S級バグ vs ミラクルアイディア②


 重なりあった虫の音が、気だるい夏の夜を涼しく彩る、八月某日――

 

 シンッ、と静まり返っていた会議室の静寂を切り裂いたのは、俺……、『桝田ますだ 大介だいすけ』の一言だった。


 「……この仕様…………、削ろう――」


 会議室に集まっている開発コアメンバー……、軍司さん、テッさん、香澄……、そしてコウメの四人は、貝のように口をつぐんで、その一言に、ただ耳を傾ける。


 「――幸い、問題となっている『強奪』仕様は……、上級テクニックだからチュートリアルには載せてねぇし、バトル画面の修正も必要ない。ヘルプから文言を削除する程度で、変更箇所が少なくて済む――」

 「――ダメだよ! ……乗り物のパラメータ調整、『強奪』ありきで組んでるんだもん…、『強奪』が無いと、強い乗り物に最初にライドできた人が無双できる、クソゲーになっちゃう!」


 俺の声を遮るように、コウメが金切り声を上げる。逡巡しゅんじゅんしていた俺に代わって、ボソッと返事を返したのは、軍司さんだった。


 「……アプリ申請予定日まで、今日含めて三日……、通信回りの処理は厄介なんだ、該当箇所の修正だけってわけにはいかない。影響範囲が大きいから、バトルの全挙動チェックし直しになるぜ……。今日直したところで、明日の再チェックで別の箇所にバグが見つかったら、アウトだわな――」


 悔しそうな顔で、言葉尻をすぼめる軍司さんの言葉をつむぐは、香澄――


 「……申請日は、リリース予定日から逆算すると、どう見積もっても明後日がギリギリ……、各メディアのプロモーションスケジュールもガッチリ固まっちゃってるから、ちょっとリスケは難しいわね……」


 ノートPCに映し出されたガントチャートを睨みつけながら、香澄がハァッと大仰なタメ息を吐いた。

 そしてまた、狭っ苦しい会議室に、沈鬱ちんうつな静寂が還ってくる――





 ――事の発端は、今から一時間前。

 『ベータ版』納品を無事にくぐり抜けた俺たち『ムゲン・ライド』開発チームは、本当の意味での最後の山場――、『本番リリース』に向けての最終調整段階に突入していた。現時点の最新バージョンのアプリを『コードフリーズ』、――致命的な不具合が発生しない限りは、プログラムに一切手を加えない『パッケージ状態』――、として、各職種、垣根を越えて最終実機チェックに勢を出していた。

 ギラギラとした目つきで、何時間にもわたって実機検証を続けていた俺の肩を、トントンッ、と遠慮がちに誰かが叩く。ふと、顔を向けると、最近入ったデバッグバイトのメガネ君が、困ったような顔で俺のことを見ていた。


 「……あ、お疲れっス、なんかバグ……、見つかりました?」


 「大介さん……、ちょっと見てもらいたいコトがあって――」


 メガネ君が俺の前でやってみせたくれた、『イレギュラー操作』に……、俺の顔から、血の気が引いていく――


 「――うわ、『進行不可』かよ……、コレ、S級バグじゃねぇか……」


 ――ゲームアプリにおいて、『途中でゲームが動かなくなる』、『アプリが強制終了される』……、などの『進行不可』挙動はS級の不具合と見なされ、最優先での修正が必要となる。『基本挙動』が担保されていないアプリは『品質に不備がある』と判断され、下手したらアプリ申請が通らなくなる可能性すらあるのだ。

 メガネ君が見つけてくれたのは、コウメの提案でベータ直前にぶっこんだ『強奪』という仕様に関わる不具合……、ライド中の相手プレイヤーにタックルをかますと、相手プレイヤーを蹴落として、自分がその乗り物に『乗り換え』できるという、なんとも闘争心溢れる、格ゲーマーのコウメらしい発想の遊びだったんだが――


 「……なるほどな、『強奪』演出中にMENUボタン押すと、演出がループして操作不可能になって、そのうちアプリが落ちやがるのか……」


 「……ハイ、コレしかも、相手プレイヤーも巻き込んで進行不可になっちゃうんで、バトルに悪用出来ちゃいますね……、すいません、ヘンなの見つけちゃって――」


 「――いやいや! バグを見つけるのがデバッガーの仕事……、お手柄っスよ、メガネ君、コレ、気づかずにリリースしてたら、とんでもないことになってたぜ……」


 メガネ君が、申し訳ないような、誇らしいような、微妙な表情を浮かべて俺の元から去っていく。俺はふぅっ、と自分に喝を入れるように息の塊を吐き出すと、大声でコアメンバーの四人の名前を呼んで、会議室に集まるように伝えた――





 「――昔ね、僕が『ペンタゴン・フェニックス』に在籍していた時の上司……、現会長の、石田さんが……、こんなことを言っていたんだ」


 シンッ、と静まり返っていた会議室の静寂を切り裂いたのは、今度は俺ではなく、テッさんだった。テッさんが、目を瞑りながら、何かを思い出す様に、静かに言葉をつむぐ。


 「……アイディアというのは、『複数の問題をいっぺんに解決する』ことを指す――、一つの問題だけを解決する方法論は、良いアイディアとは、呼べないんだ」


 スッ、と目を開いたテッさんが、試すような目つきをしながら、俺に言葉を放った。


 「――『納期はずらさない』、『ゲームの面白さも担保する』……、無理難題を言ってるようだけど、ゲーム開発ってのは、いつだってそのジレンマの連続なんだよね。大ちゃん、もしかしたら今は、『ムゲン・ライド』が成功するか失敗するかの……、重要な局面、なのかもしれないよ――」


 ゲーム業界っていう戦場を、ライフポイントギリギリで駆け抜け続けた老兵の言葉が、ズシリと俺の心に響く。ヒヨッコ勇者の俺は、お金を貯めてようやく買う事ができた「はがねのつるぎ」をにぎりしめながら、会議室のテーブルに目を落として、神妙な顔で、こぼすようにつぶやいた。


 「――明日まで、時間が欲しい……、今日はもうみんなはあがってもらっていいから、明日の朝までに……、問題をいっぺんに解決するミラクルアイディア……、絶対、考えてくるんで……ッ!」


 狭っ苦しい会議室に、懇願するような俺の声が響く。テッさんがニヤリと策士のような笑みを浮かべ、軍司さんがやさぐれた表情で俺から視線を外し、香澄が心配そうな顔で俺のことを見つめる。

 ――コウメは、口をへの字に曲げながら地面に目を落とし、ギュっと、ジーパンの両脇を小さな手で握りこんでいた。



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