、中村香織だよ!」

「えっ?」

 タケが不意に口にした言葉に、俺は思わず声を上げてしまった。

「ん? ニッシー、どうかした?」

 ユウタが怪訝けげんそうな顔でこっちを見ている。俺はあわてて首を横にふった。

「あ、いや、なんでもない」

「ニッシー、最近ぼうっとしてるぜ。さては恋のやまいかぁ?」

 タケがニヤニヤしながらたずねてくる。俺はもう一度首をふった。

「ち、ちげーよ」

 違う。と、思う。そういうんじゃない。

「ふーん」

 それきりタケは興味をなくしたみたいだった。そしてユウタの方に顔をもどす。

「で、ユウタの方はどうなんだよ、中村香織!」

「どうって……」

 タケの言葉に視線をそらすユウタ。真っ赤になって否定していたこの間とはなんか違う反応だ。ちょっと傷ついたような目をしてる。

「あれ、うまくいってないの?」

「だから、はじめから全然違うって言ってるだろ……」

 ユウタが口をとがらせる。そのユウタが、チラチラと俺の方を見るから、なんだかうしろめたくなって俺は目をそらしてしまった。

 何で俺を見るんだ? 俺には関係ないよな?

 まさか、メル友のこと知ってるのか? でも俺は誰にも言ってないし……。

「中村はさ、俺に、ニッシーのことを聞いてきたんだよ」

 ぽつりと言ったユウタの言葉に、俺は目を丸くした。

「……俺のこと?」

「ニッシーはケータイ持ってるのか、とか。兄弟はいるのか、とか。あと、彼女はいるのか、って」

 ユウタがなんだか不満そうに言う。そんな目で見られても、俺にはどうしようもないってば。

「ふふん、なるほどねー。それは間違いなく、中村香織のやつ、ニッシーに気があると見たね」

 タケはわけ知り顔でそんなことを言い出してくる。ユウタはますます不機嫌になっちゃうし。

 まったく、たまんないっての。



 その日の夕方、俺は久しぶりにハル兄の部屋に来ていた。

 俺がチャイムを鳴らすと、ハル兄は「お、久しぶりじゃないか。相変わらずいきなりだな」なんて苦笑しながら部屋に通してくれた。

 それからだまってコーヒーの入ったマグカップを出してくれる。

 ハル兄が出してくれるコーヒーは砂糖もミルクも入っていないブラックで、苦くて実はちょっと苦手なんだけど、このきっぱりとした味がハル兄の静かな部屋にすごく似合っている気がするから、俺はいつも最後まで飲むことにしていた。

 熱々の真っ黒なコーヒーをちょっとだけすすってみると、腹の奥にたまっていた何かが薄まったような気がした。

「最近、あまり来なかったよな」

 そう言ってハル兄もコーヒーをすする。今日はめずらしくパソコンに向かってはいなくて、自分もマグカップを手にしてソファに腰かけた。

「仕事はいいの?」

「ああ、ちょうど一区切りついたところだから」

 ハル兄が微笑む。おだやかな顔。俺たちには到底とうていできない、大人の顔だ。

「じゃあさ、ちょっとだけ話してもいい?」

 俺は思い切って聞いてみた。ハル兄の目が、驚いたように大きくなる。

「涼介が話したい、なんてめずらしいな」

 そして、とびきりおだやかな大人の顔を、俺に向けてくれた。

「もちろん、かまわないよ」

「ハル兄って、恋したことある?」

 俺の言葉によっぽど驚いたらしく、ハル兄は飲んでたコーヒーをのどにつまらせてせきこんだ。

「と、唐突だな」

 う、確かに唐突だったな。しかもなんかガキっぽい聞き方だ。俺は自分の言葉にはずかしくなる。

「そりゃ、あるさ。俺だっていい歳だからな」

 ハル兄が笑う。そうだよな、ハル兄は大人だもん。

「涼介は、恋をしてるのか?」

 ハル兄がたずねてくる。クラスのやつらみたいな、ニヤニヤした聞き方じゃない。まっすぐに俺の目を見て、真面目に聞いている。俺は、ほんの一瞬だけ考えて、首を横にふった。

「ううん、そんなんじゃない」

 俺が言うと、ハル兄はだまってうなずいた。

 少しの沈黙。静かな時間が流れる。

「恋をするってのは、素敵なもんだよ。なんていうかな、世界が変わる。当たり前だったものがきらきら光って見える。……だけど、特に若い頃は結構大変なもんだ。それが恋なのか、そうじゃないのか、わからなくなってしまったりもする」

 ハル兄が、どこか遠くを見ているような表情で言う。

 ハル兄にも子供の頃があったんだな。当たり前だけど、そんなことを思う。

「ま、俺だって人にどうこう言えるほどさとっちゃいないけどね」

 そう言ってハル兄は照れたように笑った。

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